
★愛の時間★
ふたりだけの世界、閉ざされた空間、聞こえるのは二人の胸の鼓動だけが波打つ、しばらくはふたり、みつめ合いながら、時には彼の唇が私の唇を覆い包み込んで長いキスをして、彼は私の体のすべてを胸の中で抱きしめながらも・・・
純ちゃんは、私に対して、それ以上の行為はせずに、抱きしめてお互いの鼓動をきく、私は苦しいほどの息遣いを純ちゃんに悟られないように、でもそれは無理なことだった,私は純ちゃんにすべての自由をゆれされないほど、純ちゃんの胸の中に抱けれてる・・・
彼の愛情表現は健康的な欲望も抑えているように、一瞬、苦しげな厳しい顔になって、静かに、私から離れて行った。
そして、まるで、嘘のような、冗談のような言葉で!
「姫!、もうしわけございません!」
「大変失礼な事を致しました!」
「この上はどのようなご処分を受けましても・・・」
「甘んじて、お受けいたしますので、・・・」
「どうぞ、充分なご処置を、お授けくださいませ!」
純ちゃんのそうな冗談めいて言葉は照れからくる言葉だけではない苦しみと私への優しさから出た事は鈍な私でも気づいてる、けれどそんな姿が可笑しくもあり、切なくて悲しくもあり、私は、どんな言葉で返事すればよいのか?
世間で言う、三十七歳、男盛りの健康な肉体の純ちゃんのこのようなしぐさは、すべて私の体を気づかう愛情の深さだと、私は分かっていたから、こんな時、切なさと申し訳ない気持ちでつらかった。
私は純ちゃんにどう接し、言葉を交せば良いのか、とっさの言葉も考えも浮かんでこないふたりのぎこちない空気だけがこの部屋に漂う・・・
その時、もう二度とこんな辛い思いを純ちゃんにさせてはいけない!私は固く決心してわたしはどんな事をしても、健康な体になって、純ちゃんの本当のお嫁さんになり、私のすべてを捧げたい!!!
『何の気遣いも無く愛し合えるふたりになりたい!』
その願いが叶う時は、きっと、純ちゃんのアメリカから帰国した時なのだと、純ちゃんの心に添う事が出来るように私、頑張るからね!
『純ちゃん、その時まで、待っていてね!』
そう、心で、約束した時、不思議なほど、純ちゃんから、力強い元気さが私に伝わって来た、そんな気持ちがして、心も体も強くなったように感じた!
次の日、私を家に送り届けてから、純ちゃんはひとりで、アメリカへ旅立った。
アメリカ合衆国、ロスアンゼルスは、初めての地であっても、純輔は観光などするどころではなかった,ロスについて直ぐに、緊張の続く中で、二次、三次と、オーデションが進み、純輔は幸運にも最終のオーデションにも、合格出来た。
映画の主役ではないが、とても重要な役を引き受ける事になった。
ハリウッド映画「遠い祖国」は、ある、有名な監督のもとで、多国籍の俳優が出演する作品だ!
