今、この場所から・・・

いつか素晴らしい世界になって、誰でもが望む旅を楽しめる、そんな世の中になりますように祈りつづけます。

素敵な山男(2)

2011-05-28 20:25:53 | 山、人、幸せな出会い
昨日(27日)、近藤謙司さん率いる「エベレスト登山隊」は無事登頂を果たし、ベースキャンプへ戻りました。

<おめでとうございます!>

今回で何度目のエベレスト登頂でしょうか、今回は特別、大変だった事でしょう、ベースキャンプで隣り合わせていた「尾崎隆」さんと言うすごい登山家の事故死を目の前にして、それでも、皆さん、エベレストの頂を目指された事、少しだけ山の世界をみてきた私は、その心境がどんなお気持ちだったか・・・

近藤さんの人柄を私のつたない小説に書かせて頂いたものをその部分だけ載せてみました、今は長い文章を書くエネルギーがありません、もし御読み頂ければ、とても嬉しいです。
<私の感じている、近藤さんのあくまで、イメージです>

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

小説「愛をこう人」(後編)の最後の方に書かせて頂いてます>

(五十二)
しばらくして、友人から、連絡が来て、穂高に、どうしても登りたいなら、君を案内してくれる、ガイドさんを紹介するから、会ってみては、どうかと、すすめてくれた。
君の気が済むまで、よく相談してみてはどうだろうかと言ってくれた。
「ただし、案内されて、登山できたとしても!」
「君の体力で、歩いて行ける場所までだよ!」
そう念押しをされての、紹介だった。

数日後、ある、カフェで、その、登山家と会った!
一目見て、すぐに、久美子はこのガイドさん、K氏を気にいった。
とても、人柄の良さそうな、頼れる人物に見えた。

お互いにひと通りの挨拶を交わして、まず、穂高へ向かえる日を聞いて来た。
K氏は、ひと通りの登山についての常識的な事を話して、久美子の今の健康状態を聞いた。

どうやら、友人は、ある程度の、私の病気の事を話してあるようだった!
そのあとに、久美子が案内をお願いしたい山である!

「穂高連峰の山について」
の説明をしてくれて、七月の末は、夏山の登山シーズンの一番良い時期で、何処の山小屋も混んでいますが、直ぐに、個室を予約しておきますから!

そう言ってから、もし天候が悪い時は、いさぎよく、取りやめにしてくださいね!
私も、この夏は、仕事が多くて、予定が詰っていて、本当に申し訳ないのですが、次ぎの予定が取れませんので諦めてください!

たぶん、穂高へ向かう予定日の天候は良いだろうと思いますが、昔は、「梅雨明け十日は、晴れる!」と言われていたものですが、どうも、最近の天候は、予測のつかない事が起きますので、「山や」泣かせですと笑いながら言った。

久美子は、そんなふうな言葉があるのだな~と関心しながら、K氏の話を聞いていた。
K氏は必要な事を分かりやすく、丁寧な言葉づかいで、話し、穂高の山地図を見せてくれて、歩くコースを説明してくれた。

「ここ、上高地から、歩き出します!」
「そして、明神、徳沢、横尾と歩きます!」

普通は、一日で、涸沢まで入るのですが、もし、きつかったら、横尾の小屋に泊まりましょう。
次の日、少し朝早く歩き出して、涸沢までか、もし、まだ歩けるようでしたら、穂高岳山荘まで、上がります。

「頑張りましょう!」
「頑張りましょう!」

そして、いよいよ、穂高岳の山頂を目指します。
僕の取れる予定は三日間ですがよろしいでしょうか!

