文系学者の中には信じられないバカがいる。学問とは、色(自分の好み、感情)が入ってはいけないのである。文系学問の場合、言葉の理論だから、論理といってるものが詭弁におちいる可能性を持っている。理数系の場合、言葉ではなく数式だから詭弁で誤魔化す事は出来ない。ある時、戦争責任はワンスパン(30年)で、チャラと言った文系学者がいた。白痴である。私は自分の思想がちょっとでも感情によって影響されたら私の思考はおしまいだと思っている。
では日本は、国家として、どこまで日本の昔の他国への侵略に対して責任があるか、といったら、私は明確な意見を持っている。それは明治維新から後の日本の行為に対してである。これは明確な線引きである。ちゃんと理論もある。つまり日本は明治維新前の他国への侵略行為に対しては責任をとる必要などない。しかし明治維新以降の日本の侵略行為に対しては、それが解決するまで責任を持たなくてはならない。
では日本は、国家として、どこまで日本の昔の他国への侵略に対して責任があるか、といったら、私は明確な意見を持っている。それは明治維新から後の日本の行為に対してである。これは明確な線引きである。ちゃんと理論もある。つまり日本は明治維新前の他国への侵略行為に対しては責任をとる必要などない。しかし明治維新以降の日本の侵略行為に対しては、それが解決するまで責任を持たなくてはならない。