アチャコちゃんの京都日誌

あちゃこが巡る京都の古刹巡礼

118 アチャコの京都日誌 再びの京都 涌出宮  奇祭 居籠祭

2017-08-16 12:23:02 | 日記

終戦記念日に閣僚の靖国神社参拝はなかった。一般議員の参拝は定年通り行われた。

私は、靖国に参拝する人たちの皆が、戦争を礼賛しているとは思えない。

因みに靖国神社本殿横の、遊就館を見て来ると、戦争が如何に悲惨なものか分かる。

生還不可能な特別攻撃隊の方達の遺書を見ると、当時の若者たちの国家・家族への思いの深さが分かる。

改めて戦争反対の思いを共有できる空間だ。

何故日本の国会議員が、そこを訪ねる事が世界の一部の批判を受けるのか?

戦後総括をいつまで行うのか、未来永劫の謝罪を求めるなら、日本は鎌倉時代の「元寇」まで遡って謝罪を求めるか?

 

さて、JR奈良線 棚倉駅の「涌出宮」を訪ねて来た。初めての訪問だ。

「居籠祭」の事が気になっていたので行って見た。

この神社の歴史は古い。天照大御神を伊勢神宮からお招きしその名前を憚り、天乃夫岐売命と名乗り御祭神とした。

注目されるのは、この神社の祭祀の大部分が地元民による八つの宮座によって行われていることである。
2月中旬、この祭りが行われる。

まず、「もりまわし」といって役の者が山の中や神社近くの塚11か所をまわって神を迎え、松明を作る。
次の日以降、「門の饗応」で松明を燃し、「御田の式」(種蒔きから田植までの予祝行事)が実施され、深夜に、「野塚祭り」の後、あけの太鼓で終了となる。迎えた神をもとに戻す。

この野塚祭が誰も見られることの無い行事で、みんなは家に居て籠るので「居籠祭」という。

数日後、「女座の祭り」で女衆が各座の当屋に集まり、大根で作った男根の擬え物の前で会食し、

擬え物を持って涌出宮に奉納、神楽をあげてもらう。

大根「女座の祭り涌出...」の画像検索結果「女座の祭り涌出...」の画像検索結果

生命の繁栄の原点として、男子の隆々たる勃起したシンボルをタブー視せず崇めるのは農耕民族の日本の象徴だ。

以上、神社などのHPから引用しながら祭りを説明したが、これは日本の祭りの原点になっていると考えられる。

特に居籠祭りが神の来臨と饗応を軸とした厳粛かつ、古風な祭りの形態をよく残している。

珍しい女性中心の豊穣祈願の女座の祭りは、男根信仰として誠に貴重だ。それにしてもあの大きさは、実際の大きさか?

右が本殿、左が拝殿。室町時代の建造物。

境内の社務所を建築するときに、敷地周辺から弥生時代の住居跡や生活の痕跡を現わす遺物が多く発見された。

すると先ほどの民間信仰的行事は、太古の昔から伝えられた原始宗教儀式の名残と考えられる。

境内に偶然いた神職にいろいろ訪ねた。とうとうとご説明いただき、私も質問をすると、

そんなにご興味があるならと、居籠祭のDVDを貸して下さった。

早々に帰宅後に、自分の書斎の部屋のデッキから「壇蜜厳選エロDVD」を出してみて見た。

純粋に地元の「宮座」という方達だけでこのような厳かな行事が連綿と続けているのかとつくづく感心した。

因みに、NHKでも取り上げられたという事で、男根は写ってなかった。

現在、仕事もなく私はまさに、「居籠り」だ。

 

 

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117 アチャコの京都日誌 再びの京都 洛陽33か所 6番 金戒光明寺