主役は、日本からアメリカへの移民2世の女性と白人男性とのラブロマンスを軸に、太平洋戦争によって愛を引き裂かれる苦難の日々を描くものだった。
「李 純輔」が演じるのは、主役の女性の兄の役だった。
子供時代は、在米日本人の子供が演じ、純輔は太平洋戦争前のボストンで大学に通う大学生からの出演だった,三十七歳の純輔ではあったが、さほど気にならない大学生の姿であった。
もちろん、その頃の日本の大学生のように学生服を着るわけではないので、一九三〇年頃のアメリカの大学生の生活を描き、大学を卒業し、父が営む、工場を継ぎながら、戦争によって、強制収容所での暮らしで、家族を守るために、自分の考えや思想とは裏腹な生き方を強いられて、アメリカ人として、戦場に向かい、又、間接的ではあるが、長崎に落とされた核爆弾の移送にも関わり、その事で多くの同じ民族である日本人を殺してしまった事を苦しみながら、アメリカで戦後を生きる人間を演じた。
精神的にも本当のアメリカ人としてもなじめず、日本人としても生きられない事の苦しみ、戦争での死への慄然とした恐怖や心の葛藤、混乱する精神状態を描く、二十代から、五十代までを演じた、純ちゃんの素晴らしい演技は、映画の公開前から、アメリカは元より、日本のマスコミの話題になって広く伝わって行った。
純輔の出演する映画『遠い祖国』の企画進行がとても特殊な進め方だった。
ハリウッド映画ではとても珍しい事だけれど、純輔はオーデションに受かって直ぐに出演契約を交わし、その後直ぐに撮影が始まるという、異例な事つづきで、当然の事ながら、純輔は日本へ一時帰国する事も出来ずに、1年以上、準備期間や撮影が続き、とにかく過密スケジュールで,映画「遠い祖国」の撮影が終わり日本へ帰国するという事態をのりこえて純ちゃんは日本へ帰国できた。
言葉や生活習慣そして、映画撮影の進め方の違いに戸惑いながら、その繊細な精神性から、人づきあいの苦手な、純輔は、いくつもの、神経ハゲが出来て、神経性の胃炎を何度も繰り返しながらも、強い精神力と集中力で乗り越えて行った。
演技者として素晴らしさと人間性を認められて、少しずつ周りの人たちが味方になってくれる事も増えて、長い一年の日々に最善を尽して、純輔が出演する場面の撮影が終了して、ひとまずは帰国する事が出来た。
帰国しても、一年以上、日本での仕事をやっていなかった分、日本で努力をしなければならず、又、ハリウット映画に挑戦した事を、マスコミにもかなり知られて行き、インタビューなどを受ける回数もだんだん多く成って行き、過密なスケジュールでの日々は、さすがの純ちゃんも体力、気力共にぎりぎりの状態だった。
純ちゃんの帰国を待ちわびていた私は、純ちゃんのいない間に、自分ではとても頑張ったと思うけれど、相変わらずの体力のない、やせっぽちの体だった。
純ちゃんがアメリカに行く前に心で約束した事!
「本当の純ちゃんのお嫁さんになる為の努力!!!」
約束を守るために、プールへ通い、プールの中を歩いたり、自宅の近くをゆっくりと走ってみたり、時には母とふたりで電車で高麗まで行き、日和田山を少し登った、胸の苦しさも母がとても嬉しそうな笑顔と「もう少しよ、頑張って!」と、かけてくれるひと言が私を勇気づけてくれた。
私は、幼い頃から病弱で母に心配ばかりかけて来た、それが、純ちゃんに恋した事で、どんな事でも、前向きに物事を考えられる娘の姿が輝いて見えると言って、父も母も喜んでくれていた。
母はどんなに自分が大変な時も明るく笑顔でいてくれる人だ!
