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敷島寛治(しきしま かんじ)は、コロナ診療の最前線に立つ信濃山病院の内科医で在る。1年近くコロナ診療を続けて来たが、令和2年年末から目に見えて感染者が増え始め、酸素化の悪い患者が数多く出て来ている。医療従事者達は、此の1年、誰も真面に休みを取れていない。世間では「医療崩壊」寸前と言われているが、現場の印象は既に「医療壊滅」だ。ベッド数の満床が続き、一般患者の診療にも支障を来す中、病院は異様な雰囲気に包まれていた。
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「神様のカルテ・シリーズ」等の小説で知られる夏川草介氏。そんな彼が「新型コロナウイルス感染症で、真面な医療体制が取れなくなった医療現場。」を描いた作品が、今回読了した「臨床の砦」だ。
「新型コロナウイルス感染症は、2019年12月8日に中国湖北省武漢市で最初に発生した。」とされている。日本で広く認識される様になったのは、「日本で停泊中のクルーズ客船『ダイヤモンド・プリンセス』内で、700人以上の乗客が感染した。」事で、最初の感染者が明らかになったのは、昨年の2月初めの事。そして、昨年3月29日、志村けん氏が新型コロナウイルス感染症にて亡くなった事で、国民の間に一気に警戒感が高まった様に思う。
飽く迄も自分が読んだ範囲でだが、「新型コロナウイルス感染症で、真面な医療体制が取れなくなった医療現場。」を“メイン”にして、此処迄リアルに描いた小説は、「臨床の砦」が初。現役の医師でも在る夏川氏だからこそ、逼迫した医療現場の状況が、ひしひしと伝わって来る。
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「この戦、負けますね・・・。」。(中略)「圧倒的な情報不足、系統だった作戦の欠落、戦力の逐次投入に、果てのない消耗戦。」。ゆっくりと指折り数えていく。「かつてない敵の大部隊が目の前まで迫っているのに、抜本的な戦略改変もせず、孤立した最前線はすでに潰走寸前であるのに、中央は実行力のないスローガンを叫ぶばかりで具体案は何も出せない。」。敷島は指先から顔を上げて、静かに告げた。「国家が戦争に負けるときというのは、だいたいそういう状況だといいます。感染症の話ではなく、世界史の教科書の話ですけど。」。
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新型コロナウイルス感染症が大流行して行く過程は、ニュース番組等で散々見聞して来た。だから、其の過程は良く知っているのだけれど、改めて“1つの医療現場の体制が崩れて行く様”を文章で追って行くと、其の深刻さをより強く感じた。
感染者を救急車で搬送する際、隔離する為に「頭側のダクトから外気を取り込んで、其の儘、救急車の外に排気出来る特殊な袋。」に詰めるが、其れを「アイソレーター」と呼ぶ事や、具体的な構造等、初めて知る“医療情報”も多く、非常に勉強になった。
未曽有の感染症が世界的に大流行して行く中、感染の恐怖から「感染して苦しんでいる人達を匿名で誹謗中傷する。」等し、ストレス発散している様な輩が、少なからず存在する現実。「コロナは、肺を壊すだけではなくて、心も壊すのでしょう。」、「大切なことは、我々が同じような負の感情に飲まれないことでしょう。怒りに怒りで応じないこと。不安に不安で応えないこと。難しいかもしれませんが、できないことではありません。」といった(作品に登場する)医師達の言葉には、「其の通りだよな。」という思いが。
総合評価は、星4つとする。