日本に続く高齢化社会・人口減少のリスクを回避する目的で“一人っ子政策”を終了した中国。
しかし、期待された出生率上昇は伸び悩んでいます。
その原因は「子育て費用に尻込みする若い夫婦たち」。
日本と似たような事情が垣間見えます。
一方で、一人っ子政策を廃棄したことは、“中国共産党が進めてきた政策は間違いだった”と批判される可能性があることから、舵を切ることに今ひとつ躊躇がある、という要素もある様子。
生み渋る国民を、中国政府はなだめたり脅したり・・・。
■ 中国「二人っ子政策」の限界、増えない人口 〜一人っ子政策やめても効果なし
(2018年2月15日:The Economist:日経ビジネス)
中国政府は人口減少を食い止めるようと、2015年末に一人っ子政策を撤廃し、2016年に二人っ子政策を導入したが効果は全く上がっていない(写真:ロイター/アフロ)
リー・ドンシャ氏は、赤ん坊の頃から祖父母や親戚に預けられて育てられた。中国北部の山東省の生家から30分ほど離れたところだった。彼女の両親には、そうせざるを得ない理由があった。すでに娘が一人いて、複数の子どもを持つことを禁じる中国の法律を破ったことで、罰金を徴収されたり解雇されたりする恐れがあったからだった。
政府当局から隠れ、事情を知らされずに育ったドンシャ氏は、ちょうど小学校に入った頃、よく訪ねてくる優しい叔母と叔父が実は本当の両親であることを知った、と言う。ようやく本当の両親の家に戻れた頃には、すでに十代に入っていた。
ドンシャ氏は現在26歳で、家庭教師を派遣する企業を経営している。特殊な幼少期を過ごすことを彼女に強いたあの時代は、今やはるか昔に感じられる。中国政府は一人っ子政策を2015年末に撤廃し、全ての夫婦は2人目の子どもを持つことが(2016年から)認められたからだ。
むしろ最近、中国の政治家たちを悩ませているのは、子どもが多すぎることではなく、1980〜90年代生まれの中国人があまり子作りをしていないことだ。国営メディアは1月、2017年に国内で最も多くの子供が生まれた山東省をこぞって褒めたたえた。その生殖能力は「勇気に満ちている」と評した。
◇ 現在予測されている2030年よりも早く、人口減少が始まる
こうした中国政府の方針転換の根底には、中国の人口動態が大幅に変化していることへの不安がある。出生率は2010年のどん底からやや持ち直しているものの、女性1人が生涯に産む子供の人数は平均で2人未満だ。つまり、人口は早晩、減少に転じることを示している。
政府は、2030年に人口が14億人強のピークを迎えると予測しているが、もっと早く減少に転じるとみる人口統計学者は多い。
16~59歳までの労働人口は既に2012年から減少に転じており、2050年までに23%縮小すると予測されている。高齢化が進めば、社会保障財政への負担は重くなり、労働市場の規模の縮小を招く。
北京大学の梁建章氏は、労働人口が高齢化することで、米国のように人口動態の見通しが明るい国に比べ、中国では企業のイノベーションが停滞してしまう可能性があると指摘する。
一人っ子政策の撤廃により、事態は改善するはずだった。だが1月に発表された統計によると、出生率は一人っ子政策撤廃直後、一時は上向いたが、その効果は消滅しつつあるという。中国では昨年、1720万人が誕生した。これは一人っ子政策撤廃前に比べれば多いものの、2016年と比べると3.5%減だ。
米カリフォルニア大学アーバイン校のワン・フェン氏によると、出生数は国家衛生計画生育委員会が一人っ子政策を見直すかどうかを検討していた時の予測より300万〜500万人も少なく、撤廃による効果に懐疑的な専門家の予測さえも下回るという。
◇ 子育て費用に尻込みする若い夫婦たち
原因は、一人っ子が理想だと何年も言われ続けてきたことに加え、中国が豊かになるにつれ、大きな家族を望む傾向が薄れつつあるからだ。子どもがほしい夫婦への世論調査では、子育てに必要となる巨額の費用に尻込みしているという回答が多い。