私は本当によく運動をした、又、基礎体力のつく、漢方薬を飲み、食事に気をつけて、健康に良いと考えられる事すべてにトライして頑張って来た一年間だった。
純ちゃんに逢えない寂しさを体を動かす事でながく感じる時間をやり過ごすことが出来た。
だが、私の体は、ひどく免疫力が低下している為に、紫外線にとても弱くて、完全防備の厚化粧をしての外出であっても、時には、紫外線火傷をして、特に顔が、お岩さん状態になって辛い事も何度かあった。
けれど、辛く、苦しい時はいつも、純ちゃんの頑張る姿を想いながら、切り抜けられる自分が不思議なくらいにどんな事も耐えられた、その成果が出て来たのか、食事も少しは多く食べられるし、体調が悪くて寝込む事も少なくなって来ていたと自分では思っていた。
純ちゃんは帰国してからも、電話で話す以外には会えずに、テレビの芸能ニュースなどで、インタビューを受けている姿を観られるだけだった。
けれど、やはり、純ちゃんの素敵さと共に、健康的で男性としての魅力と共に男としての本能を垣間見る瞬間が、何度もあって、私の心が複雑に絡み合う、これが嫉妬する気持ちなのだろうか、美しい女性インタビュアーとの会話は、私といる時の表情とは少し違っている純ちゃんの姿にどうしても感じてしまう自分の惨めさとジェラシーを感じる自分の狭い心が悲しかった。
おそらく純ちゃん自身が気づいてはいない、男としての本能がそうさせる動きや感情のあらわれなのだろう・・・
純ちゃんの、ほんの一瞬だが、野獣のような目を輝かせて、私には見せた事のない輝く瞳を見た時、女としての性を嫌と言うほど感じてしまう・・・
純ちゃんの少年のような無防備な眼差しと大人の男の本能がよび覚ます感情から!私は純ちゃんの心の中をのぞいてしまった気がした。
純ちゃんは、自分自身も戸惑いを感じても立場上なれぬ日常に追われる、ともすれば自分を見失うほどの精神状態を必死で目の前にある仕事をこなしていた。
時には疲労感から、私の知っていた優しい彼の姿ではなくなったような厳しい顔になる、忙しくスケジュールに追われた生活だった。
そんな状況の中でも私に逢う時間をなんとか作ってくれて、我が家に来てくれて、両親に帰国の挨拶をしてくれた。
いちだんと素敵さ、かっこ良さ、洗練された人間として、やはり、純ちゃんを眼の前で見て、言葉が出ないほど心が弾んで、感情が昂ぶる想いで嬉しかったけれど、一年ぶりに逢えたふたりにとってあまりにも切ないほどの短い時間だった。
ほんの一年前まで国内で、さほど有名でなかった目立たない映画俳優が、ハリウッド映画に出演して、しかも、準主役級であることが、芸能界やマスコミがほおって置かなかった、某、国営放送までが純ちゃんを取材して、ミニ特集を組むほどの扱いだったから、そう言った点からも、私の存在は隠された立場になるしかなかった。
まだ、純ちゃんが出演した、ハリウッド映画「遠い祖国」は日本での公開も決まってはいない現実とのギャップが、純ちゃんの忙しさと、精神的な苦痛だけが、攻めているように、純ちゃんの姿を見ていなくても辛さが分かって重くなる心が苦しかった。
逢えないけれど純ちゃんとの電話だけを頼りに、ひと月が過ぎた頃、やっと、純ちゃんから、デートのお誘いの連絡があって、アメリカへ出発する前の日に二人で泊まったホテルへタクシーで駆けつけたが、まだ、純ちゃんは、来ていなかった、私は、ひとりで、待ち合わせ場所である、このホテルのティルームで、待っていても、純ちゃんは、中々、来てくれなかった。
どの位の時間が過ぎただろうか、ひとりで不安な気持ちと、逢える喜びの感情が複雑に絡み合って来る!
芸能界で、知られる存在になった純ちゃんのキラキラ輝く姿はやはり何処かで、私の知らない人間に成ってしまったような思いが私の心の片隅でもやもやと曇らせて行く・・・
どう頑張っても、純ちゃんのような健康で元気な心や体にはなれなかった悔しさと惨めさもまた、不安感を大きくして行った。
突然、穏やかな音楽が流れる店内に私を呼ぶアナンウスが流れて、私は、急ぎ、ホテルのフロントに行った、私宛の純ちゃんからのメッセージが届いていた。
「急に仕事が入ってしまい、時間が少し掛かりそうなので・・・」
「予約してある、この前の部屋で、待っていて・・・」
「すこし、部屋で休んでいて欲しいと書かれていた!」
私は確かに、精神的に疲れていた!純ちゃんからの突然の呼び出しで慌てて家を出て来た事や待っている時間の中で、いろんな思いに至って、緊張感からの疲れや不安感が、私をすこし体調を悪くしていた。
純ちゃんの何気ないこうした気使いが、なお辛く心穏やかではいられない惨めさをつのらせて悲しい気持ちになる!
