生き甲斐の心理学

自分は何の為に生きているのか? 生き甲斐とは何か、自分の魂と成育史と身体を大事にしているか、を思索していきます。

自分は何処へ旅しているのだろう?幸福な日々の為の自問自答

2025年01月31日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
男女の恋の話はここでは複雑で私の手に負えないので語れませんが「あなたは大嫌い」と表現されても、その言葉と裏腹で「大好きだ」という表現だったと、はた、と気づく事は日常茶飯事のようです。人の感情と言葉、意識は複雑で、五感と体感は嫌っているのに、意識の上では、好き、と思う事例もまた結構多いのです。身近な例ではデパートで店員が「いかがですか?」と声をかけても、知らんぷり、しかし魅力的な景品をお上品にちらつかせられると、少々、慾心が芽生え、どんな人でも、少し心が騒ぎます。私も綺麗な店員さんが優しい眼差しで「如何ですか?」と声をかけられるとふらふらする場合もあります。プロセススケールは、この事例を下記のように語ります。思考と感情の領域で「不一致」に気をつけよう、と。例えば、本音と建前の場合、特に本音の領域の場合、奥深くに本音があるのに、何故か、意識の上にあがってこない事例を「意識されない」として、この場合を低辺、本音の想いが少し増大してきた場合を中辺、口にしなくても心の中ではいつも本音を意識していて、時々は不一致の場合の人を高辺、と定義しています。心の奥底と意識と言葉は中々一致する訳にいかないのが、この世の哀しさですが、口にしなくても、心の中と意識だけは、出来るだけ一致させておかないと、いつか理想と現実、私とあなた、の混濁が始まり、悲劇が訪れます。私は私、と堂々と生きていきたいものです。しかも一致した現実生活でないと空しい人生になりそうです。
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