しげる牧師のブログ

聖書のことばから、エッセイを書いています。
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朝の露 <平和の王>

2025-02-07 | ヘブル書
「アブラハムは彼に、すべての物の十分の一を分け与えました。彼の名は訳すと、まず『義の王』、次に『サレムの王』、すなわち『平和の王』です。」(ヘブル7:2新改訳)

ヘブル書の作者は、ここでメルキゼデクという神秘的な人物について語っているが、あきらかに彼は大祭司キリストの予表的人物である。義の王とよばれるのは、やがてキリストが地上再臨されると、神の正義が大海のように世界をおおい、一切の争いや戦争がなくなるからである。人類が長年望んで来たのに、実現したためしがなかった恒久平和(こうきゅうへいわ)、それは永遠の大祭司キリストがエルサレムに着座(ちゃくざ)されて、はじめて実現する。▼平和の王という称号(しょうごう)は、主イエスがあらゆる戦争と争い、対立をやめさせ、地上が文字通り神の国となるからだ。「主は国々の間をさばき、多くの民族に判決を下す。彼らはその剣を鋤(すき)に、その槍(やり)を鎌(かま)に打ち直す。国は国に向かって剣を上げず、もう戦うことを学ばない。」(イザヤ2:4同)
▼こう見て来ると、キリストの地上再臨とエルサレムにおける即位(そくい)が、なんと待ちどおしいことであろう。主よ、早くおいでください。「『さあ、主の山、ヤコブの神の家に上ろう。主はご自分に道を私たちに教えてくださる。私たちはその道筋(みちすじ)を進もう。』それは、シオンからみおしえが、エルサレムから主のことばが出るからだ。主は多くの民族の間をさばき、遠く離れた強い国々に判決を下す。彼らはその剣を鋤に、その槍を鎌に打ち直す。国は国に向かって剣を上げず、もう戦うことを学ばない。」(ミカ4:2~3同)