『シン・ゴジラ』『君の名は。』『聲の形』『この世界の片隅に』など、邦画の名作が矢継ぎ早に生まれた2016年。この勢いはまだ続くかも、否続いてほしいという想いから、2017年は映画、特に邦画のレビューも積極的に書いていきたい。既に『ひるね姫』を公開初日に鑑賞済みだが訳あって執筆が進まず、本日は実写映画『3月のライオン(前編)』を鑑賞し、こちらは即書けそうな気がしたので先に書くことにする。
高校生にして将棋のプロ棋士・桐山零が彼を取り巻く人間たちとの関わりを通し、棋士として、人として成長していく物語。特に「人間模様」の描写が壮絶すぎて、将棋に詳しくなくてもそちらのほうにハマった人も多いはず。
アニメ版は未視聴なので触れないが、実写版の前編を観た限りでは、話の順序や細部を変えてきてはいるが、ほぼ原作通りに進んだと言って良いだろう。しかし、映画という尺の都合上、肝心の人間模様の描写の一部がカットされ、分かりづらい部分もあった。その一つが「零と香子の複雑な関係」である。
9年前に妹と両親を亡くした零は、父親の友人である棋士・幸田に内弟子として引き取られ、幸田の長女・長男と共にプロの棋士を目指していた。その長女が香子、つまり零にとって義理の姉ということになる。未経験から将棋を始めた零は当初、香子に馬鹿にされるほどの実力だったがやがて逆転する。奨励会退会を余儀なくされた香子の怒りは増幅し零への暴力にまで発展するほど二人の関係は悪化し、零は家を出て行き一人暮らしを始めたのだ。ちなみに香子、実写版こそ有村架純の奇跡の美貌のお陰で緩和されているが、原作ではもっと怖い顔をしている。
一方で香子は妻子を持つ後藤九段との不倫関係にあり、それを良く思わない零が後藤に噛み付き、殴られてしまう場面も原作をほぼなぞっている。零は幸田と香子という真の親子関係を修復して欲しい願いもあって家を出たわけで、後藤に噛み付いたのも同じ理由から。本当は義姉想いの優しい人間なのだ。
しかし、実写版だけでは不可解なのが、香子が零の背中から抱擁し「怖い」と本心を吐露するシーン。そして零のモノローグ
「姉も僕も――こうして 何も変わらないまま 変えられないまま…姉弟にも 他人にもなりきれないまま……」(原作4巻より、実写版でも使用)
この一文もかなり深い。実は原作には、零は幸田家に居る間に香子と最低一度は肉体関係にあったことを示唆する描写があり、しかもそれは零が「恋」というワードに対し連想された一コマなのだ。
これは一例に過ぎず、他にも原作を併せて読むことで実写版の描写の理解が深まるシーンは複数ある。もちろん実写版だけでも話の大筋は理解できるようになっているが、メディアミックス戦略が当たり前になった現代、実写版だけ観て終わりにするのは勿体無いと言える。この話は次回になるであろう『ひるね姫』のレビューでも詳しく説明したい。
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