「下町ロケット」にて、第145回(2011年上半期)直木賞を受賞した池井戸潤氏。彼のデビュー作にして、第44回(1998年)江戸川乱歩賞受賞作でも在る「果つる底なき」を読了。
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「此れは貸しだからな。」という謎の言葉を同僚の伊木遥に残し、債権回収担当の銀行員・坂本健司が死んだ。代々木公園脇に停められた車中でぐったりとした姿で発見された彼は、救急車で搬送された病院で死亡したのだが、其の死因は「蜂に刺された事によるショック死」、即ち「アナフィラキシー・ショックでの死」だった。
坂本の妻・曜子は、嘗て伊木の恋人。坂本の為、曜子の為、そして何かを失い掛けている自分の為、伊木は唯1人、銀行の暗闇に立ち向かう!
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「鉄の骨」(総合評価:星4つ)、「下町ロケット」(総合評価:星4.5個)、そして「MIST」(総合評価:星2つ)と、「果つる底なき」を読む以前に読了した池井戸作品は3冊。「鉄の骨」と「下町ロケット」の出来が余りに良かったので、「MIST」の不出来が余りにガッカリさせられたのだが、「MIST」のレヴューにマヌケ様が寄せて下さったコメント「池井戸さんの得意分野はミステリーよりも、社会派の企業小説の分野なのでしょうね。」というのが、「100%では無いけれど、可成り的を射た御指摘だったなあ。」と再認識させられた。
大学卒業後、三菱銀行で7年間銀行員として働いていた池井戸氏。其れ故、銀行内部の話には、実にリアリティーさが在る。彼にとって「金融ミステリー」は、自家薬籠中の物と言えるだろう。否、銀行員として様々な“企業”を見て来たで在ろう彼にとって、「企業を舞台にした作品」自体が、最も力を発揮出来るに違いない。マヌケ様の御指摘に対して「100%では無いけれど」と敢えて記したのは、「社会派の企業小説の分野」を池井戸氏が得意にしているというのは同感だけれど、「企業を舞台にすれば、ミステリー“も”結構良い出来。」と「果つる底なき」を読了して感じたので。
「真犯人は、意外な人間で在る。」というのは、ミステリーの御約束。其の御約束も踏まえて真犯人を推理したが、見事に外してしまった。意外や意外の人物だが、動機等が明らかになって行くと、「成る程。」と腑に落ちた。
しかし、設定に“粗さ”を感じてしまう点も幾つか。「アナフィラキシー・ショックで、命を落とす人が少なからず居る。」という現実は理解しているけれど、「“確実に”死んで貰わないと、自らの犯行で在る事が露見してしまう。」という事を考え合わせると、「蜂に刺された“だけ”の状態で、坂本を車内に放置した犯人。」というのは、実に“危うい橋”を渡ったと言える。
又、「或る日本人が、自らの名前を外国人風に呼ばせていた。」というのも、「“或る人物”との関係性を、明らかにさせたくない作者の意図。」が在ったのは判るが、少々無理を感じたりもしたし。
粗さは在るものの、ミステリーとしては“読ませる”内容。企業、其れも自らが働いていた銀行を舞台にした事で、生き生きと書き進めていった作品なのではなかろうか。総合評価は星3.5個。
筆力に優れていなくても、作者自身の「此れを、どうしても伝えたい!」という物が在ると、読ませる内容になる事が在りますね。失礼乍ら、作家の藤原ていさんの筆力は其れ程高いとは思わないのだけれど、彼女の著した「流れる星は生きている」は正に読ませる内容でした。
正義が勝つという結末は、確かに心に潤いを与えます。でも不条理な結末は不快さが残るものの、其れが故に忘れ得ぬ作品になるケースも。