多くの若い夫婦は、住宅費が高騰していることや保育施設が不足していることを心配しているのに加えて、いずれ高齢化した親4人を支えるのにお金がかかることが分かっている。
よって多くの夫婦は、自分たちの時間と収入を2人の子どもに分け与えるよりも1人に集中して注ぎ込み、なるべく良い人生のスタートを切らせてあげるほうが望ましいと判断するようだ。
一方、高等教育が普及し社会で活躍するチャンスが増えたことで、平均結婚年齢が上昇している。これは世界各国で出生率低下の原因となっているが、中国のように婚外子がタブー視される社会では特に顕著だ。
家族を作ったり増やしたりすることを考える女性は、依然として職場で差別されるリスクを考慮しなければならない。一人っ子政策が緩和されてから、多くの省では男女両方のために産休や育児休暇を拡充させているが、雇用主が必ずしも制度を導入していないからといって、違反だとして雇用主に罰則を与えるわけではない。
中国共産党は、こうした障害を解消するための対策が必要だとは認識しているようだ。昨年発表された人口計画に関する文書では、出生率の低下は問題であると認め、出産を奨励するため一連の方策を検討するとしたが、いずれも曖昧なものだった。
「中国日報」はその翌月、子作りをためらう夫婦のために「奨励金や補助金」などを導入する可能性もあるという、ある政府高官の発言を報じた。
だが、世界各国で出産奨励策があまり成果を上げていないことからすると、出生率を上げるには膨大な投資が必要であり、保育費を安くすることが優先課題だと考えられる。
◇ 出生率を低く保つのが仕事だった公務員の処遇も問題
現時点では、中国共産党が出生率を上げるために効果ある対策を打つとは考えにくい。ある程度の人口抑制策は不可欠だとの公式見解をいまだに捨てていないのだから当然だろう。指導者たちが、出生率を低く保つことを仕事としてきた大量の公務員たちを今後どう処遇していくかを検討している間は、二人っ子政策を完全に撤廃し産児制限をなくすことは難しいかもしれない。
かつては一人っ子政策によって中絶や避妊手術などを強要していたこともあり、あまりに早急に産児制限をなくす方向に転換すれば、これまで共産党が掲げてきた厳しい一人っ子政策は「間違っていた」と認めることになるという点も懸念しているのだろう。
明確な戦略がなければ、出産を奨励しようとしても、断片的で効果のない政策になってしまう。中国共産党の各機関が結婚の喜びについてこれまでになくアピールするようになっているのは、出生率を上げたいとの狙いもあるもしれない。
また、共産党指導者の間に社会的な保守主義が広まっていることも一因かもしれない。じわじわと浸透しつつある海外の文化は危険なので、「伝統的」な中国の文化を推進したいという考え方だ。それは、未婚の男性が増えすぎると社会秩序が脅かされるという懸念だ。
実際、中国共産主義青年団はここ数年、愛国的な独身者を招待して婚活イベントを開催し続けている。
◇ 「結婚しない女性」への“脅し”戦略も…
政府が(出生率を上げようとするあまり)多忙で野心的な女性が家庭に入ることを促してしまうことにも懸念がある。作家であり学者でもあるリータ・ホン・フィンチャー氏は、国営メディアが「売れ残りの女性」という概念を広めるのに加担していると指摘する。
これは20代半ば以降の未婚女性を指す侮辱的な言葉で、都市部に住む高学歴の中国人女性に、自分の望みよりも早い段階で身を固めないと、「売れ残り女性」と見なされるようになると“脅す”意図がある。
同氏によると、こうしたプロパガンダはますます積極的に展開されているという。官僚たちが本当にこのような解決策を練っているのであれば、ベビーブームを期待しても“死産”に終わってしまうだろう。
©2018 The Economist Newspaper Limited.
February 10th-16th 2018| From the print edition, All rights reserved.