そう言って、申し訳なさそうに、優しい笑顔をみせた、彼の予定された時間を、少しでも有効に使う為に、上高地へ、登山前日に、久美子ひとりで入って、彼に紹介された、上高地で一番お安い宿だといわれる「西糸屋」に泊まった。

(五十三)
K氏、彼は、前日の夕方まで、仕事が入っているために上高地で落ち合う事になり、上高地までは別行動だった。
彼は、少し照れながら言った。

「最近はけっこう多い仕事なのですが!」
「中高年者向けの登山教室で話をするんです!」
「講演会で、私、講師なんです!」

そう言った、彼の笑い顔が久美子には、とても気分の良いものだった。
なるほど、この人なら、人気があるだろうな~と、久美子は思いながら、聞いていた。

「僕は、前日の仕事が済んだら、」
「そのまま、車で、上高地へ入ります!」

自家用車は上高地へ入れないので、沢渡で、バスに乗り換えていきますから、僕が、西糸屋へお向かいに行くまで、待っていて下さい。
たぶん、七時前には伺えると思います。
リックの中身は、

「食べやすい、ご自分の好きな物のおやつを少し」
「お水は五百もあれば?」

久美子は、お水が五百?て、なに?、何のことだか分からなかった!
ああ~、ペットボトルの五百ミリリットルが一本と言う意味です。

「すみません、つい、言葉をはしょる癖が!」
「着替えは、ワンセット!」

山の中では一度だけ着替えが出来れば良いと思ってください。
それも、汗や雨に、濡れた時だけ着替えて、乾かして、又、それを着替えます。
彼は、なんの躊躇することなく、すらすらと言った。

「三日も、着の身、着のまま?」

久美子は、家に帰るまで、汚れた服で過ごすのだと、覚悟した。
ああ~それから、帰宅用の着替え、ワンセットを、別に持って来て下さい。
上高地のロッカーに預けておき、下山時に着替えて、さっぱりして、かえれますから~
とにかく、背負う荷物は、出来るだけ、軽くして、歩きましょう。
そんな事を、早口で、久美子に伝えた。

登山の前日、久美子は、K氏に紹介された西糸屋に泊まったが、ほとんど、眠れずに朝を迎えた。
彼は、七時を少し過ぎた頃、迎えに来てくれた。

私に会うなり、にっこりと笑顔で、すみませんが、リックの中身を見せてくれますか~あ~
いきなり、思いもしなかって事を言われた久美子は、どぎまぎしながら、リックを渡すと、彼は、リックの中身を見て、次々と、

「これはいりません!」
「これはやめましょう!」

そういいながら、久美子が用意していた、荷物をわけて多すぎる食べ物や、重い果物は、自分のリックに入れて、久美子のリックは、雨具と少しの食べ物と水、そして貴重品だけになった。

取りやめた、持ち物と、下山用のワンセットの着替えを、手早く、久美子の荷物とK氏の荷物をひとまとめにして、ロッカーに預けて、軽く、体をねじったり、足の裏を延ばすような?運動をして、久美子は、彼のまねをして、体を動かした。

「さあ~、出発しましょう~」
そう言って、歩き出した。
ゆっくり、のんびり、周りの景色が目に入ってくるくらいの余裕で、歩いてください!
そう言って、私を彼の前で歩かせたり、自分の後ろを歩かせたりして、木や草、花など、目に付いた物を良く説明してくれた。

午後、二時前に、横尾に着いた。
久美子は、まだ、歩けますと言ったが、彼は、今日は横尾に泊まりましょうと言って、荷物を置いた。

夕方まで、ぼんやりと外を眺めたり、なにをするでもなく、ゆっくりとすごすふりをした。

この小屋はお風呂があるので、入れますよと、おしえてくれたが久美子は、そんな気持ちにはなれなかった。

部屋は、何人かと相部屋で、これから登る人、下山して来た人、さまざまだった。
久美子は、誰かが、話しかけてきたときだけ!
「はいとか、そうですとか、応えるだけだった!」
とても自分から、明るく話しかけるほど、余裕のない、緊張感で息苦しいほどだった。

