小説家、精神科医、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、精神科医、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

イエス・キリスト物語、第3話 (小説)

2020-07-25 22:03:21 | 小説
「イエス・キリスト物語、第3話」

という小説を書きました。

ホームページ 浅野浩二のHPの目次その2

http://www5f.biglobe.ne.jp/~asanokouji/mokuji2.html

に、アップしましたので、よろしかったらご覧ください。

(原稿用紙換算36枚)


イエス・キリスト物語、第3話

キリストは、ナザレから、エルサレムに向かいました。
12弟子を連れて。
ある所で、キリストは、一人の、男、に、出会いました。
「こんにちはー。私は、ザアカイという、しがない大工です」
と、男、は、笑顔で、キリストに挨拶しました。
そして、男は、キリストに、言いました。
「あなたは、キリスト、という、偉い人でしょ。これから、エルサレムに行くんでしょ。噂は聞いていますよ」
と、ザアカイ、は、愛想よく言いました。
イエスは、ザアカイ、に、近づきました。
そして、こう言いました。
「あなたは、罪深い人です。悔い改めなさい。裁きの日は近いのです」
ザアカイ、は、キリストに、そう言われて、首を傾げました。
「あのー。あなたは、私が、罪深い人間だ、と、言いますが・・・・、私が、何か、悪いことをしたのでしょうか?」
ザアカイ、は、キリストに、聞き返しました。
「いや。あなたは、絶対、罪を犯しているはずです。世の中の、人間は、すべて罪深いのですから」
キリストは言いました。
「いや。そう言われても、私は、悪い事、をした、覚えは、ありません」
ザアカイ、は、キッパリと、言いました。
「いや。そんなことは、ないはずです。すべての人間は、罪深いはずです。あなたも、絶対に、罪を犯しているはずです。私は、罪深い、世の全ての人間の罪を、私が、十字架にかけられることに、よって、引き受けて、罪深い、すべての人間、を救う宿命にあるのです。あなたも、自分の胸に手を当てて、自分の、犯してきた罪を思い出してみなさい」
キリストは言いました。
「はい。わかりました」
ザアカイ、は、素直に、目をつぶり、自分の胸に手を当てて、うーん、うーん、と唸りながら、自分の、過去してきたことを、必死に、思い出そうと、努力しました。
「うーん。うーん。オレが、今まで、生きてきて、何か、悪いことを、したことがあるだろうかなー?オレは、人を殺したことなんて、ないし、物を盗んだことも、ないし、人をいじめたことも、ないし、浮気をしたこともないし・・・・」
ザアカイ、は、そう、つぶやきながら、必死に、自分が、過去に、犯した、罪は、ないかと、思い出そうと、努力しました。
1時間、ほど、経ちました。
ザアカイ、は、ヘトヘトに疲れてしまいました。
なぜなら、ザアカイは、どうしても、悪い事をした記憶、を、思いつけなかったからです。
なので、ザアカイは、キリストに、向かって、言いました。
「キリスト様。私は、今まで、生きてきて、悪い事、を、したことが、どうしても、思いつきません。申し訳ありません。良い行い、なら、いくらでも、思い出せるのですが・・・」
そう言って、ザアカイ、は、キリストに向かって、スラスラと、話し出しました。
「私は、乞食を見つけると、必ず、食事を与えてあげてきましたし。困っている人を見ると、その人の悩み、を、聞いてきましたし。自然災害で、家が壊れて、困っている人を見ると、私の家に泊めてあげて食事をあげてきましたし、そして、その人の家の、建て直しに、協力してきましたし。その他にも、良い事なら、いくらでも、思い出せるのですが・・・。どうしても、悪い事が思いあたりません。・・・・申し訳ありません」
ザアカイ、は、深々と、頭を下げて、キリストに謝りました。
キリストは、困った顔をしだしました。
キリストの弟子たちも、タラリと、冷や汗を流しました。
イエスの、弟子たちは、困り出しました。
「先生。ちょっと、失礼します」
弟子たちは、困惑した表情で、キリストと、少し離れて、集まりました。
「おい。どうする?」
「困ったなー」
弟子たちは、ヒソヒソと、キリストに、聞こえないように、相談しだしました。
それは、無理もありません。
