ハブ ア ナイス doi!

いつまで続くのかコロナとの戦い。
全て解放されて、もっと、もっと
心から楽しまないとねえ。

晴れて防火管理者

2012年05月25日 22時45分32秒 | weblog

二日間、エコノミー症候群に
なるんではないかというほど
椅子に座りっぱなしで
講義を聴く講習会を無事終えた。

これでdoironも晴れて
「防火管理者」である。



消しまっせ~
報せまっせ~
逃げまっせ~

この三原則が基本なのね

しかしねえ
この講習を受けに来てる人は
防火管理者となるわけでしょ。
で、万が一火事を出した時には
責任を問われるわけだ。
みなさん、そんな決意と
覚悟で受講しに来てるんだよね。

それなのに講習ときたら
講師となっている消防職員が
自己紹介したりはまだいい
家族構成を話したり
趣味の話をしたりで、
みんなの覚悟と決意と裏腹に
自分らは何をほのぼのやっとんねん
って感じだったのは
大きな不満点だったなあ。

ま、何はともあれ
資格を取得できたのは
めでたしめでたしなのである。

そして実は、今日この講習に行くときに
特筆すべき二つの出来事があったので
それを記しておこう。

ひとつはコンビニでの出来事である。

少し早く家を出たので
講習会場に入る前に
喫茶店でも行くかと
もくろんだ。

その時に、喫茶店で
コーヒーをすすりながら
読む新聞を買いに
コンビニに車を入れた時だ。
駐車場に車をとめて
店内を見て驚いた。

立ち読みをしている男性が
なんと、信州に行ってる
我が子にそっくりなのだ。

予告なしで帰ってきたのか?
と思いながら
よく見ると
顔はそっくりなのだが
髪がごわごわの天パーヘアではなく
さらさらヘアである。

じっと見ていたから
向こうも視線を感じたのだろう。
ふと顔を上げて視線が合ったのだが
向こうは何も反応しないことから
やはり別人である。

しかし、親が見間違えるくらいだから
そのそっくり度は推して知るべしでしょ。

ミセスdoironに
まだ家に比較的近いコンビニだったので
すぐに駆けつけるようにメールして
doironは講習会場のある
岸〇田方面の喫茶店に向かったのである。

しばらくしてから
飛んできたミセスdのメールも
ずいぶん驚いたような様子であった。

そのうち、近所で
「doironさんとこの息子が
大阪に帰ってきている」
なんていう噂が広がるかもなあ。
なにせ、近所に顔が広いもんでね、へへ。

そして今日あったもう一つの出来事というと
その近所に顔が広いことを
物語る出来事だ。
そのあとの喫茶店で
新聞を読みながら
コーヒーをすすっている時のこと。

doironから少し離れたところに
座っている若者3人の会話が
聞こえてきた。
ていうか、聞きたくなくても
聞こえてくるほどの
大きな声ではあった。

さすがに泉州。
話題はだんじりのことである。
彼らはきっと
年中だんじりの話をしているのだろう。
その時も
今年のだんじり見学の
計画を話し合っているようである。

このあたりの若者は
だんじりについての知識と
情報の豊富さを
競い合うような所があるんだよね。
「どこどこのだんじりが新調だとか」
「どこの町が今年はこんなこと計画している」
とか、そんなやり取りを
口から泡を飛ばし
鼻を膨らませて会話している。

聞いているうちに
話は我が泉O津のだんじりの話になった。
今年は70周年のパレードをするらしい。
とか、そこに上だんじりと下だんじりが
一堂に会するんだとか話をしている。

