心に残った最期・・
紅白歌合戦の「トイレの神様」
初めて歌詞をたどりながら聞いたのですが、
思い出していました。
せめて数カ月は自宅で過ごしたいという患者さん。
外勤先から、訪問診療に週1回伺うことになりました。
伺う前に、診療録を見返しました。
消化管がんでオピオイド。
それにしては、退院前の排便コントロールが相当甘い・・・・
これは大変かもしれないと覚悟してご自宅に伺いました。
案の定、サブイレウスで、嘔吐が始まっていました。
入院中の症状緩和不足をここで、問題にしても先へ進めません。
与えられた条件で乗り越える・・
週1回しか状況がわからないのが、気がかりでしたが、
在宅下で、ステロイドと緩下剤。
患者さんには、穿孔のリスクも説明した上で、
調整方法を紙に書き説明し
覚えて頂きました。
しばらく、静かなご夫婦お二人の生活をするために
わざわざ引越しをされていました。
何とか、その時間を確保してさしあげたかった・・
必死でした。
幸い・・
治療方針は的中し、
穿孔することもなく、
そして、蠕動痛や嘔吐の悪化もなく、
改善することができました。
そして、2か月が過ぎたころ・・
最期の時が迫っていました。
患者さんの奥様もがんサバイバーでした。
化学療法中で、手にはしびれがあり、
体力も温存してさしあげなければいけない状況でした。
当初から、最後の時は
入院を希望されていました。
でも、最期の時に直面され、
患者さんは、
自分でできるから、痛みも苦痛もないから
在宅で過ごさせてほしいと切望されました。
奥さまは自宅で看取る決心をされたようでした。
1週間は厳しいかもしれない・・
心の中ではそう思いつつ、それは口にせず、
症状は日単位で動いていくこと、
在宅酸素、必要とするときの補液の手配、他のご家族への支援の依頼、
訪問看護、ヘルパーさんへの連絡、医師への申し送り、
今後起こり得ることに対する薬剤処方・・
手配し、離れました。
翌週・・
私の外勤診療は、毎水曜日なのですが、
次の水曜日。
心拍数は150を超え、乏尿でした。
症状は時間単位で変化し、今日か明日か・・
その時、患者さんは何かを待っていてくれたのかもしれない・・
そんな風に思えました。
痛みがないこと、少し話ができることを確認したうえで、
意を決し、お話ししました。
「体は厳しい状態です。
次に眠りに落ちた時、もうしっかり言葉で伝えることは難しいでしょう。
ここまで、ご一緒に辿ってこれて、本当に感謝しています。
何よりも、奥様がそれを担ってくださいました。
奥様に、言葉をかけてさしあげてください。
次に眠りに落ちるのは、今夜か明日かもしれません。」
そう言って、
ベッドサイドの椅子を奥様に代わって頂きました。
処方箋を別室で書いてきますから
と言って、部屋のドアをしめました。
すべて、そろっていましたので、
処方箋に書くべき薬剤は何もありませんでしたが。
他のご家族に
今日明日かもしれないこと、
その場合の手順や行うべきことを説明したころ、
奥様が部屋から出ていらっしゃいました。
どのようなお話をされたか、
私にはわかりませんが、
凛とした姿でいらっしゃいました。
この時のことを、このところ、何度も何度も思い出します。
共に歩ませて頂いたこの数カ月の経験。
医療的スキルは越えた先の
これから先、私の道しるべとして残してくださった記憶。
まるで待っていてくださったようなあの日の患者さんの表情。
単なるよい看取りとか、よい想い出といったことではなく
今後の医療人としてのあり方にについて
患者さんご夫婦が私に届けてくださった贈り物から、
私は何を今、得ようとしているのだろうか・・
メッセージを読み落としたものはなかっただろうか・・
新しい年を迎えてもなお
静かながら強さを感じる記憶は
私に、強い感動と感謝を与えてくれています。
新しい年を迎え、
改めて、2010年
出会った患者さんとご家族に
成長の機会を与えてくださったことを
心から感謝しています。
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本年も宜しくお願い申し上げます。
私にはこのお話だけで勇気と感動と新たな決意が湧きました。
患者としての心構え、身の処し方このブログから得るもので私も進歩していきます。
私にも訪れる最期。
その最期をどううまく乗り切るかそれが私の今後の課題ではないかと思っています。
毎日、ブログをチェックしながら新しい記事を楽しみに拝読しております。
今回の記事もaruga先生の訪問診療の場面が目に浮かび、ご夫妻が先生に出会う事ができた事本当に良かったと思いました。
当初は最後は病院でとお考えになられた方が「痛みも苦痛もないから家に」と仰ったご本人のこの言葉、まさにaruga先生の心身の緩和ケアがなされた結果の言葉であったと思います。この言葉を聞いた奥様はがんサバイバーでもあり、ご本人の一番の理解者でもあったのだと思います。
そして身体の変化を迎え最期の時が近づいた日にaruga先生の訪問診療をご本人は待たれていたのだと思いました。それまでの関係から先生に対する大きな信頼からaruga先生の真摯な一言一言を受け止められたと思います。そして長年連れ添った奥様との語らいの時……この瞬間があった事はご本人にとっても奥様にとっても最高のプレゼントであったと思います。
お部屋から出てこられた奥様の凛とした表情が物語っていたのではないかと思いました。
薬剤だけではない、人の心と心をつなぐaruga先生の緩和ケア、素敵です。
ご本人が心穏やかに安らかなご様子で旅立たれた事が目に浮かびます。
今は急性期病院でがんの相談業務を担っておりますが、自分自身の今の立場でできる事をしていきたいと改めて考えました。
いつもありがとうございます。
本年も宜しくお願い致します
実習で2日だけですが
在宅療養の様子を
拝見する機会を得ました
退院してどのような生活を送られるのか、
どのような人生を送るのか
それを考えられる・結び付けられる
機会ともなったと思います
どう死を迎えるか
どう生きるか
永遠のテーマの一つです
こちらこそ、本年もどうぞ、宜しくお願いいたします。
サジタリウスさんはご自身らしい姿勢をお持ちでいらっしゃいますから、誰よりも「よく生きる(ソクラテス)」を実践されていらっしゃると感じています。
今年1年が、良い年でありますように。
kokkoronさん
>「痛みも苦痛もないから家に」と仰ったご本人のこの言葉
症状緩和が上手くいっていたから出た言葉か・・違うと思っています。患者さんは、心底自宅にいたかったのだと思います。ですから、家族には迷惑はかけないように自分でなんでもできるから・・と言われ、苦しくても痛みも苦痛もないからと言われたのだと思いました。慟哭を聞いたような感覚でした。
えびさん
その方が主役の生活の場だからこそ、生き様が伝わってくるものですね。
よく病院スタッフは在宅がわかっていないと言われます。どんなに想像豊かにしても、経験なしには究極のところ無理だと思うのです。
この感覚を失わないように週1回だけですが、外勤先で在宅診療に携わらせて頂いています。
実習の機会があってよかったですね!!
このブログにはずいぶん支えていただきました。そして、様々な記事を読めば読むほど、本当に多くの方が先生に支えられているのだと思わずにいられません。
くれぐれもお体には気をつけて、今年もご活躍ください。分野はまったくちがいますが、わたしも先生方のように自分の仕事に真摯に向き合い、よい1年にしたいと思います。
ともに、幸せだったと感じられる日々の積み重ねの1年となりますように。
お母様が桜さんを見守っていてくださいますように。