なぜなら、キリストが、全人類、の罪を、許す、救世主と、なるためには、人間は、みな、罪深くなくては、ならないからです。
その時です。
一人の、骨と皮だけの、やせ細った浮浪者が、「ザアカイ様ー」、と、叫びながら、フラフラと、たどたどしい足つきで、こちらに、やって来ました。
そして、その場に、グッタリと、倒れ伏してしまいました。
「あの者は誰ですか?」
マタイが、ザアカイ、に聞きました。
「あの人は、元徴税人です。しかし、あまりにも多額の、税金を搾取していて、その上、その一部を、ネコババしていたのです。それが、バレてしまい、裁判にかけられて、家も、全財産も、居住権も、すべて、失ってしまって、ホームレスの、浮浪者になってしまったのです」
と、ザアカイは言いました。
「どうして、あの浮浪者は、あなたの名前を呼んだのですか?」
マタイが聞きました。
「それは・・・あの人は、時々、私の所に来るからです」
と、ザアカイは、言いました。
「しめた」
と、弟子たちは、喜びました。
「なにが、しめた、なのですか?あの、浮浪者は、時々、私の所に来るのです。それで、私が、毎回、食事をあげているのです」
ザアカイ、は、マタイに、向かって、言いました。
瞬時に、弟子たちの顔が青ざめました。
「ええっ。そんな事をしていたんですか。それは、ちょっと、困ったな」
マタイは顔をしかめました。
「どうして困るんですか?」
そう聞いても、弟子たちは、答えられません。
ザアカイ、は、浮浪者の方に、歩き出しました。
「あ、あの。どこへ行くんですか?」
マタイが聞きました。
「決まっています。いつものように、あの、浮浪者に、食べ物をあげるのです」
ザアカイ、が言いました。
「ええっ」
マタイの顔は、みるみるうちに渋面になりました。
他の弟子たちも、みな、渋面になりました。
「ザアカイさん。まことに申し訳ないが、それは、ちょっと、待って頂けないでしょうか?」
マタイが急いで制しました。
「なぜですか?」
ザアカイ、が聞き返しました。
「そ、それは・・・・」
マタイは、答えられませんでした。
弟子たちは、ザアカイ、から離れた所に集まって、ザアカイに聞こえないように、ヒソヒソと相談しだしました。
「どうしよう?」
「どうしたら、いいかな?」
「困ったことになったなー」
弟子たちは、ザアカイ、に聞こえないように、ヒソヒソと、相談していましたが、ついに、ある一つの結論に達しました。
そして、マタイが、ザアカイ、の前に、オズオズと、歩み寄りました。
そして、そっと、ザアカイ、の耳に、自分の口を、近づけました。
そして、こう、ザアカイ、に、伝えました。
「ザアカイさん。大変、すみませんが、あの浮浪者を、思い切り、殴り、蹴り、罵声を浴びせて、頂けないでしょうか?」
そう、マタイは、ザアカイ、に、言いました。
ザアカイ、は、びっくりして、目を丸くして、マタイを見つめました。
「どうして、そんな、むごい事をしなくては、ならないのですか?あなた方は、立派な人達なんでしょう?」
ザアカイ、は、マタイに、聞き返しました。
「それは・・・。その理由は、ちょっと・・・。言いにくいのですが・・・。そうして、くれないと、キリストは、全人類の罪を背負った、救世主になれなくなってしまうのです」
マタイは、そう言いました。
「そう言われたって、そんなことを、したら、あの浮浪者が、かわいそうじゃないですか?」
ザアカイ、は、マタイに、強い口調で言いました。
「そこを、何とか、お願いします。そうすれば、キリストは、世の全ての、人間を救えるのです」
マタイは、強行な口調で言いました。
「で、でも・・・・。そんな、かわいそうな事、どうしても、私の良心が許しません」
ザアカイ、は、キッパリと言いました。
「ザアカイさん。あなたは、とても心の優しい人だ。しかし、私は、浮浪者を、殺せ、なんて言っているのじゃありません。ただ、浮浪者を、殴り、蹴り、罵声を浴びせて欲しい、と言っているのです。その後は、私たちが、ちゃんと、浮浪者を介抱してやり、食事も、お金もあげてやります。ですから、どうか、心を鬼にして、それを、やってくれませんか?」
マタイは、言いました。
ザアカイ、は、「うーん」、と、うなって、目をつぶって、思案げな表情をして、少し、考え込んでいましたが、パッと目を開きました。
「そうですか。そういうことなら、お引き受けしましょう。それで、全人類が救われるのなら、私も、その方が、良い事だと、思います」
