どんな人にも人の出会いによって人生は左右します。それが上向くときもあれば挫折するときもあります。勝海舟もまた同じです。勝海舟が7歳のころに将軍家斉の孫の初之丞のお相手役になる機会がありました。たまたま勝海舟の親戚筋が大奥に出ていて将軍の孫のお相手を探していたところお城に上がる機会があり活発な麟太郎(勝海舟)が目に留まったことによるものです。初之丞は一橋家を相続して将軍後継者になり勝海舟も将軍の側近を夢見るわけですが、この初之丞は若くして病死してしまいます。それで勝海舟はおさがりということになるわけで、その時の父親の勝小吉の落胆ぶりは大きかったようです。しかしいつの時代も世の中は不思議なもので、水戸家から一橋家へ養子に入った徳川慶喜が15代将軍となり、勝海舟は幕閣の一員として徳川慶喜に仕えるわけです。勝海舟と徳川慶喜の縁は幕末から徳川の時代が終わる明治に入っても勝海舟が亡くなる明治32年まで続きます。
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