いつか見たあの、美人インタビュアーへ向けられた純ちゃんの無防備で本能的な男を魅せつける姿や感情の純ちゃんが恨めしいと思うし、あの女性に嫉妬している自分が嫌でたまらない思いにしていった。
いつしか、私はベットに横になり眠ってしまったのだろうか?
何処か暗闇の中をひとりで歩いていて、遠くで、純ちゃんの声が微かに聴こえる!
体が冷えて寒い、全身が硬直しているように動かないもどかしさで、私は純ちゃんを必死で追い求めても届かない・・・
私を呼んでいるような声がしても私には純ちゃんの姿が見えない、一生懸命に眼をあけようとしても、まぶたが重くて眼が開かないし、身動きが出来ない!
悲しさで胸が苦しくて、痛い!
やっとの思いで声を出して純ちゃんを呼んだその時に、あれほど体が冷たく、重く、身動きの出来なかったからだが少し暖かくなったように私の唇がほのかなぬくもりを感じて私は静かに眼を開けたと同時に、純ちゃんの香しきにおいに包まれて、私と彼!純ちゃんの唇が重なりあった・・・
そして、ふたりの、ながく、甘いキスがつづいた。
純ちゃんは優しく私を抱き上げて、ソファーまで運んでくれて、座らせてくれた。そしておでこに、キスをしてくれて、私は、立ち上がろうとしても、すぐに、抱きしめられて、動けない!
耳元で、優しく囁く!
「ゴメンね、長く待たせてしまって!」
「辛かっただろうね!」
「僕も、本当は仕事に中々集中できなくて、困ったよ!」
「ああ~やっと、逢えたね!」
『もう一度、抱きしめさせて!!!』
そう言って、しばらく、私を抱きしめたままで離そうとしなかった。
私はすこし苦しかった!、純ちゃんの力強さと、自分の心の中で喜びと混乱する感情が、揺れ動いて乱れた!
「今日、すべてをゆだねよう!」
そう思った時、純ちゃんは、私をソファーに座らせた隣に座って私の両手を取りながら、何から話せばいいんだろうね・・・あまりにも多くの事があったし、長かったアメリカでの撮影で貴重な多くの体験をして、忙しすぎて、今、私は自分が誰なのか分からないような気持ちがするよ!
正直に言えば、とても、混乱している精神状態なんだよ!、誰を信じてよいのか分からない時があるんだ、そんな時、とても「カコ」に逢いたくて、そばにいてほしいけれど、現実は、僕の方がカコに逢えずにいるんだよね!
「カコ、本当にゴメンね!」
「いちばん大切なカコを遠ざける事になってしまい!」
「許せないだろう・・・」
「ぜんぶ、僕が悪いんだよ!」
「カコを悲しい思いにさせた事!」
「許して、せめて、今だけは!」
「今、僕は、どうかしてるんだね!」
「誰かに操られている人形のようだよ!」
「本来の自分を取り戻すためにも!」
「今度の企画を引き受ける事にしたんだ!」
そう言いながら、私の肩を抱き寄せて、話し始めた!
又、直ぐに、アラスカに行く事になってね、今度のアラスカの取材は二ヶ月以上になると思う!
今度は、高津さんや伊達さんの事!アラスカの大自然の映像をもっと大胆に取材してとその世界に住んでいる人たちについて、この前のアラスカの取材企画を、特別番組として、深く掘り下げた「大自然の中で生きる人間がテーマ」で、もっと大きく広く取り上げる事が本格的に決まって、僕はその番組のキャスター兼プロデューサーを任された、とても大きな企画、特別番組なんだ!
やはり、純ちゃんは仕事が好きなんだ!