あの銀色の世界へ
母の面影を求めて
美しき魂を求めて
ひとり置き去りにして
何処に居るのですか
きっと私を受け止めて
美しい花園で会えるのですね

(五十四)
そんな私の事を彼はよく見ていたようだった。
お互いが、少しずつ、打ち解けて会話が出来るようになるには、すこし時間が必要だった。
やがて、彼は、気がつくと、軽いジョークも入った言葉をかけて来ている事に久美子は気がついて、とても、気分が楽になった。
朝の早い時間に横尾小屋を出発しているのに、周りの風景が、久美子には少しも変わらないと思えた。
少しの登りでも、足が上がらず、息が苦しい!
体が重くて、まるで全身に何かを括り付けられているように体が重く辛かった。
彼は、ゆっくり、ゆっくり、歩きでいいですよといい!
私の短い足は、ちょっとした、岩の段差がとても辛い!
足が上がらない時は!彼はいつも、言った!
「片足を岩にしっかりと乗せると足が長く伸びます!」
「だから、安心して、岩に足を預けましょう!」
そう言われると、なんだか、そんな気がしてくる!
重い体と、力ない足を、一歩、一歩、上へ、前へ、時には、岩をよじ登るように、私は、登山道と格闘しているような気分になる!
バランスを崩して、よろけそうになると、決まって、彼の力づよい腕が支えてくれる!
「久美ちゃん、上を見て下さい~」
突然、K氏の声がかかる!
遠くに、鯉のぼりが勢い良く、泳いでいるのが見えた!
今から、「久美ちゃんと、呼ばせてください!」
K氏はそう言って、なんだか、久美ちゃんの頑張ってる姿が、僕、嬉しくなっちゃいましたあ~
彼は私を元気づけるようにそう言って、それ以降、私を、
『久美ちゃんと呼んでいた!』
私と彼では、親子ほどの年齢差があっても、なぜか、私は嬉しいような気持ちがした。
少なくとも、嫌な感じではなかった。
お互いが、仲間同士のような、錯覚さえ感じていた、今、この山の中では、自然に受け止められる事だった。
昼前に、涸沢に着いたが、もう、これ以上は、久美子は歩けないと思った。
「なぜか、もう充分だと感じた」
彼も、その事を予測していたようで、今夜はここに泊まる予約を入れてありますとニコニコしながら言った。
今は、なにを言われても、久美子は、嫌な気がしない!
涸沢ヒュッテの外のテラスで、ふたりは、生ビールで、カンパイをした。
けれど、久美子は、ほんのひとくち、口に含んだだけだった。
やはり、どんなに、忘れようとしていても、体に住み着いた、がん細胞は、活発に働いていた。
その夜、耐え難い苦しみと痛みで、久美子は持参していた、強い痛み止めを使ったが、なお痛さと不快感はしばらくの間おさまらなった、浅い眠りを与えてくれるだけだった。
彼には、久美子の本当の病気の事を伝えてはいなかったが、なぜか、久美子の病気を理解していたようだった。
次の日の下山の時、上高地まで、涸沢ヒュッテの従業員がひとり、一緒について来てくれた。
K氏は、彼は仲のいい友人だから、気にしないで下さいと言ってくれた、今日は休暇で、山を下りる都合があったとも言ってたけれど、久美子の体調を考えて、付き合ってくれた事は間違いなさそうだった。
おかげさまで、久美子は何とか無事に、上高地に下山出来た。
体の疲れは確かにあったが手や足、体の弱りきった筋肉は、何度も、引き連れ、よじれて攣った、その耐え難い痛みに、声を出さずに、久美子は泣いた、けれど、そんな事は直ぐに、忘れてしまえる、上手く言葉で表せない喜びが、心の中で沸き起こっていた。
けれど、肉体の痛みや疲れは、なぜか、心地よいものに変化しつつある、心があふれる喜びに打ち震えて・・・