問題はその後だ。
今年の8町の年番長は
「〇〇さん(doironの名前)という人らしいで。
新調の時に曳行責任者したらしい。」という
話を始めたではないか。

思わずコーヒーを
吹き出しそうになりましたわ。

「え~、それはわしや、わしや」
と言うたらびっくりしたやろなあ。

それにしても、だんじり好きは
そんなことまで話題にするんやなあ。
うかうか寝ぼけた顔でコーヒーも
飲んでられまへんがな。


たまには心静かに

2012年04月22日 22時44分12秒 | weblog

退職したとはいえ
家庭、祭り、遊びで
色々と、バタバタしている
doironである。

加えて、やがて明らかになろうが
ぼちぼち、新しい春の本番となる
仕事にも行き始めている。

仕事のことは、もう少し
ほとぼりが冷めて
落ち着いてから
徐々に明らかにするつもりである。

いずれにいたしましても
ちっともじっとしておらず
人生を走り回っている今日この頃なのではある。

そんな中で、たまには
心静かに、創作なんかもしてみたい
ということで、
今年、旅行でタイミングを狂わされた
花見の出来事を
1片の紙に記録しておこうと考えた。

4月のとある一日
忙しく動き回るdoironが
ゆっくりと花見に行けたのは
ある雨の日であった。
傘をさして、海辺の公園に
桜を見に行った。

おりしも、雨の中で
桜は落花さかんで
そんな景色も風情があって
とてもよかった。

帰ってきてみると
畳んだ傘の折り目の中から
桜の花びらが数枚出てきた。

それを使って、何か作ってやろうと
思って始めたのが
絵手紙風の色紙作りだ。

そこそこ片づけ、書斎化しつつある
息子の部屋で、桜の花びらを
貼り付けた紙を前に
筆を手に持ち、いろいろと考えてみた。

結局、余計なことを考えずに
ありのままに書こうと
思ってからは早かった。

こんなのは、あれこれこねくり回さず
素直にあったことを、そのまま
一気に書かないと、ダイレクトに
表現できない。

心静かに、心のままに
一枚の作品を仕上げました。
今日のブログは
それを紹介して終わります。
では、明日も仕事なので


花粉も忘れるくらいの日々

2012年03月01日 23時12分08秒 | weblog

思いのほか花粉の症状が
今年は軽症だ。
いつもならこの時期になると
鼻水だらだら
涙しょぼしょぼ
なんだが、
今年はさほど症状は現れていない。

退職を控えてもうぼちぼち
ソフトランディングを目指して
機首を下に向け
スピードも落としていかねばならないのに
今週から会期が25日間の会議が始まって
まだまだ仕事のスロットル全開の日々が
続いているし、
友達との飲み会や
送別会もどんどん入ってきて
花粉にかまっている暇がないからなのだろうか。
とにかく忙しい。

忙しくて、ブログにきちんと
向き合えないのが残念であるが
ま、ここにきて
日々充実しているから
今はよしとしておこう。

いずれにしても明日は会議の答弁を
早朝から仕上げねばならない。
早く寝ようっと。


1800話

2012年02月28日 23時03分52秒 | weblog

ログインした人だけが見れる
管理画面の記事一覧の一番下に
これまでにアップしたブログの
本数が表示されている。
それによると
今日でめでたくこのブログも
1800話を迎えたことがわかる。
毎日書いても5年近くかかるわけだ。

最初のころは飛び飛びに書いていたので
実際は始めて8年近く経つ。

この間、doironの身の上に
ふりかかった出来事は
実に多彩であった。
これまでの、スポーツ三昧一色の日々から
それはそれは波乱に満ちた
日々の連続であったんではなかろうか。
と我ながら感嘆している。

そんな日々を記録するという意味でも
ブログをやってて良かったと思うが
もしかしたら始めた当時、
いろいろとこれから人生が
転変していくことの予感があったのかもしれない
と、何となく思う今日この頃だ。
ま、その辺はよくわからないくらい前の話だ。

もしかしたら、それまでも
いろいろと千変万化な
日々であったけれども
ブログをしてなかったから
気づかなかっただけかもね。

「もしこれをブログに書くとしたら・・・」

そう考えるだけで
ちょっと踏み込んで考えてみよう
とこうなるわけで、
それは学校で、子供に日記を書く習慣を
つけようなんて言って教育するのと
同じ効能なんやろね。