英エコノミスト誌の記事は、日経ビジネスがライセンス契約に基づき翻訳したものです。
英語の原文記事はwww.economist.comで読むことができます。
しかし、期待された出生率上昇は伸び悩んでいます。
その原因は「子育て費用に尻込みする若い夫婦たち」。
日本と似たような事情が垣間見えます。
一方で、一人っ子政策を廃棄したことは、“中国共産党が進めてきた政策は間違いだった”と批判される可能性があることから、舵を切ることに今ひとつ躊躇がある、という要素もある様子。
生み渋る国民を、中国政府はなだめたり脅したり・・・。
■ 中国「二人っ子政策」の限界、増えない人口 〜一人っ子政策やめても効果なし
(2018年2月15日:The Economist:日経ビジネス)
中国政府は人口減少を食い止めるようと、2015年末に一人っ子政策を撤廃し、2016年に二人っ子政策を導入したが効果は全く上がっていない(写真:ロイター/アフロ)
リー・ドンシャ氏は、赤ん坊の頃から祖父母や親戚に預けられて育てられた。中国北部の山東省の生家から30分ほど離れたところだった。彼女の両親には、そうせざるを得ない理由があった。すでに娘が一人いて、複数の子どもを持つことを禁じる中国の法律を破ったことで、罰金を徴収されたり解雇されたりする恐れがあったからだった。
政府当局から隠れ、事情を知らされずに育ったドンシャ氏は、ちょうど小学校に入った頃、よく訪ねてくる優しい叔母と叔父が実は本当の両親であることを知った、と言う。ようやく本当の両親の家に戻れた頃には、すでに十代に入っていた。
ドンシャ氏は現在26歳で、家庭教師を派遣する企業を経営している。特殊な幼少期を過ごすことを彼女に強いたあの時代は、今やはるか昔に感じられる。中国政府は一人っ子政策を2015年末に撤廃し、全ての夫婦は2人目の子どもを持つことが(2016年から)認められたからだ。
むしろ最近、中国の政治家たちを悩ませているのは、子どもが多すぎることではなく、1980〜90年代生まれの中国人があまり子作りをしていないことだ。国営メディアは1月、2017年に国内で最も多くの子供が生まれた山東省をこぞって褒めたたえた。その生殖能力は「勇気に満ちている」と評した。
◇ 現在予測されている2030年よりも早く、人口減少が始まる
こうした中国政府の方針転換の根底には、中国の人口動態が大幅に変化していることへの不安がある。出生率は2010年のどん底からやや持ち直しているものの、女性1人が生涯に産む子供の人数は平均で2人未満だ。つまり、人口は早晩、減少に転じることを示している。
政府は、2030年に人口が14億人強のピークを迎えると予測しているが、もっと早く減少に転じるとみる人口統計学者は多い。
16~59歳までの労働人口は既に2012年から減少に転じており、2050年までに23%縮小すると予測されている。高齢化が進めば、社会保障財政への負担は重くなり、労働市場の規模の縮小を招く。
北京大学の梁建章氏は、労働人口が高齢化することで、米国のように人口動態の見通しが明るい国に比べ、中国では企業のイノベーションが停滞してしまう可能性があると指摘する。
一人っ子政策の撤廃により、事態は改善するはずだった。だが1月に発表された統計によると、出生率は一人っ子政策撤廃直後、一時は上向いたが、その効果は消滅しつつあるという。中国では昨年、1720万人が誕生した。これは一人っ子政策撤廃前に比べれば多いものの、2016年と比べると3.5%減だ。
米カリフォルニア大学アーバイン校のワン・フェン氏によると、出生数は国家衛生計画生育委員会が一人っ子政策を見直すかどうかを検討していた時の予測より300万〜500万人も少なく、撤廃による効果に懐疑的な専門家の予測さえも下回るという。
◇ 子育て費用に尻込みする若い夫婦たち
原因は、一人っ子が理想だと何年も言われ続けてきたことに加え、中国が豊かになるにつれ、大きな家族を望む傾向が薄れつつあるからだ。子どもがほしい夫婦への世論調査では、子育てに必要となる巨額の費用に尻込みしているという回答が多い。