ザアカイ、は言いました。
「ありがとうございます」
マタイは、嬉しさのあまり、ザアカイの手を、ギュッと握りしめました。
「あ、あの。ザアカイ、さん」
「はい。何ですか?」
「嫌な、役目を引き受けてくれた、お礼です。どうぞ、受け取って、下さい」
そう言って、マタイは、100デナリ、を、取り出して、ザアカイ、に差し出しました。
すると、ザアカイ、は、手を振って、それを拒否しました。
「いやあ。そんな、お金なんて、いりませんよ。それより、そのお金は、浮浪者にあげて下さい」
と、ザアカイ、は言いました。
そして、ザアカイ、は、浮浪者の方を向き、歩き出そうとしました。
その時です。
「あ、あの・・・」
と、マタイが、また、制しました。
「はい。何でしょうか?」
ザアカイ、が、足を止めて、振り返って、聞きました。
「あ、あの。大変、申し訳ありませんが・・・・どうか、手加減しないで、本気で、浮浪者を、虐めて下さいませんか?」
マタイが、申し訳なさそうに言いました。
「ええ。わかりました」
「ザアカイさん。それと、もう一つ、お願いがあるのですが・・・」
と、マタイは、言いにくそうに、言いました。
「それと、何ですか?」
「それは、ちょっと、我々の口からは、言いにくいのですが・・・」
「ははは。わかりますよ。あなたが、僕に、して欲しい、お願い、というのは」
「どうして、言わないうちから、わかるのですか?」
「そりゃー。わかりますよ。言われなくたって」
「どうしてですか?」
マタイは、詰め寄りました。
「僕は、子供の時、知能テストを受けましたが、IQは、1000、を、はるかに越していました。自分で、言うのは、大変、僭越ですが、僕は、頭が非常に、良いので、ほとんどのことは、言われなくても、直観力で理解することが、出来ちゃうんです」
「そうですか。それでは。申し訳ありません。何卒よろしくお願い申し上げます」
ザアカイ、は、スタスタと、浮浪者の所に行きました。
浮浪者は、ザアカイ、が、来ると、やつれた顔を、ザアカイ、に向けました。
「ああ。御主人様。私は、10日、何も食べていないのです。血圧も、50/20mmHgと、下がってきました。このままでは、死んでしまいます。どうか、私を、あわれんで、何でもいいですので、食べ物を頂けないでしょうか?何でも構いません。残飯でも構いません。どうか、情けない、私をあわれんで下さい」
そう言って、浮浪者は、手を、伸ばして、ザアカイの服をつかみました。
「ダメだ。お前は、悪い事をしたから、乞食になったんだ。自業自得だ」
そう言って、ザアカイ、は、浮浪者の顔を蹴とばしました。
「この極悪人め。お前が、今まで、行ってきた悪事の罰を受けろ」
そう言って、ザアカイ、は、浮浪者を、何度も、思い切り、こん棒で殴り、そして、蹴りました。
「申し訳ありません。申し訳ありません。御主人様」
浮浪者は、涙をポロポロ流して、泣きながら、何度も、そう言って、ザアカイ、に、あわれみ、を乞いました。
その時です。
キリストが、おもむろに、浮浪者、を虐めている、ザアカイの所に、やって来ました。
キリストは、ザアカイ、に、柔和な眼差しを向けました。
「あなたは、どうして、この者を虐めるのですか?」
キリストは、やさしい口調で、ザアカイ、に聞きました。
「こいつは、元徴税人です。ローマ帝国の手先であり、我々、イスラエル人を裏切った極悪人です。しかも、莫大な額の、税金を搾取して、しかも、その一部を、ネコババしていたのです。それが、バレて、裁判にかけられて、家も、全財産も、居住権も、すべて、失ってしまって、ホームレスの、浮浪者になってしまったのです。こいつは、罪深いヤツです。ですから、罰しているのです」
と、ザアカイは、言いました。
「そうですか」
と、キリストは、おもむろに言いました。
キリストは、浮浪者の前に、屈みこみました。
そして、慈愛に満ちた目で浮浪者を見つめました。
「私は、今、あなたに、真実を言います。あなたの罪は、今、許されました」
と、キリストは言いました。
「うわーん」
浮浪者は、激しく、泣き出しました。
「あ、あなた様は、一体、誰ですか?」
浮浪者は、恐る恐る、顔をあげて、キリストを見て、聞きました。
「私は、イエス・キリスト、という者です」
と、キリストは、柔和な表情で答えました。
「ああ。うわさ、は、聞いております。天上の神、ヤハウェ、が、この世に、つかわした、尊い神の御子なのですね」
と、浮浪者は、言いました。
