加藤清史郎君や今井悠貴君等、近年は大人顔負けの演技を見せる子役が多く登場しているが、1970年代の子役と言えば“ケンちゃん”こと宮脇康之(現在の芸名は宮脇健)氏が断トツの存在感を示していた様に思う。所謂「ケンちゃんシリーズ」は1969年に放送開始となった「ジャンケンケンちゃん」に始まるそうだが、自分の場合は「すし屋のケンちゃん」(動画)がリアル・タイムで同シリーズを見た最初だったと記憶。それも最初からでは無く、途中からだった気がするので、そうなるとリアル・タイムで第一回からきちんと見たのは次作「ケーキ屋ケンちゃん」(動画)という事に。「シュークリームはね 蓋で掬っ食べるんだ (中略) うちへ御出でよ 教えて上げるよ だってだってだって僕んち ケーキ屋なんだもん♪」というOP曲は、今でも鮮明に覚えている。
以降同シリーズは「おもちゃ屋ケンちゃん」、「ケンにいちゃん」(レストランが舞台。)、「おそば屋ケンちゃん」、「フルーツケンちゃん」(フルーツ・パーラーが舞台。)、「パン屋のケンちゃん」、「スポーツケンちゃん」(スポーツ用品店が舞台。)、「カレー屋ケンちゃん」、「ケンちゃんチャコちゃん」(ラーメン屋が舞台。)、「なかよしケンちゃん」(スパゲッティ屋が舞台。)と続き、1982年に放送された「チャコとケンちゃん」(ハンバーガー屋が舞台。)で13年間に亘る同シリーズは幕を閉じる事に。(大人が股間を熱くした「洗濯屋ケンちゃん」が同シリーズで無いのは言う迄も無い。)当時の子供にとって、と言うか、今の子供にとっても同様かもしれないが、「自分の家が店をやっている。」というのは憧れ的な感覚が在り、ケンちゃんシリーズで次々に変わる“家業”に「良いなあ。」と思っていた子供達も少なくなかったろう。斯く言う自分も「寿司やケーキ等が只で食べられるんだろうから、羨ましいなあ。」と思っていた口だし。ケンちゃんの家の家業の移り変わりを見ると、当時の流行りも垣間見える様で面白くも在る。
宮脇健氏は初代のケンちゃんを務めた訳だが、その後の彼の人生に関しては、申し訳無いけれど「考えが甘いなあ。」と思う事が多かった。「嘗ての栄光が忘れられず、『夢よもう一度。』といった甘さから、様々なトラブルに巻き込まれた。」という印象が在るので。
ケンちゃんの弟・ケンジ役で登場し、後に二代目ケンちゃんとなった岡浩也氏。クリクリっとした目が印象的な子だったが、ネット上の情報によると今は精神科医をされている様で、確かに名前を検索するとそれらしい方が居られる。「意外な転身」と言えるかもしれない。
ケンちゃんの妹と言えば、一番印象的なのはトコちゃんこと佐久間まゆみ(佐久間真由美)さん。「がんばれ!!ロボコン」(動画)での大山みどり役等、当時売れっ子の子役の一人だったが、70年代後半辺りからTV番組でその姿を見掛けなくなってしまった。数年前に刊行された宮脇氏の自伝によると、1986年に当時銀座でホステスをしていた彼女に会いに行ったとの事。今はどうしているのだろうか?
自分の場合で言えば、通しで見た最後の作品は「スポーツケンちゃん」。ケンちゃんシリーズの「御父さん」と言えば自分は「この人!」と思っている牟田悌三氏が(同シリーズで)最後に御父さん役を務めた作品がこれで、思えば最初に見た「すし屋のケンちゃん」が御父さん役として彼が初登場した作品。昨年80歳で亡くなられたが、良い役者の一人だった。
御母さん役は岸久美子さん、御爺さん役は有島一郎氏、御婆さん役は風見章子さんという思いが自分の中には在る。有島氏以外は、今も御健在の様だ。
同シリーズの脇役と言えば、パッと頭に浮かぶのは4人。巡査役を務めていた坂本新兵氏は当時の子供向け番組に数多く出演されていたが、1996年に61歳の若さで亡くなられている。
「すし屋のケンちゃん」ではサチコ役、「ケーキ屋ケンちゃん」ではユミ子役を演じていた岸ユキさん(「サインはV」【動画】での松原かおり役も印象的。)、現在は農業関係の仕事もされているとか。
「マンガさん」や「なみださん」等の役名で出演していた進士晴久氏。「龍角散トローチ」のCMで彼が口にした「・・・と、日記には書いておこう。」は当時流行語にもなったが、こちらの情報によると芸能界を引退されて医療関係の仕事をされている(いた?)様だ。
そして残る1人は、「おそば屋ケンちゃん」だったかで「デカパンさん」役を演じていた大井小町さん。森久美子さんを思わせる大柄な女性で、記憶違いで無ければ小林亜星氏が昔立ち上げた「大ピ連」(大日本肥満者連盟)のメンバーだったと思う。61歳の今でも現役で頑張っておられる様で、顔の感じは昔と余り変わっていないのが嬉しい。
