黒駒 寺社参拝記

畿内を中心とした寺社参拝記です。主に西国三十三所や聖徳太子霊場を巡礼中です。

公家鑑・武鑑

2009-01-24 19:44:41 | 歴史
古書店で古典籍(明治以前に発行された書籍)を買うことがありますが、
今まで収集したものの中で「公家鑑」「武鑑」というものがあります。
現在でも「TVスター名鑑」ってありますが、それと同じくそれぞれ
公家衆の名鑑、大名衆の名鑑です。



まずは公家鑑である「雲上明覧」上下二巻。僕の所有しているのは安政6年(1859)
に発行されたものです。上巻は禁裏御所(天皇)・宮家・門跡、下巻は堂上公家です。
では中を見てみましょう。
当時の天皇は孝明天皇です。明治天皇の父帝です。幕府に攘夷実行を強く求めました。


後に将軍家茂に降嫁することになる和宮と明治天皇となる祐宮。共にまだ幼名です。


五摂家のうち鷹司家の頁。安政六年当時は大老井伊直弼による安政の大獄の真っ最中
ですが、婚縁で水戸家と繋がりのある鷹司家もあおりを受けて政通と輔熙が辞官落飾
となります。そのことも明記されています。


一方、大名の名鑑である「武鑑」 携帯用なのか小サイズのものもあります。
日光参詣の折の行列次第だと見受けますが、武具が図入りで明記されています。
行列を見てどこの家中かすぐにわかるようになっています。天保13年(1842)発行


全大名家を収攬した武鑑にはさらに詳しく各家の系図・石高・居城・江戸屋敷・
江戸屋敷の上級家臣・武具図などがこと細かに書かれていて、この一冊で大名家の
あらゆる情報がわかるようになっています。




さてこのような公家鑑や武鑑は誰がどのような用途で持っていたんでしょうね。
公家鑑は元々は真宗本願寺が信者向けに配布していたとも言われていますが。
京都・大坂・江戸・名古屋などで売られていたみたいです。


公家や大名の家臣たちを始め、御用商人や宿場の人々は実用的に重宝しただろうし、
さらには大名行列を見物する一般庶民なども武鑑を見ながら「あれは尾張様の行列だ」とか
言っていたかもしれませんね。

黒駒思いのままの記」←こちらも見てやってください。

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