「ええ。その通りです」
と、キリストは、言いました。
「主よ。私は、10日、何も食べていないのです。血圧も、50/20mmHg、と、下がってきました。このままでは、私は、死んでしまいます。しかし、それは、私の犯してきた、罪のせいであって、自業自得と心得ています。しかし、私は、死がこわいのです。何でも、いいですから、どうか、何か、食べ物を、頂けないでしょうか?主よ。偉大なる神、ヤハウェの御子よ。どうか、どうか、罪深い私を憐れんで下さい」
と、浮浪者は、泣きながら、訴えました。
「そうですか。わかりました」
と、キリストは、慈愛に満ちた目で、浮浪者を見ました。
そして、後ろを振り返り、後ろに、ひかえている、弟子たちの方を見ました。
「弟子たちよ。今、お前たちが、持っている、食べ物を、全部、持ってきなさい」
と、キリストは、命じました。
キリストの弟子たちは皆、
「はい」
と言って、キリストの所に、駆け寄ってきました。
「さあ。持っている、すべての、食べ物を、ここに、差し出しなさい」
と、キリストは言いました。
「はい」
弟子たちは、持っている、ありったけの、食べ物、を、すべて、浮浪者の前に、差し出しました。
大量の、パン、と、魚、と、ぶどう酒、が、浮浪者の前に、並べられました。
「さあ。思う存分、食べなさい」
と、キリストは、浮浪者に言いました。
「ああ。主よ。お慈悲をありがとうございます。これで、私は生き延びられます」
浮浪者は、泣きながら、パン、と、魚、をガツガツ食べ、ぶどう酒、を、ゴクゴク飲み出しました。
それを、見ていた、ザアカイは、「ははは」、と、あざ笑いました。
「ははは。バカな事をするヤツだ。こんな罪人に、食べ物を与えるなんて」
ザアカイは、キリストを、罵りました。
キリストは、ザアカイを、悲しみの目で見ました。
「あなたに、言っておきたいことがあります」
キリストは、厳かな口調で、言いました。
「はい。何でしょうか?」
「人を裁いては、いけません」
「どうしてですか?」
「あなたが、裁かれないようにするためです」
キリストが答えました。
「よく、意味が、わかりません。私は悪い事はしていないのですよ。何で、私が、裁かれなければ、ならないのですか?」
ザアカイが聞きました。
「あなたに言っておきます。私は、自分を、(義)、とする者のために、この世にきたのでは、ありません。私は、自分の罪深さに、苦しんでいる者を救うために、この世にきたのです」
と、イエスは、言いました。
さらに、キリストは、続けて言いました。
「もう一つ、あなたに言っておきます。あなたは、兄弟の目の中にある、おが屑、は見えるのに、なぜ自分の目の中にある丸太には気がつかないのですか?」
「なに、わけのわからない事、言ってんだよ。オレの目の中に、丸太なんて、入ってないよ」
と、ザアカイは言って、ペッ、と、キリストの顔に、唾を吐きかけました。
イエスは、天を仰ぎました。
「父よ。どうか、この愚かな者に慈悲を、お与え下さい。彼は自分が何をしているのか、わからないのです」
と、つぶやきました。
「オレが愚か者だと。失敬な。だいたい、お前は、生意気なんだよ」
そう言って、ザアカイは、キリストの右の頬を、ピシャリと、平手打ちしました。
すると、キリストは、黙って、左の頬を差し出しました。
なので、ザアカイ、は、キリストの左の頬も、ピシャリと、平手打ちしました。
「オレは、あんたが、不愉快だ。だから、去るぜ。あばよ」
ザアカイは、そう言い捨てて、その場を去って行きました。
・・・・・・・・
キリストは、あたたかい慈悲の目で、浮浪者を見ました。
そして、
「あなたの罪は許されたのです」
と言いました。
浮浪者は、
「ああ。主よ。お許しくださり、ありがとうございます」
と、泣きながら、言いました。
・・・・・・・
その時です。
弟子の一人、マタイが、キリストに気づかれないよう、抜き足差し足で、その場を離れました。
そして、急いで、去って行く、ザアカイを追いかけました。
そして、ザアカイに追いつくと、
「いやあ。どうも、ありがとうございました」
と小声で言って、大きな岩の陰に、ザアカイを、誘いました。
そして、そこに、しゃがみ込みました。
「ザアカイさん。どうも、ありがとうございました。迫真の演技をしてくださいまして。心より、お礼を、申し上げます」
と、マタイは、深々と、頭を下げました。