(五十五)
穂高から帰って、しばらくの間、まるで、何かが久美子を包み込んでしまったようなふわふわとした気持ちで、体がとても軽くなった気がしていた。
体調の良い日がつづいて、何かを成し遂げた、
「ご褒美を大自然から頂けたような!」
「不思議な感覚で、はじめて感じた!」
「充実した、幸福感だった!」
時折、涸沢でのお花畑の中を歩いている時のような香しい花の匂いさえ、感じて、あの美しい風景が、瞳の奥に何処までもつづき、広がる!
それは、昔、私だけが知っていた、あの
『秘密の花園』
と重なり、合わさる!
母の姿と、共に、久美子の心は満たされていた!
心が不安に、揺れる事もない、悔いの無い人生の素晴らしさに感謝した気持ちだった。
思い返せば、久美子の生きた日々は!
苦悩も苦しみも、すべてに価値のある事だった。
ふと、そんな思いにしてくれた!
あれほど、何かを追い、捜し求めていた事のすべてが叶えられた気がした。
今、幸福と感謝する日々の中で、時には、久美子は生きているのだと知らせてくれるように、命を実感させる、激しい痛みさえも喜びに変わる!
命を刻む、胸の鼓動が美しいリズムのように・・・
もう、何も恐れることの無い心が虹を描く!

私の生きた六十五年間は素晴らしい人生を彩り!
愛をこう、愛しさを詠った喜びに感謝!!!


・・・・・・・・・・・・・・・完了






遠い日に想いをよせて

2011-05-27 18:18:15 | 「美しき人」からのおくりもの


貴方を思うだけで
涙があふれる恋煩い人あり

遠い日の出逢いに心を揺らせて
夢まぼろしの日々をすごす人あり

はたして私は
いまだ出逢わない貴方の姿を想い

この心ここにあらず
この思いがさだまらず

この心がふわふわと彷徨い
この心が素敵な貴方の姿を描き

この心が喜びを求めて
この心がただ貴方を待ち望む

<美しき人>

もうさだまらぬ想いが私を
混乱と興奮と大きすぎる夢をみる

私の心に言葉が生れては消えていく
この心さだまらぬ不安と喜びをごちゃ混ぜにして

どこかに飛んで行ってしまう
まだ見ぬ貴方の素敵に出逢うために

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ビョンホンさん
百想芸術大賞受賞おめでとうございます、

最近言葉が出てこない事に不安を感じながらも以前に書いた物に少し書き換えてみました。




<生きて行く事>

2011-05-26 09:51:39 | ひとりごと


しんどくて体の力を何処かへ
誰かに持って行かれてしまったのか
ひとりの静かすぎるこの部屋

聴こえないはずの鼓動
ドクン、ドクン、ドクン
頭痛と共に共鳴して私を責める

今日の私はかなり弱気だ
雨の日はなぜか悲しくて
でもちょぴり幸せな気もして

昔ならこんな日は本が友達だった
今は見えにくい眼は直ぐに疲れて
痛みと闇をつれてくる

私は無音の静寂に耳をすませて
自分の心に聞いてみる

生きて行く事はなんだろうと
きまって答えは

<今、与えられた命があるから>
<ただ、それだけで幸せなのだと>

感謝を忘れかけた私がいて
静かすぎる部屋で私は
自分との会話に答えを出した

生きて行く事はたいへんだ、その意味さえも
忘れてる、力なく息をして、つまらない事を考えた日に


韓国の映画監督「キム・ギドク」

2011-05-23 17:23:37 | ひとりだけのシネマ(ドラマ)館

(この写真は以前の作品の「弓」の物です)

今年のカンヌ映画祭で、キム・ギドク監督「アリラン」が「ある視点部門」で受賞したようです。

私は特別、映画ファンだとは言えないけれど、不思議とこの「キム・ギドク」監督作品はとても気になる・・・

映画の事を語れるほど、たくさんの映画を観ているわけではないが、ギドク作品は映画を観ている観客に不思議な感性を増幅させて,映像の奥深く、観えていない感情の何かが?あるのかも知れない!
私はこれまでこの監督の映画ほど不思議な感情になった映画は他にない!