この歳になって
教育もくそもないが
まあ、ボケ防止やと思って
続けれるだけ続けようと思っている。


バレンタインの夜に

2012年02月14日 23時29分34秒 | weblog

例年2月14日の晩御飯は
山ほどもらうチョコレート。
チョコレートの天ぷらに
チョコレートのおすし
チョコレートのおひたし
そして仕上げにホットチョコレート

うう、まずそー

てなわけで、そんな料理であるはずがない。

今夜は、友達と飲み会であった。

料理は韓国料理



これは何かわかりますか?
わかる人はかなりの韓国通か
韓ドラかぶれでしょう。

「キンパ」と呼ばれてました。
え、歯医者によくあるやつ。

それは「金歯」です。

「ば」ではありません「ぱ」です。
「パソコンのパ」「パンツのパ」
「パッパラパーの・・・・」もういい?

おすしそっくりですが
涙型をしています。

飲み物はもちろんモッコリ
じゃなかった
マッコリね。

おいしかったなあ。
幹事にお礼を言いましょう。

「コマワヨ~」

さて、そんな飲み会を終えて
最寄の急行が止まる駅から
タクシーに乗って帰ったのだ。
さすがに雨上がり、
霧の漂うろまんてぃっくなバレンタインの夜だ~と
思いながら乗っていると
家が近づくに連れ、霧がどんどん濃くなってきた。
まるで濃霧の霧が峰ドライブウェイ、
いや、もう1メートル先も見えない
濃霧になり、タクシーも超徐行運転である。

濃霧にもほどがある

と思いながら窓を開けてみると

く、くさい

濃霧の正体は煙でした。
ヨチヨチ走るタクシーメーターが
気になりもするのだが
それどころではない、これは火事である。

じょじょに煙の発生源が気になり始める。

どこだ、どこだ、どこでーい

「ど組」のお通りでーい。

結局何とかたどり着いた家は
燃えておらず、
もう少し東の方から来ているようである。

夜間に冷えた地表が
逆転層を作り
ちょうど、doiron村に
ダウンドラフトしてきたのだろう。

明日、現場検証だな。

なんとも騒々しい
バレンタインの夜であった。


雪国からの便り

2012年02月10日 22時30分33秒 | weblog

今日、雪国の友達から
久しぶりの手紙が届いた。
今年は例年にない大雪で、
かなり難儀をしているようだ。

屋根の雪を放置しておくと
頭の上に思い座布団を置かれているような
そんな感じだそうだ。
そして、少し暖かい日があると
屋根からドドーンと大音響をたてて
雪が滑り落ち、
家が震度2くらい揺れるんだそうだ。

こんな雪の多い冬は久しぶりで
いつも天気予報を見ながら
雪のない暖かい大阪に住んでる
doironさんがうらやましいと
そこには書かれてあった。

ま、もちろんそんなことで
手紙を書いてきたわけではなく
このたび、息子が事業を継ぐことになったとか
孫が出来たんだとか
そういう近況が手書きで書かれていた。
ほぼ同じ歳の友人だ。
息子が仕事を継ぐ、
そういう世代になったんやなあ、と
久しぶりの便りで、返信も長くなりそうだ。
メール全盛の時代に
お互いのメアドも交わさず
こんな手紙をやり取りする
貴重なアナログ友達だ。
もちろん、こちらもワープロではなく
手書きの返信をしようと思っている。

そうそう、その友達には
doironの字は「味がある」ってよく言われるんですわ。

わかってるよ、下手だとはいえないから
苦し紛れのほめ言葉だって。
日本語はよく出来ているもんね。
同じ意味でも言い方で
「けなし」になったり、「ほめ」になったり。
例えば
色の黒い人には「健康的やな」
変人には「個性的やな」
まずい料理は「独創性があるな」
みたいなね。

