西尾治子 のブログ Blog Haruko Nishio:ジョルジュ・サンド George Sand

日本G・サンド研究会・仏文学/女性文学/ジェンダー研究
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『ラ・クープ』にみる女と男

2014年08月15日 | サンド・ビオグラフィ

愛と死:「死、それは希望なり」
 これまで妖精の死生観をめぐりサンドとプラトン思想の連関性を考察してきたが、サンドの創作の根本にある思想は、他の作品についても言えるように、つねに「愛」である。
 恋愛も友情も禁じられている妖精たちは「人間はいつも情熱的に何かを愛していなくてはならない」と人間の世界を軽蔑しているが、少年エルマンは妖精の国の愛の不在に気づく。
  
  エルマンは妖精の王国で欠けていたものに気づいた。かれは可愛がられ、教育を与え
  られた。守られ、よい物をたくさん与えられた。しかし、彼は愛されていなかった、
  だから、彼は誰をも愛すことができなかった。P50.

氷河のエルマンの落下を口で加えて必死に守ったエルマンの犬の方が、妖精たちが知らない愛を知っていたと作者は次のように付け加える。

  彼に変わらぬ愛情を示したのは、犬だった。忠実な動物は、時折、彼に「愛しているよ」
  と言っているように思われた。エルマンは、なぜかわけもなく、泣いた。P48.

 彼はきっと僕に似た魂をもちたかったんだ。でも彼には目しかそのことを語れるものがなかったんだ。
 時折、僕はその目に涙を見たよ。僕は君のために泣けるよ、ズィラ。それは軽蔑してはいけない弱さの
  証なんだ。P83.

 エルマンを通し人間の世界を知り始めたズィラは、妖精でありながら「愛とは純粋でなにか力強いもの」だということを理解し、いつの間にかエルマンを愛してしまう。しかし、エルマンは、自分を育ててくれたズィラには、母親に対する肉親愛しか感じられない。彼は彼女の愛を退け、人間の女性ベルタを愛し結婚し、4人の子供を設ける。すると、ズィラは夫婦の子供の一人を強引に養女にしてしまうが、幼い子はある日、母親恋しさのあまり衰弱し死んでしまう。その夜、夢の中でズィラは、この子供に「来て!」と呼ばれる。そしてズィラは、妖精の王女のように毒杯を仰ぐ。人間の愛を知り、あの世で自分を必要とするエルマンの子との愛に生きるために。場面が急展開するこの物語の最後は、次のような一節で終わる。

 エルマンは大きな墓を作り、二人をそこに納めた。夜の間に、見えない手がそこにある文言を書いた。「死、それは希望なり」と。

「死、それは希望なり」したがって怖れるには足りない。ソクラテスが語り、『ラ・クープ』の中で何度も繰り返されたこの言葉こそ、サンドが最愛のマンソーに伝えたかった言葉であったに違いない。

 よく指摘されるように、サンドのフィクションに登場するヒロインは、消極的な女の子ではなく、一部の作品を例外とし、自立した独立自尊の精神をもつ健気な一人前の娘たちである。サンドは、ロマンチックな少女が夢見て終わるような類いの小説世界は描かない。ペローの王子様を待つお姫様のおとぎ語は、サンド文学には無縁なのである。夫に従属させられるアンディヤナや正確な職業が不詳のレリヤは例外とし、サンドが描くのは経済力を持つ自立した女性である。『モープラ』のエドメに表象されるように、しばしば、あたかも女性より劣った立場におかれた男性を導く自由の女神のように、みずからが考え、決断し、進むべき道を切り開いてゆく、たくましい叡智に富んだ、独立自尊の女性である。
 これらの女性達は『腹心の秘書』やこの物語におけるように、ヒロインが国を治める最高権力である場合さえある。
 女性達が闊達に人生を生きるサンドのフィクションの世界では、既知の事柄とされている男女の役割が、何ら問題を起こすことなく、両性の間で自由に行き来している。しかし、だからと言って、こうしたヒロインたちは男装の麗人に徹し、ひたすら男を模して男と同じ道を進もうとするのではなく、手段として男装や男の署名を使用することはあるが、男性と同じ心意気、勇気と決断力、行動力をもちつつも、時には、一般に二義的で女性の分野の仕事とされる、家事、育児、料理、裁縫のどれか、あるいは複数の仕事もできる、男とは正反対の側面も備えている、男女二つのどちらの性も備えている、そのような人間像こそが、サンドの創造世界に登場するヒロインである。
 女性が男性より劣るとされた時代に、スケープゴートとして恰好の標的とされたサンドは、19世紀の心ない男性批評家たちのドクサをきっぱりと拒絶し、性も社会階級も一つしか存在すべきではないと考えるに至ったのは、自明の理であったと推察される。


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