2017-08-14 18:44:25 | 日記

終戦記念日

北朝鮮がきな臭い。人を殺戮する作業が延々と続く愚。戦後教育の見直しが急がれる。


戒光明寺も何度も訪れている。

真如堂の隣、黒谷と呼ばれる地域。山門を潜り石段を登り、振り返ると京都市内が一望できる。

吹き出た汗がちょっとだけ引いた感じがする。

知恩院と並ぶ浄土宗の格式の高いお寺だ。黒谷は決して「谷」ではない。市内を一望できるくらいだから高台だ。

ではなぜ「黒谷」か?最初法然が比叡山で与えられた地が、比叡黒谷だったので、この辺りが新黒谷と言われた。

長い年月の経緯で、ここが黒谷さんと言われるようになった。「谷」だからではない。

西側からの入り口の門に、くろ谷の大きな石碑。

56代清和と57代陽成は平安時代中期。

後一条は、68代なので平安後期。

皇族とも関係が深い地域。

また、幕末に京都守護職の松平容保の本陣があった事から、会津藩士の墓地がある。

法然上人800年大遠忌記念碑。

北門から真如堂はすぐ隣。

「黒谷 京都五劫...」の画像検索結果

五劫思惟阿弥陀如来石像

この阿弥陀さま、民衆を救うため、五劫の時間を費やして深く考えたという。

一劫とは「四十里立方(約160km)の大岩に天女が三年(百年という説もある)に一度舞い降りて羽衣で撫で、

その岩が無くなるまでの長い時間」

その五倍の時間だ。その間、散髪屋に行けなかったので髪の毛がこのようになった。

けど、伸びるのが遅い??

 

 

 

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116 アチャコの京都日誌 再びの京都 洛中33か所観音霊場 32番蘆山寺~5番新長谷寺

2017-08-14 10:05:28 | 日記

 

32番 蘆山寺 ~ 5番 真正極楽寺 真如堂 新長谷寺 

歩行の都合上、すぐ近くの蘆山寺を先に訪れてから、5番の真如堂に向かう。

 

紫式部邸宅跡となっている。その顕彰碑が立っている。

その完成日の11月11日を古典の日と定めたものだろう。

滋賀石山寺とここで源氏物語が執筆されたのだ。

現在、桔梗が見どころとの看板も出ていた。

 

鴨川を渡り吉田山の方向を目指し、ほぼ京都大学のキャンパス横を歩く。

夏休みで静かなキャンパスを想像して行ったが、なんだか騒々しい。

行列が出来ていて、「最後尾」の立て看板。見るからに賢そうな若者たち。

中には親も付いている。「京都大学医学部オープンキャンパス・夏の特別見学会」

京大医学部を目指す高校生たちだ。親も賢そうに見える。

中には参考書を片手に列に並ぶツワモノもいる。

私のように自分も息子たちも受験に縁が無くなった人間には無関係だが、

この暑い夏、勝負をかける若者がここにもいる。

吉田山に通じるなだらかな坂道が、アキレス腱にこたえる。汗が背中を伝うころ、やっとたどり着く。

真如堂は光明寺と地続きで並んでいる。

 奈良長谷寺の本尊を摸刻した11面観音を拝む5番札所新長谷寺、真如堂の境内塔頭だ。真如堂は何度も訪れている。

やはり紅葉の季節が一番だ。

 

 

人も少ないので、ゆっくり庭を見て帰る。

涅槃の庭は、遠く通称大文字山の如意が岳を借景にしている。

石組で釈迦の入寂を現わした庭だ。


真如堂は三井家の菩提寺である。隨縁の庭は、

三井財閥の家紋をモチーフした庭を、重森三玲の孫にあたる、千靑氏が作庭した。

確か、三玲氏の子は、ゲーテ・カントだったと記憶する。

娘を連れた女性の二人ずれ以外、訪れる人もなく静かにゆっくり眺める。

話しかけようと思ったが、私をうさん臭いおっさんと思ったのか、早々に立ち去った。

可愛いお嬢さんと、美魔女風の奥さんだったので残念。

 

今日は何も事件が起こらず面白くない。ああ!

お陰で、境内塔頭の新長谷寺を拝むのを忘れた。何の為来たのか?