<ビョンホンさんの映画は私にとっては特別な物なので、比べる事は出来ない!!!>

今は自分の言葉を表現、文字に出来ないので、以前に別の所に書いた物を載せてみました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

5月の季節は、私には特別な思い出がたくさんあって、どうしても、山への想いが心を乱しているから、今、体を思うように動かせなくても、山への想いがつのっては、現実に戻されて・・・

そんな時、韓国映画、キム・ギドク監督の「弓」を観た。
DVDでだが、2度つづけざまに観た!
私は、ほとんどがテレビか、DVDで映画を観る、外出が出来ない事もあるが、今は、ビョンホンさんの映画以外は映画館へ行こうという気持ちにならないのが正直なところだから、映画好きですとは言えないのでしょうが、テレビでは映画をよく観ている。

だが、はじめの30分が心惹かれるかで、終わりまで観るか、やめるかが決まる。
最近は、韓国の映画も多く放映されて、けっこう好きな映画も多い。

けれど、キム・ギドク監督の映画はいつも、心を持っていかれてしまう・・・
その理由がいまだにわからない、特別に、はでな、アクションがあるわけでもなく、ほとんど、台詞がない、役者さんが特に有名でもない(私が知らないだけかも)、どちらかと言えば、ストリーも坦々とした日常(一般的ではない日常だけれど)を描く・・・

最初に心を持っていかれた映画は「春夏秋冬、そして春」だった、この映画を観た時、説明の出来ない思いになって、レンタルで借りられる、キム・ギドク作品を全部借りてきて、続けざまに観た。

中でも、「うつせみ」と「サマリア」は私を廃人にして、しばらくの間、思考能力停止状態にした。

私は、映画を評論出来るほどの人間ではないので、私自身が感じたことを書いているのだが、一つだけ言えるとしたら、けっして映像が派手ではないのに、この頭の中にしっかりと刷り込んでしまう事、ギドク監督作品を観ると、しばらくは、私自身の思考能力を持っていかれてしまうのだ。

今回見た「弓」もまさしく、そうなのだ、この2日間、何かをしていても、それほど、強烈でも無い映像のあるシーンが、現れて、私が勝手に言葉や思いをその場面にはめ込んでいるのだろうか、なにしろ、この映画も、ほとんど台詞がない、俳優はその表情だけで、映画のストリーを描き、見る側に伝えている。

韓国は映画産業で、国の経済を立て直す国策をするほどの国です(もちろん、映画産業だけで、国の経済が立ち直ったわけではないが)・・・

もちろん、日本の映画も好きですし、観ている映画も多いです。
ただ、今のところ、日本の映画で、心を持っていかれた、作品がない事が、すこし残念です。

ただ、これだけは言わせてください!!!

俳優は「イ・ビョンホン」で始まり!!!

ビョンホンシの「魂の演技」に、これからも離れられないでしょう!!!

元気になったら、山へも復活して・・・
夢と希望で、頑張らなくちゃ~~~

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


これでよいのですね・・・

2011-05-22 11:33:03 | 「美しき人」からのおくりもの


今はこのままでよいのですね
つい心だけが先走り
つい心だけが焦ります

それがなんなのでしょう
誰かに知ってほしい
私がここにいる事を

だからって
何も言えないのです
嫌われるのが怖いのです

少しだけこちらを向いて
少しだけ私を見て
少しだけ話しかけて

<美しき人>

今日も何も無く時間だけが
この私を不安にして
焦る想いを募らせる

だけど心の何処かで囁く
このままで幸せなのだと
このままでよいのだと

<幸せな時間>

2011-05-16 12:33:00 | 「美しき人」からのおくりもの


この静かで穏やかな想い
心の中でそっとつぶやく
お元気でしょうかと

お疲れではないでしょうかと
この青い空の向こうに
私の想いだけを描き

この季節の痛みを
打ち消しながら息づく
五月の風がとても幸せ

<美しき人>

私はここで静かに暮しています
幸せな時間に感謝して


いつも奇跡のように・・・

2011-05-13 15:00:03 | 「美しき人」からのおくりもの


<感謝しています>

最近の私はとても幸せです!

一時期、右眼が殆ど見えない状態でしたが、まるで奇跡のように視力が少し回復してきました。
御医者さんからは「回復は望めない!」と言われていたので、本当に奇跡的な事が私の体におきたのでしょうか?

ビョンホンさんを「美しき人」と表現させて頂き、言葉をつづれることで私はとても元気エネルギーを頂いています!!!

左の耳は残念ですが聞こえないけれど、今は体力を快復させて杖無しで何処へでも出かけられるように頑張ります!!!

