プロ野球シーズンが終了した。期待を裏切ることを旨とする球団(阪神タイガース)は、期待?どおり負け越した。
来シーズン、期待を裏切る球団に対しては期待してはならない。期待していることを隠す。
まず、ABC始め虎バン主義などと言わず、中継を止める。
甲子園球場には行かない。デーリースポーツは特に買わない。
8月ごろ初めてスポーツ欄を見る。意外に意外に、優勝争いをしている。それでも期待はしない。
優勝決定の試合。期待はしない、9回2アウト、ここで初めて期待する。
無理か??金本監督、ありがとうございました。
京都日誌も一段落した。
サラリーマンを卒業し、拘束の無い日々となって、早5か月。無給となって2か月。
簡単に振り返る。特に体調の変化は感じないが、飲み会が激減したお陰で、内臓の調子は良いように思う。
体重の変化はないが、運動不足にならないように意識はしている。
暇だが、やりたいことは多いので退屈はしない。
平日、街中を歩いたり出かけたりすると、熟年層の多い事、甚だしい。
主に図書館で調べものをすることが多いのだが、ほぼ熟年層だ。自習室には夏休みまでは、数人受験生のような若者もいたが、
今は、熟年のオアシスだ。よく見ると、熱心に勉強する人は少なく、新聞のファイルを見たり、
備え付けのPCでゲームしている人もいる。
出身大学の図書館にも通うのだが、若者に交じって私のようなはるか前の卒業生も多い。
因みに大学の学内は、若者のエリヤだが、学外周辺はやはり熟年層しか歩いていない。
学生は、隔離されたように学内だけに閉じこもっているように見える。
街を見渡しても、若者はいない。市バスなどは、65歳以上はタダなので、熟年でいっぱいだ。
もはや「優先席」の優先度は意味がない。全席が優先的になっている。老人には全席譲らなければならない。
微妙な立場の、私は、車内を見渡し座るが、早々に寝たふりをする。
地下鉄の駅のエレベーターは、以前は身障の方か後期高齢者の方用だったが、今は元気な熟年層が堂々と並んでいる。
これは私も臆面もなく利用する。白い目で見られることはない。
エレベーターも立ち止まる側にゆっくり乗る。
たまに、小さな子供が街で歩いていると、ほっとする。一人の子供に数人の熟年層が相手にするという事態になる。
朝のモーニング珈琲、京都の老舗のイノダコーヒーなどは、午前中顔見知りの熟年の溜まり場となっている。
決まった席に陣取り、なじみの店員をからかったり、客度同士大きな声で談笑している。
一見(いちげん)では入りにくい、店員もそのテーブル周辺には案内しない。
さて、ここまでで気が付いたことがある。
熟年というのは、私の年から10歳くらい上の方達だ。おそらくほとんど70歳越えに見える。
元気は元気だが・・・。
では、私からその間の方達はどこにいるのか?所謂、団塊の世代はまだ、働いているのか?
それはそうだ。働いているのだ。しかし一方、会社のOB会で聞いた話だが、その世代が入会しないのだそうだ。
戦後あらゆるブームを演出して来た段階の世代。常に何かに反発して、格好良かった方たちは、
自らの拘りで生きているらしい。
学生運動家が、会社ではモーレツ社員に変身し、疲れて定年しようとしたら定年延長。
それも過ぎたのだが依然としてその上の世代と、折り合いをどうつけて行くのか。
我々世代は、その団塊の先輩たちにあこがれて生きて来たのに!!
早く、熟年層に新しいブームを作って欲しい。
写真は本文と関係アリマヘン。