ま、それはさておき
その友達への返信の最後には
こう書こうと思っている。

「雪国の雪がとけてちょろちょろ雪解け水になって
流れ始める頃、ぼくは今の職場を退職し
新しい春を迎えることになります。」


カメラとフィルム

2012年01月24日 22時17分20秒 | weblog

若い頃、どうしても欲しくて、
アルバイトを頑張ったり、
小遣いをコツコツためて
ようやく手に入れ、宝物のように
大事にしたものが二つある。

ひとつは登山用の革製の靴、
いわゆるドタ靴といわれる靴だ。
結局この靴とは日本の百名山を
40以上を踏破した。

そしてもう一つが、カメラである。
買ったのは、スポット測光ができ、
シャッター速度が速いという
最新型の機種

「OM4」だ。

細かいところでは
TTLダイレクト測光というのも、
決め手の一つであった。
当時よく似た機能を持つカメラに
マルチ測光ができる
NIKONの「FA」という機種があり、
この機種とどちらにしようかと迷ったが、
家に「OM1」があり、
そのレンズ資産を受け継ぐことができるということから、
OM4に決めたものだ。

これらは当時の最新機種とはいえ、
当然フィルムカメラであるし、
オートフォーカスなどでもない。
自動なのは露出調整くらいで、
ピントは指先の微妙な動きで調整しなければならなかった。

そして使っていたフィルムは
もっぱらkodakのリバーサルフィルムだった。
普通のネガフィルムと異なるのは、
現像ムラがないことがひとつ、
そして最も特徴的なのは
ラチチュードの狭さだ。
といってもこれはあまり馴染みのない言葉ですね。
要するに、
フィルムに写る光の強さの幅が狭い
ということだ。
例えば、花の写真を撮るとき、
光の当たっている部分を
スポット測光し撮影すると、
ネガフィルムの場合は
背景の陰になっている部分もある程度写りこむ。
しかし、リバーサルフィルムだと、
影の部分は映らず真っ黒になるので、
対象物が際立つというわけだ。

そんなわけで、
普通のネガフィルムを使うことはほとんどなく、
もっぱらリバーサルフィルムを使っていたわけだ。

ところが、微妙な写り具合を求めて
写真撮影に凝ってくると、
このラチチュードの幅や
発色がロットごとに異なる微妙なムラが気になり始め、
気に入った出来の写真があがると、
そのフィルムと同じロットナンバーの
フィルムを探すようになってくる。

これはこれで、楽しくもあるのだが、
手間なことこの上ない。

そこで、品質が一定している
プロ仕様のフィルムを使う
ということになってくる。

もうずいぶん前なので、
もしかしたら間違っているかもしれないが、
前者がKR64、後者がKPR64といった
呼称になっていたように思う。

プロ仕様は冷蔵庫に入れて保管した。

そんなフィルム、
kodakは黄色の箱、
富士フィルムは緑の箱、
さくらはピンクの箱のパッケージであった。

それらは箱の色のイメージ通りに、
富士は緑の発色が素晴らしく、
さくらは人肌の発色がよかった。
kodakの黄色の箱は、
どの色もきつめに出ていた
という印象がある。

自然写真は富士、
スナップはさくら
と使い分け、
ここぞというときには
kodakを使用したもんだ。

doironの写真にまつわる製品のインプレッションは
そんな具合だったのだが、
ご存じのように、
OM4のオリンパスは
巨大な損失隠しで
今アップアップの状況だし、
アメリカのイーストマンコダック社は
この新年に破たんした。