<夢、まぼろしの・・・>

2011-05-10 08:57:37 | 「美しき人」からのおくりもの


私のすむ世界は
ごく平凡なくらし

とくに豊かでもなく
とくに貧しくもなく

つつましく贅沢を望まず
日々の糧に感謝して

なによりも心豊かに
この老いの体に少しだけ

痛み苦しみと不自由さがやってきた時
不安と焦りを打ち消す葛藤がはじまる

心の中にある扉のむこうの世界へ
ゆっくりと階段をのぼる私

美しき人がいる日常は
私だけに許された心の中の空間

虚構の中の存在に魅せられて
その幻に恋する乙女になれる

いいえ昔乙女になれる私の時間
さあー今日は何を語りましょうか

何を綴れるのでしょうか
美しきひとみの方へ感謝をこめて





<今をみつめて>

2011-05-08 18:03:08 | 「美しき人」からのおくりもの


もう息切れしちまったんだよ
苦しくてさ~泣いちまったんだよ
けどね、まだほしいものがあるんだね

まだ誰かに知ってほしいんだね
そう私を認めてほしいんだね
でも息切れしちまったんだよ

苦しくて悲しくて幸せなのに
でもまだ未練があるんだよ
この手足が前に進みたがるんだよ

あの青空が忘れられなくて
あのやさしい風が恋しくて
でも息切れしちまったんだよ

我儘な私の想いが
心と体をばらばらにしてね
叫んでしまうんだよ

人間て奴はどうしょうもないね
だから命あるかぎり
生きるために心が痛いんだね

「美しき人」へ
感動とジェラシーと混乱と
涙が流れた日に
心により添える存在に感謝

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

☆☆☆
つたない私の言葉をたくさんの方々に御読み頂けて本当にありがたく、感謝しています
今、中々言葉が出てきませんので、以前に書いた詩で気に入ってる物を載せてみました。

<忘れ~ぬ人、場所>

2011-05-05 17:33:00 | 太陽のうた


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今朝の新聞に、雪景色の涸沢にカラフルなテント場の写真が載っていた。
ほとんど毎年、今の時期は、このような記事がでる、私は、その度に、あの穂高での10日間のことや、五月の山での思い出が何度となくよみがえってくる。

あれだけ、山に呪縛されたように、雪山や岩登りにのめり込んでいったきっかけはやはり、あの時だ!!!

私は、山登りは若い頃からやっていたが、長谷川恒男さんとめぐりあうまでは、自然の中を歩く事が気持ちがいい、そんな程度の喜びしか分からなかった。

だが、あるきっかけで(私を輝かせてくれた3人の騎士の記事に書いたが)長谷川恒男さんという、すごいアルピニストとおつきあいをさせて頂き、何気なく言った、「私の憧れの山は穂高です」と、すると、返ってきた言葉が 「じゃ、来週行きましょう」と・・・

その言葉が私にはどんな事なのか、すぐには、理解出来なかった、だが、来週と言った日から10日ほどで、もう、私は穂高に来ていた。

その頃の私は、経済的にも貧しくて、登山技術のいろはも分からなかったので、アイゼンもピッケルもただ安いだけの物を、間に合わせに買い求めて、ほとんど、雪山がはじめての体験だから、あの時ほど、アイゼンの前歯が何故ついているのかを、強烈な体験で実感し、雪山の高度感を身をもって感じた。

長谷川さんの一言 「谷口さんと??さんは、常に私のそばに置かなくちゃ~」
その言葉がどういうことなのかを理解出来たのは、すぐ、次の行動で、実体験!!!

とにかく、恐怖感! 私の体は自分の思うようには動かない! 手足が凍りつき、感覚がない!
3000m近い標高は私を高山病にして、意識が薄れがち!