 

 

 

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115アチャコの京都日誌 再びの京都 第4番 革堂 行願寺 ~ 第3番 清荒神 護浄院

2017-08-11 08:33:10 | 日記

第4番 革堂 行願寺 ~ 第3番 清荒神 護浄院 

洛陽33か所は道順通り設定されていない。基本的には順打ちで巡るが、順番通りではない合理的な判断をする。

第2番の 誓願寺からは寺町通をまっすぐ北に歩く。

途中、矢田寺(ここはお盆の送り鐘が有名)本能寺(勿論本能寺の変の時と場所は違う)下御霊神社(怨霊封じ込めの神社)

など多くの寺社を通る。

西国33か所では、19番札所。

革の聖、行円聖人は、修行中、誤って自ら鹿を射たところ腹に小鹿のいたことを深く悔い。

その革を被り信仰を広め歩いたと言う。そこから、革の聖と呼ばれる。

六角堂と並び平安京以前からある、いわゆる町堂である。

観音様は秘仏。

こちらの御本尊は、三宝荒神。

難しい事は分からないが、ヒンズー教の神様が日本に伝わり独自の変遷を経た神仏混教の神と思う。

従って、境内は寺なのか神社なのか分かりにくい。

一角にある、観音堂をお参りし納経してもらう。

誰も境内に人影のない昼のひと時、納経所の若奥さん。

まさか人が来るとは思わなかったのか、下着姿にブラウスを羽織りながら出て来た。

羽織ってから出て来たのではなく、出て来てから羽織ったのだ。

妙齢をやや越えているものの、うっすら汗ばんだ女性が下着姿で出て来たのだ。

今日も良いことがありそうだ。

次は、32番の蘆山寺がすぐ近くなので、気を取り直して向かう。

アキレス腱は、確かに繋がっている。

尚、孫が今日から集合するので、お盆休みに入る。

今、横で長男の男の子。孫。久しぶりなので、私を見て号泣している。

長女の女の子。孫。こちらもいつも、最初は号泣。

ジーちゃんとは、金づるでしかない。悲しいものだ。


 

 

 

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114 アチャコの京都日誌 再びの京都 洛陽33か所観音霊場巡り 

2017-08-10 08:25:09 | 日記

現在の朝ドラが面白い。

画像木村佳乃和久井映見古谷一行有村架純

「ひよっこ」茨城の赤い娘が、東京に出て「ひよっこ」という卵屋さんを経営する

出世物語、と思いきや全然違う趣の展開に目が離せない。

まず、増田明美の語りが良い。くどいマラソンの解説より良い。

出てくる配役がみんな全員善人。悪人が居ない。

時代設定が、数年しか動かず(昭和39年~42年)じぶんの子供時代にマッチする。

ある場面の背景に、「ジャイアント馬場VSブルーノサンマルチノ(人間発電所)」のポスターには感動した。

テーマソングそそうだが、昭和の趣に相当こだわったテーストになっているのが良い。

ハッシュドビーフが、憧れの料理だったのだ。ああいう洋食屋は、金持ちの行くものと諦めていた。

そして、先週から現在の意外な展開が良い。お父ちゃんが記憶喪失とは・・・・・。

イノッチと有働アナウンサーの朝ドラ受けが楽しいのだが、今は高校野球で残念。

 

さて、アキレス腱の足慣らし(リハビリ)として京都洛陽観音霊場33か所巡りを実施する。

この33か所と西国33か所観音霊場、そして秩父34か所霊場めぐりで合計100か所となる。

西国も秩父もすでに満願(全部まわる事)したので、挑戦することにする。

ルールは、まず無理しない事。あくまでも足慣らしなので体調との兼ね合いだ。

従って、寺と寺の間は歩いて移動する。その日終了し後日始める時は、その場所から歩く。

因みに、上京中京下京にすべて所在しているので、健脚なら何ら問題ない程度の距離だ。

では、第1番 頂法寺 六角堂 ~ 第2番 誓願寺

六角通りをそのまままっすぐ東に歩けば10分で到着。

両方とも説明の必要はない。

京都の中心、へそ石があるのが何よりの証拠。

西国33か所巡りの18番札所でもある。

誓願寺は、迷い子たずね石で、紹介した。和泉式部得度のお寺でもある。

残り31か所、ご期待ください。

 

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