私が知る純ちゃんとはちがう、人間性が大きく成長したのだろうか、何処かで、今までの俳優としての価値観だけでは満足出来ない、感動と探究心がそうさせているのだろうか・・・
アメリカでの体験とその後の立場が純ちゃんの別の感性を目覚めさせて、あれほど、俳優としての生き方にこだわっていたけれど、何かが純ちゃんの中で変わったのだと思った。
私は純ちゃんのひと回り大きくなった、男の輝きに抱かれながら、私との距離を感じずにはいられない、寂しさと悲しみが・・・
★ ★ ★
今、純ちゃんは、新たに飛躍して飛び立とうとしている!
たぶん、自分の中の秘められた可能性を確かめてみたいのだろう、男として、健康な体でエネルギーに満ちている今、一生の内で一番能力を発揮できる時期だろうと考えた時、体の弱い私がそばに付いていては、純ちゃんが気の毒なだけだと強く感じた。
『今日、私のすべてをゆだねて!』
『大切な思い出をつくり、私の大切な宝物に出来る日にしよう・・・』
『この日が始まりで、終りであっても!』
私は、密かに思った。
「純ちゃん、今日は?」
そう決心はしたけれど、私が言葉に出来るのは、そこまでだった。
その時すでに、純ちゃんはもう、仕事の方に気持ちを切り替えていたのか・・・
「今夜も、人と会う約束があって、長くいられないだよ!」
「カコには、どうお詫びしたらいいんだろう・・・」
「こんど、アラスカから帰ったら、結婚式をあげよう!」
「僕は、仕事関係の人には知らせないから!」
「君のご両親と友人の前で!」
「君への愛を誓うよ!」
「式場を決めておいてね!」
「僕は、カコとカコのご家族だけに誓えればいいんだ!」
純ちゃんはあえて、自分の家族の事を言わないようで、私はすこし気になったが、あらためて、ご家族の事を聞いてはいけない気がして、黙ってしまった。
早めの夕食をホテルの部屋でふたりでして、純ちゃんは忙しく、タクシーで家まで私を送って来てくれたが、時間が無くて、両親とは、玄関で挨拶を交わしただけで、慌てて、帰ってしまった。
忙しすぎる純ちゃんの体が心配で気になって、不安でたまらない!だから、わざと純ちゃんには、私は今とても元気になったから大丈夫!、私から何処へでもたずねて行けるから・・・
「もちろん、東京の何処へでも行けるのよ!」
「なんだったら、ふたりで旅行だって出来るんだから・・・」
「アラスカへだって、私、ついて行けるくらい元気よ!」
そう言って、淳ちゃんを安心させてあげたかった、その言葉を聞いて、純ちゃんは、本当だね、全部の日程は無理でも、アンカレジに一緒に行けたら最高だね・・・
私のから元気な嘘を気づいているようでもあったけれど、純ちゃんの素直に喜ぶ声が弾んでいたことで、私は嘘をついてしまった事が、なんだか申し訳なさと、後ろめたい思いがした。
けれど、「現実の私は難しい状態だった!」
私には、両親にさえ知らせていない、秘密があった!
胸の痛みが気になって、定期健診の時に胸部検査をした、その結果は、私から、すべての望みを奪ってしまう、現実があった。
現実には、私は、結婚を夢見れるほどの時間も心の余裕さえなかった。
あれほど、この私を、大切にして、愛してくれる純ちゃんにそんな残酷な私の現実を話せない!