以降同シリーズは「おもちゃ屋ケンちゃん」、「ケンにいちゃん」(レストランが舞台。)、「おそば屋ケンちゃん」、「フルーツケンちゃん」(フルーツ・パーラーが舞台。)、「パン屋のケンちゃん」、「スポーツケンちゃん」(スポーツ用品店が舞台。)、「カレー屋ケンちゃん」、「ケンちゃんチャコちゃん」(ラーメン屋が舞台。)、「なかよしケンちゃん」(スパゲッティ屋が舞台。)と続き、1982年に放送された「チャコとケンちゃん」(ハンバーガー屋が舞台。)で13年間に亘る同シリーズは幕を閉じる事に。(大人が股間を熱くした「洗濯屋ケンちゃん」が同シリーズで無いのは言う迄も無い。)当時の子供にとって、と言うか、今の子供にとっても同様かもしれないが、「自分の家が店をやっている。」というのは憧れ的な感覚が在り、ケンちゃんシリーズで次々に変わる“家業”に「良いなあ。」と思っていた子供達も少なくなかったろう。斯く言う自分も「寿司やケーキ等が只で食べられるんだろうから、羨ましいなあ。」と思っていた口だし。ケンちゃんの家の家業の移り変わりを見ると、当時の流行りも垣間見える様で面白くも在る。
宮脇健氏は初代のケンちゃんを務めた訳だが、その後の彼の人生に関しては、申し訳無いけれど「考えが甘いなあ。」と思う事が多かった。「嘗ての栄光が忘れられず、『夢よもう一度。』といった甘さから、様々なトラブルに巻き込まれた。」という印象が在るので。
ケンちゃんの弟・ケンジ役で登場し、後に二代目ケンちゃんとなった岡浩也氏。クリクリっとした目が印象的な子だったが、ネット上の情報によると今は精神科医をされている様で、確かに名前を検索するとそれらしい方が居られる。「意外な転身」と言えるかもしれない。
ケンちゃんの妹と言えば、一番印象的なのはトコちゃんこと佐久間まゆみ(佐久間真由美)さん。「がんばれ!!ロボコン」(動画)での大山みどり役等、当時売れっ子の子役の一人だったが、70年代後半辺りからTV番組でその姿を見掛けなくなってしまった。数年前に刊行された宮脇氏の自伝によると、1986年に当時銀座でホステスをしていた彼女に会いに行ったとの事。今はどうしているのだろうか?
自分の場合で言えば、通しで見た最後の作品は「スポーツケンちゃん」。ケンちゃんシリーズの「御父さん」と言えば自分は「この人!」と思っている牟田悌三氏が(同シリーズで)最後に御父さん役を務めた作品がこれで、思えば最初に見た「すし屋のケンちゃん」が御父さん役として彼が初登場した作品。昨年80歳で亡くなられたが、良い役者の一人だった。
御母さん役は岸久美子さん、御爺さん役は有島一郎氏、御婆さん役は風見章子さんという思いが自分の中には在る。有島氏以外は、今も御健在の様だ。
同シリーズの脇役と言えば、パッと頭に浮かぶのは4人。巡査役を務めていた坂本新兵氏は当時の子供向け番組に数多く出演されていたが、1996年に61歳の若さで亡くなられている。
「すし屋のケンちゃん」ではサチコ役、「ケーキ屋ケンちゃん」ではユミ子役を演じていた岸ユキさん(「サインはV」【動画】での松原かおり役も印象的。)、現在は農業関係の仕事もされているとか。
「マンガさん」や「なみださん」等の役名で出演していた進士晴久氏。「龍角散トローチ」のCMで彼が口にした「・・・と、日記には書いておこう。」は当時流行語にもなったが、こちらの情報によると芸能界を引退されて医療関係の仕事をされている(いた?)様だ。
そして残る1人は、「おそば屋ケンちゃん」だったかで「デカパンさん」役を演じていた大井小町さん。森久美子さんを思わせる大柄な女性で、記憶違いで無ければ小林亜星氏が昔立ち上げた「大ピ連」(大日本肥満者連盟)のメンバーだったと思う。61歳の今でも現役で頑張っておられる様で、顔の感じは昔と余り変わっていないのが嬉しい。
すなわち9時前まで起きていられるのですが
平日は8時台には就寝させられていました。
メチャクチャ、早寝な子供でした。
だから「ケンちゃんシリーズ」は
見た記憶がありません。
残業や飲み会で遅い電車で帰ってくる時に
車内に塾帰りの小学生のを見ることがあります。
「子供の頃からそない勉強せんでもええやん。
おっちゃん、小学生のとき勉強せえへんかったけど、
まあ曲りなりにも、やっていけてるで」
好きで行ってるならいいんですけど
嫌々なら気の毒に、と思ってしまいます。
テレビゲームも携帯電話も無かった子供時代、夜間に「もう部屋で寝なさい。」と親から言われたら、部屋では本当に寝る事しか、する事が無かった。夜の遅い時間に小学生がふらついているなんて事は先ず無かったけれど、今は夜中にコンビニに行くと、どう見ても小学生高学年といった感じのガキんちょが漫画を立ち読みしているのに出くわしたりして、「親は一体何してるんだろうか?」と他人事乍ら心配してしまいます。
幼少期には既に「受験地獄」なる言葉が存在していたけれど、自分も小・中学校の頃は遊びがメインでしたね。川でザリガニを取ったり、一寸した山の中で秘密基地を作ったりと、日が暮れる迄遊んでいた記憶が。そういった自然環境が少なくなり、幼い頃から強制的に塾通いさせられている子を見ると、自分も「可哀想になあ。」と思ってしまいます。親達は彼等の将来を案じて、塾に通わせているのは判っているけれど・・・。