国内産業の保護をうたい文句に、実施された政策で、実際に保護が有効に働いたケースは非常に少ない。多くは、保護されたものは、衰退し、廃れていく運命にある。これは、保護の仕方の問題であるとともに、保護される側の問題でもあるように思う。
例えば、日本の農業、国内の農業を守るため、高い関税を掛けて、輸入を抑える政策が取られる。ところが、農業者は保護に安住してしまい、その結果、国際競争力が極端に低下してしまったのがこれまでの日本の農業の姿であったように思う。
合衆国は、国内産業保護、雇用を確保するため、ここに来て保護主義に急傾斜してきており、その結果として、トランプ政権が誕生したように思う。日本では古くから、「可愛い子には旅をさせろ!」という言葉がある。それは、保護するのではなく、現実の厳しさを肌身で知り、それに打ち勝つ力を付けさせるということなのだろう。
育てること、保護すること、どちらも必要なことであるが、どうも保護するというと、外敵や障害を遮断することに、重きが置かれてしまう傾向があるようだ。守られ、保護された環境の中では強さや独自性は育たない。その結果、却って悪い結果を招いてしまう。むしろ、育てることに重きを置き、長所を引き出し、伸ばしていくということの方が効果的なのではないかと思う。
今まで合衆国にはアメリカンドリームを夢見て、世界中から若い才能のある者たちが集まってきて、合衆国を発展させてきたように思う。保護主義に傾き、そうした動きを止めてしまうならば、合衆国に才能の持った者が集まらなくなり、廃れていく運命にあることは想像に難くない。それでは、これまで合衆国に集まっていた才能ある者はいったいどこに向かうのだろうか?彼らを上手に受け入れ、才能を開花させる場を提供できた国が、合衆国に代わって、世界のリーダー的な国になることだろう。