「いえ。いいですよ。一回、悪人の役を演じただけですから。それより、私の方こそ、あなた達に、お礼を言いたい。あんなに、大量の、パン、と、魚、と、ぶどう酒、を、食べることが、出来て、あの、浮浪者は、物凄く、喜んでいます。僕も嬉しいです。僕では、あんなに、たくさんの、食べ物は、持ってないので、あげることが出来ませんから」
と、ザアカイは、言いました。
「ありがとうございます。そして、申し訳ありませんでした」
と、マタイは、また、深々と、お礼、と、おわび、を言いました。
「いえ。別に、全然、気にしていませんよ」
と、ザアカイは、飄々と言いました。
「それと・・・私が、言えなかった、お願いを、実行してくださって、心より感謝、申し上げます。ありがとうございました」
「いえ。いいですよ。あなたの、言えなかった、お願いとは、キリストを、罵り、バカにする、ということでしょう。それくらいのこと、わかりますよ」
「そ、その通りです。でも、どうして、それが、わかったのですか?」
「それは、わかりますよ。だって、人間が、キリストを、迫害しなければ、キリストは、偉大な人に、なれませんからね」
「ありがとうございます。あなたは、本当に、聡明な人だ。どうですか。あなたも、キリストの弟子になりませんか?」
マタイが聞きました。
「宗教勧誘ですか。それは、お断りします」
ザアカイは、言下に断りました。
「どうしてですか?その理由を教えて下さい」
マタイが聞きました。
「わかりませんか?」
ザアカイが聞き返しました。
「え、ええ。わかりません」
マタイは、困惑した顔つきで、首を傾げました。
「では、教えてあげましょう。弟子は、師より、聡明であっては、ならないのです。キリスト様も、(弟子は師を超えるものではない)、と、言っていますからね。僕も、その通りだと、思いますよ」
「そうなのですか。私は、先生の説く、(弟子は師を超えるものではない)、という、教えは、どうしても、理解出来ないのです」
「そうですか。でも、それで、いいのでは、ないでしょうか。先生の教えが、わからない、というのは、まさに、(弟子は師を超えるものではない)、じゃないですか」
「ああ。なるほど。そうですね。言われてみれば、確かに、その通りですね」
マタイは、わからなかった疑問が解けて、納得したという表情で頷きました。
「ところで、ザアカイ様。大変、厚かましくて、申し訳ないのですが・・・・もう一つ、お願いがあるのですが・・・」
と、マタイは、言いにくそうに、口ごもりました。
「はい。何でしょうか?」
ザアカイは、飄々とした口調で聞きました。
「このことは、どうか、内密にして、頂けないでしょうか?」
マタイは、ペコペコと頭を下げながら、頼みました。
「ええ。構いませんよ。私は、口が堅いですから・・・」
と、ザアカイが、言いました。
「どうもありがとうございます」
マタイは、深々と、お礼の頭を下げました。
「さあ。早く、仲間たちの所にもどりなさい」
ザアカイが言いました。
「はい」
マタイは、踵を返し、弟子たちのいる方に、走り出しました。
マタイは、キリストと、弟子たちの、所に戻ってきました。
キリストの顔には、「これで、私は、罪深い人類の、救世主になれる」という満足が、満ちあふれていました。
それを、弟子たちは、まざまざと、感じとりました。
弟子たちは、ほっとしました。
そして、キリストは、エルサレムに入り、罪人として、十字架にかけられ、全人類の罪を背負って、死にました。
幸い、ザアカイは、約束どおり、キリストとの出会い、を、誰にも話しませんでした。
・・・・・・・
その後、キリスト教は、博愛の、宗教として、全世界に広まりました。
しかし、その成功の陰には、ザアカイの、機転の利いた、配慮が、あったからなのです。
このことは、聖書には書かれていません。
しかし、聡明なザアカイの、対応が、あったからこそ、キリスト教は、博愛の、宗教として、全世界に広まることが、出来たのです。
その後、ザアカイも、歳をとり、そして、40歳の時、その時、世界中で流行っていた、疫病である、新型コロナウイルス、COVID―19、にかかって、死にました。
キリストの、弟子たちは、ザアカイが死んだ時、キリスト教、を、成り立たせてくれた、陰の偉大なる人、として、国葬にも、近い、手厚い、葬儀を、とり行いました。
めでたし。めでたし。


令和2年7月25日(土)擱筆




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