そんな中で、私の前を歩いている(4~5m先)長谷川さんは、私がふらついた瞬間に私の隣にいて、滑落しそうな私を止めていた。

私は、長谷川さんは、後ろにも眼があるのだと、その時、確信した。

そんな事の繰り返しで穂高での10日間は、自分が今、何をしているのか、今、何処に居るのかさえわからないほどの体験をして、恐怖感と今までに感じたことの無い魂の喜びとで、どんな言葉で表現すれば良いのだろうか・・・

あの時、体中の細胞が沸騰するような感覚と、ただ、ただ、嬉しくて、嬉しくて、叫びたいほどの興奮を、どう表現すればよいのでしょうか・・・

そんな感覚が帰宅しても、一月ほどつづいた。

この体験が、その後の私を、山からの呪縛されるような思い、あつい恋心が雪山に岩に・・・
もう、何よりも大切な事と、思いながら、頑張ってしまった。

今、体を、悪くして、山を諦めてすごしているけれど、たぶん、あの情熱を注ぐ、対象が、イ・ビョンホンさんとのめぐり逢いだったのでしょう。

あの山で感じた、魂の喜びを、ビョンホンさんの生き方や作品から、私に伝わってくる感覚が本当に良く似ているのです。
とくに映画「甘い人生」では、観るたびに、いい知れぬ感情の昂ぶりを感じます。

ある監督が言った言葉 「映画とは、作り手だけがすぐれた感性を持って表現してもそれだけではだめなのだ、その作品を観る側の豊かな感性をその作品にプラスしてこそ、より素晴らしい作品に仕上がるのだ」 と言っていた事がとても理解できる。

山の世界も、映像の世界も、体験を通して、また、観た時の感性がどれだけ純粋な思いになれるかなのだろうと思う。

よく私が言われる事だが、「何故そんなに苦しい生き方をするの!もっと、楽に生きなさいよと!」

確かにそうだと思う、だが私は、決して苦しい生き方をしているのではない、むしる、この生き方が、楽しくて、喜びが大きいのだ・・・

たぶん、私は、これからも、こんなふうにしか生きられないのだろうと思う。

5月の空を小さな庭から眺めていたら、こんな事を書きたくなった、中々理解して貰えないだろうけれど、もし、読んで頂けたら嬉しいです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

☆☆☆
上記の記事は以前に別の所に載せたものです、今は長い文章を書く事が出来ないので、でも、どうしても、もう一度読んで頂きたくて・・・
長谷川恒男さんとは数年のお付き合いさせて頂き、まちがいなく私の人生の中で、大きな影響を受けた方です.
長谷川恒男さんがパキスタン、ウルタル峰で亡くなって20年、それと、先ごろ大きなニュースになってる、ビンラディン容疑者のいた、パキスタン!長谷川さんと共に忘れられない国です、2度行った事がありますが、次々に思い出され、言い知れぬ思いになります。

いつか見た思い出の滝

2011-05-05 10:35:01 | Weblog


朝の散歩道にはやさしい光と

爽やかな風に吹かれながら

ふらつく足取りで歩む

やはりこの時期は私には特別な季節

Tシャツ一枚で雪山を登った記憶

穂高で過ごした春山での日焼け

あれいは谷川でのテント生活

思い出は限りなくよみがえり

登はんの後に立ち寄った

美しい流れに言い知れぬ喜びが

心を満たした日々が

今も鮮やかによみがえる

<素敵な山男>

2011-05-02 11:12:10 | 山、人、幸せな出会い

五月の青空に
似合う笑顔

気高きヒマラヤの山々に
豪快な貴方の動く姿を
いつも私は見ている

たとえ声は届かなくても
祈りの言葉を心からつぶやく

今、成功へのトレースを歩む
真っ白な雪とブルー色の氷河

長すぎる道のりが苦しみをよび起こして
呼吸は体ごとぬくもりさえ奪っていく

私はこの暖かな季節に中で
遠い日にただひたすらの一歩が
あまりにも鮮やか過ぎる思い出が

今日の日の支えと喜びになり
遠い日の記憶が勇気を呼び起こして
力強い感覚と苦しみに耐えるすべを

青空と荒涼とした世界の山にいざなう
素敵な山男の暖かな言葉に触れた一瞬

☆☆☆
国際山岳ガイドの近藤謙司さんは今、エベレストに登山中です!