残ったNIKONは早くもフィルムカメラに見切りをつけて、
デジタル路線で頑張っている。

いまのdoironの愛機も
NIKONのD80だ。

富士フィルムにいたっては、
最近はそのナノ技術を生かして
化粧品にまで手を広げている。
早晩社名も変わっていくだろう。

かくして、趣味の写真の世界も
随分と変わったもので、
カメラとフィルムは、
皮肉にも、
世相の負の部分を写して
変遷し続けているといえるのだ。


2012謹賀新年

2012年01月01日 20時54分51秒 | weblog

あけましておめでとうございます。
昨年はなかなかナイスなdoironでは
ありませんでしたが、
まあ今年もどうなりますことやら。

とりあえず、2012年の始まりです。
今年は、いろいろと新しいことを
始める計画満載で
正月を迎えています。
おいおいブログで紹介していきましょう。

しかしまあ
元旦くらいはのんびりしようと
朝から、のんびりもぞもぞと
怠惰に過ごしました。
こんな日は一年にほんと
数日だけです。
こんな日が10日も続けば
頭も身体もおかしくなりそうですわ。

明日はもう少しアクティブに
動きたいと思っています。

今日、唯一遠出した海辺の夕陽です。



初日の出を見ることが出来ませんでしたので
初日の入りなんかを取材してきました。
って、なんか前もそんなことを
書いたような・・・

ま、今年もよろしくお願いします。


初詣の参考に

2011年12月31日 22時10分46秒 | weblog

まもなく2012年を迎えます。
今年も一年間、
毎日途切れることのなかった
このブログに付き合っていただいたあなた
そう、あなたです。
あなたには
doironマスターの
称号を与えましょう。
ご苦労様でした。
そしてありがとうございました。

さて、皆さんの中には
除夜の鐘とともに初詣に
出かける人もいるでしょう。
doironは夜はちょっとゆっくりして
元旦の、ニューイヤー駅伝の
2区が終わる頃に
家を出て、近所の神社に
行くつもりです。

おみくじも買おうかな。

ところで神社では
2礼
2拍手
1礼
ですね。

でもそのことについて
前からずっと思っていた疑問を
昨夜、夜警のときに
神社の神主にいろいろと聞いてみました。

願い事をする「お祈り」タイムは
どのタイミングでとるのがいいのかってね。

2礼の前?
違います。

2礼の後?
違います。

2拍手の後?
それも違います。

となると1礼の後ということ?
そうです。
すべての「礼」を終えてから
静かに手を合わせて
お願い事、お祈り事をするのです。

で、その形なんですが、
2拍手の時には
両手を合わせるときに
左右の指の関節ひとつ分くらいを
ずらせて拍手をするそうです。

そして最後のお祈りのときには
今度は両手をぴったり合わせて
願い事、祈り事をするのだそうです。
初詣の参考にしてください。

あと二時間足らずで新年です。
今年もいろいろありました。
doironはここ数年
激動の歳月が続いていますが
負けずにひょいひょい生きていられるのも
多くの人に癒やされ励まされてるおかげです。
ほんとにありがとうございました。

両手をぴったり合わせて
たくさんの感謝を捧げつつ
あふれる希望を夢見つつ
2011年のブログを締めくくりたいと思います。

みなさん、よいお年を。
また来年会いましょう。
って、明日ですけど。


来年の正月こそは

2011年12月28日 22時44分39秒 | weblog

今年も1年途切れず
ブログを続けましたが
途切れずどたばた
この年末までずーっと
いろいろと走り続けました。

ここへ来て、へそ曲がりな
仕事納めの設定のわが社は
明日まで仕事で、
その御用納めの明日も
どたばたと職場を走り回ることになりそうです。

ま、大体いつもそんな感じなんですが
今年はさらに輪をかけて
大きな出来事が降り注いでいます。
いずれ、明らかになりますが
この年末はdoiron人生の
大きな節目のときとなるでしょう。

ひたすら動き回ること。
それが、自分の真骨頂でもあると
思ってはいるんですがね。
かつては、大晦日は
一年のランの締めくくりといっては走り
元旦は一年の計とばかりに走り
かつてはジムのトレッドミルで
箱根駅伝を見ながら
40キロも走ったりしたもんだ。

2011年 今年もあと3日。

来年の正月こそは
ひたすらまったり過ごすぞと
かたく決意しているdoironなのだが、
果たしてどうなりますことやら