生き甲斐の心理学

自分は何の為に生きているのか? 生き甲斐とは何か、自分の魂と成育史と身体を大事にしているか、を思索していきます。

自分は何処へ旅しているのだろう?幸福な日々の為の自問自答

2024年11月15日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
大部前のお話ですが、知人のAさんから孫の相談を受けました。孫が携帯ばかりを楽しんで、ちっとも勉強しなくなった、という相談です。Aさんは大学の先生で少々この世離れした知人ですが、とても優しい方です。さて、私が人から相談を受ける方針は、ここに居ない人の対応は一切考えないという立場で、もっぱら孫への対処方法についてではなく、Aさんが何故、私に相談したくなったのか、Aさん自身の心を大切にして傾聴していきました。多分、二度と私の所へは来なくなるだろう、と推察してお別れしました。コーヒーをのみながらの一時間でしたが、Aさんは孫の相談をしている自分が馬鹿馬鹿しくなったそうです。Aさんの悩みは自分の小学生時代と孫の姿を重ねて思索していた自分に気付いたからです。戦争中の自分と今の孫の時代の違い、それぞれの志す所の違い、手書きの時代とインターネットの時代、漫画本を読みあさった自分と携帯を楽しんでいる孫と、そう違わない自分にきづいたようです。生き甲斐の心理学では、この現象をこう解釈しています。ストレス曲線(不安感、怒り、身体症状、鬱、錯乱の5つ)の対処方法はそれぞれの歴史環境の中で、相当違いますので、生育史を重複させて解釈する愚かさを意識化させる手法です。Aさんは自分のおせっかいさと愛の違いにも気付いたようです。最後のセリフ:息子の嫁に嫌われるわけだ。と少々自己嫌悪君のAさんが気の毒でした。「近所の粕峰神社にお祈りをしてから帰宅したい」と言っていましたが、何だかしょんぼりした姿が気になりました。
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