私はどうすればいいのだろうか、不安だけが大きく広がる絶望だけが、私の目の前にあった。
けれど、私は常にこの事を覚悟していたような、不思議なほど気持ちは落ち着いて、自分がこれからどうすれば良いのか心で探り当てようとしている。
特に、純ちゃんの前にいる時は、元気で本当に健康な体なのだと思えて、純ちゃんが私に望む事すべてが叶うようにさえ思えて体がとても軽く気分も良くて幸せでいられると感じられた。
これから、純ちゃんが旅立つ、アラスカがどれほどの遠い距離で、私には見知らぬ地であっても、私の眼には見えているような錯覚さえして、ほんの一瞬、純ちゃんとふたりで深い森の中を歩き、白夜の光がふりそそいだ気がした・・・
純ちゃんは、本当に申し訳ないほど良く私に気づかってくれた、やる事の多い忙しい身で、アラスカ取材へ出発までの日々、今の自分の立場やの仕事を考えると私の事など思う時間さえないはずなのに、わずかの時間をつくっては電話をして来てくれた。
俳優として引き受けた映画の出演をこなし、時にはハリウッドでの体験を雑誌への文章記事を書きと!本当は寝る時間も無いほどの忙しさだった。
そんな中で、純ちゃんから「カコ、時間が出来た!今から逢えないか?」と連絡を受けると、それがわずかな時間であっても私は急ぎ出かけて行き、純ちゃんとふたりでの時間を大切に過ごせることが嬉しかった。
たとえ、それが、お茶を飲むだけの時間であっても、今のふたりにはとても大切な時間であって、幸せなひと時だから・・・そして、純ちゃんは、アラスカへ旅立って行った。
今度のアラスカの旅は多人数の取材チームであって、取材に使える予算もかなり高額で満足出来る額を用意された、それだけでも、今の純ちゃんの立場が変わったことを示していた。
純ちゃんは心の中で、私を気にしながらも、今はこのアラスカの取材企画に気持ちを集中させての出発だった。
その事が、ふたりの運命の大きな分岐点だとはお互いがまだ知らずに、又、再会を喜び、純ちゃんに逢えると私は信じたかった。
ふたりの運命は神だけが知る、特権を持つものなのだろうか!
その時の私は底知れぬ不安におびえながらも、わずかな期待と、望みを持ち、純ちゃんに出来るだけ明るい笑顔で接し成田空港から見送った。
ただ、私だけが、残酷な運命にさらされているのかも知れないと思いながら・・・
純ちゃんは、アラスカについて直ぐに、敬愛する高津さんに、そして伊達さんに会い、取材計画を話して、今度こそ、アラスカ最北の地!
「シシュマレフ」へ行く事を願い出た。
高津さんは、細かな予定は組まずに、自然の成り行きを見届けた行動をする事を進めてくれ、まずは、高津さんの写真撮影のカメラクルー達と、同行する事になって、今は6月のはじめなので、アラスカ南部のグレイシャーベイ国立公園の巨大氷河や海の動物の写真を撮影する高津さんの姿の取材から始まった。
純ちゃんはアラスカのすべてを撮影したいと思い込むほどの熱の入った、意気込みで、この取材企画は始まった、何しろ広い、広い、アラスカの大自然の事、セスナ機がタクシー代わりに、目的地に運んでくれる!純輔は、一瞬、一瞬が、新鮮で、感動的な体験の連続だった!!!
あの有名な、ラッコにも出会い!
ザトウクジラが潮を吹き、巨大な体で海面高く飛ぶ姿は、純輔の体のすべての血が逆流するほどの感激だ!とにかく、取材チームはみな、我を忘れての興奮した感情を抑えられない!、連日の
高津さんの大自然をカメラで切り取る映像美を追う取材に明け暮れて、興奮状態がつづいた。
そして、好天の日だと高津さんの見定めた時、巨大な、マッキンリー登山のベースキャンプに、登山隊を尋ねて行き、次々と、マッキンリーの山頂を目指して歩き出す姿を追いながら・・・
ふと、複雑な感情になって、思い出していた、面識こそ無かったけれど、純輔の少年の日に読んだ、冒険記を!、この場所から、あの植村直巳さん、山田昇さんが真冬のある日、この場所から、一歩踏み出して、そして帰っては来なかった事を思い出した。
次次と姿を現す、このあまりにも美しく壮大な風景!信じがたいほどの緊張感みなぎる風景!山や切り立った岩峰、そして白銀の世界を眼の前にして、言葉に出来ない感動の連続で鳥肌が何度も立つほど興奮した感情だった!!!
人はなぜ、山へ向かうのかを少しだけ理解できた気がした。
この宇宙感を感じとり魅かれ苦痛と幸せ感のせめぎあいに打ち勝つ・・・
次回につづく