多くの若い夫婦は、住宅費が高騰していることや保育施設が不足していることを心配しているのに加えて、いずれ高齢化した親4人を支えるのにお金がかかることが分かっている。
よって多くの夫婦は、自分たちの時間と収入を2人の子どもに分け与えるよりも1人に集中して注ぎ込み、なるべく良い人生のスタートを切らせてあげるほうが望ましいと判断するようだ。
一方、高等教育が普及し社会で活躍するチャンスが増えたことで、平均結婚年齢が上昇している。これは世界各国で出生率低下の原因となっているが、中国のように婚外子がタブー視される社会では特に顕著だ。
家族を作ったり増やしたりすることを考える女性は、依然として職場で差別されるリスクを考慮しなければならない。一人っ子政策が緩和されてから、多くの省では男女両方のために産休や育児休暇を拡充させているが、雇用主が必ずしも制度を導入していないからといって、違反だとして雇用主に罰則を与えるわけではない。
中国共産党は、こうした障害を解消するための対策が必要だとは認識しているようだ。昨年発表された人口計画に関する文書では、出生率の低下は問題であると認め、出産を奨励するため一連の方策を検討するとしたが、いずれも曖昧なものだった。
「中国日報」はその翌月、子作りをためらう夫婦のために「奨励金や補助金」などを導入する可能性もあるという、ある政府高官の発言を報じた。
だが、世界各国で出産奨励策があまり成果を上げていないことからすると、出生率を上げるには膨大な投資が必要であり、保育費を安くすることが優先課題だと考えられる。
◇ 出生率を低く保つのが仕事だった公務員の処遇も問題
現時点では、中国共産党が出生率を上げるために効果ある対策を打つとは考えにくい。ある程度の人口抑制策は不可欠だとの公式見解をいまだに捨てていないのだから当然だろう。指導者たちが、出生率を低く保つことを仕事としてきた大量の公務員たちを今後どう処遇していくかを検討している間は、二人っ子政策を完全に撤廃し産児制限をなくすことは難しいかもしれない。
かつては一人っ子政策によって中絶や避妊手術などを強要していたこともあり、あまりに早急に産児制限をなくす方向に転換すれば、これまで共産党が掲げてきた厳しい一人っ子政策は「間違っていた」と認めることになるという点も懸念しているのだろう。
明確な戦略がなければ、出産を奨励しようとしても、断片的で効果のない政策になってしまう。中国共産党の各機関が結婚の喜びについてこれまでになくアピールするようになっているのは、出生率を上げたいとの狙いもあるもしれない。
また、共産党指導者の間に社会的な保守主義が広まっていることも一因かもしれない。じわじわと浸透しつつある海外の文化は危険なので、「伝統的」な中国の文化を推進したいという考え方だ。それは、未婚の男性が増えすぎると社会秩序が脅かされるという懸念だ。
実際、中国共産主義青年団はここ数年、愛国的な独身者を招待して婚活イベントを開催し続けている。
◇ 「結婚しない女性」への“脅し”戦略も…
政府が(出生率を上げようとするあまり)多忙で野心的な女性が家庭に入ることを促してしまうことにも懸念がある。作家であり学者でもあるリータ・ホン・フィンチャー氏は、国営メディアが「売れ残りの女性」という概念を広めるのに加担していると指摘する。
これは20代半ば以降の未婚女性を指す侮辱的な言葉で、都市部に住む高学歴の中国人女性に、自分の望みよりも早い段階で身を固めないと、「売れ残り女性」と見なされるようになると“脅す”意図がある。
同氏によると、こうしたプロパガンダはますます積極的に展開されているという。官僚たちが本当にこのような解決策を練っているのであれば、ベビーブームを期待しても“死産”に終わってしまうだろう。
©2018 The Economist Newspaper Limited.
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英エコノミスト誌の記事は、日経ビジネスがライセンス契約に基づき翻訳したものです。
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