DT200Aの庫 (goo-blg)

20年前の6月No2 C623号機牽引の修学旅行列車


 伝説有名撮影地の北4踏切で羊蹄山がこんなに出ているにもかかわらず撮影者は数人でした。直前に雲が頂上にかかってしまったのが何とも残念です。   91,06,19 小沢―倶知安 9163レ T-Max スキャナー : Nikon COOLSCAN ⅣED

 C623号機が復活して3年後の91年。この頃は95年頃の落ちぶれた雰囲気はなく、まだまだC623号機も活発に運転されていました。JR北海道としても観光資源として活用していこうと言う時代てしたので、営業用の運転以外に団体臨時列車も運転されていました。その中でも想い出深いのが修学旅行用の臨時列車てした。幾度か運転されましたがその列車の性格上、カフェカーを連結しないので客車は4両ないし3両での運転でしたので迫力には欠けているのが不満でしたが、なんと言っても周囲にほとんど撮影者の居ない状態で(追っかけの車もほとんど見当たらず、あっても2~3台)たとえシロクニ通過直前に撮影地に到着しても余裕で場所が確保出来て撮影出来る事に魅力を感じていました。


 お手軽な200KPでさえ、追っかけの人を入れても数人だけの撮影でした。ただ、初夏は毛虫が多く、更に私の天敵の蛇(それもバカデカイ…(+_+) )も多く、草むらに入るにはそれなりの決意が必要でした。  91,06,18 小沢―倶知安 9162レ T-Max スキャナー : Nikon COOLSCAN ⅣED

 この頃、乗務されていた機関士さんの中には現役シロクニを助士としてカマを焚いていた方もいらしたので、現車3~4両では余裕で峠を登っていました。しかし、その余裕が我々には一番の脅威でもありました。ひんやりとした雲り空の日なら爆煙は間違いなしなのですが、晴れて気温が高くなるとブラスト音だけは凄いのに、煙はスカと言う事が何度かありました。そのために助士さんがみつけ易い角度で手を振ったりして自分がいる事を認識してもらいました。当然、撮影者がいる事がわかると親切な助士さんはすかさず重油バルブを開けてくれ、私だけのために黒煙がモクモクと出て来ました。


 追っかけの車がほとんど居ないので倶知安あたりで撮影しても仁木の発車に余裕で間に合ってしまいます。更に蘭島―塩谷のお立ち台にも間に合うので効率は非常に良い撮影でした。   91,06,19 仁木 9162レ T-Max スキャナー : Nikon COOLSCAN ⅣED

 この時は当時大宮に在住されていたMさんの車に便乗させてもらい、朝の蓮田駅駅で待ち合わせして東北道を北上して南部縦貫を撮影しながら夜に青森に到着し、室蘭までフェリーで移動したと記憶しています。北海道は梅雨がないとよく言われますが、それは全くの嘘で本州よりだいぶ遅れ、さらに期間も短いですが梅雨の様な時期があります。この時も梅雨前線が気がかりでしたが、さいわいにも東北に梅雨前線が停滞し、北海道は全日快晴で良い想いをしたと記憶しています。


 もともとシロクニは煙を出さない機関車ですので、たとえ有名撮影地であっても撮影者が見当たらないとスカで通過してしまいます。この位置だと助士さんに合図もできないのでそのためにニセコまで行って下り列車の撮影地を機関士さんと助士さんに教えて、煙を出してもらいました。   91,06,19 蘭島―塩谷 9162レ T-Max スキャナー : Nikon COOLSCAN ⅣED

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