ば○こう○ちの納得いかないコーナー

「世の中の不条理な出来事」に吼えるブログ。(映画及び小説の評価は、「星5つ」を最高と定義。)

「もう一人の力道山」

2006年07月18日 | スポーツ関連
老若男女を問わず、「力道山」という名前を知らない人は少ないのではないだろうか。戦後の混乱期から高度経済成長期に到る世相を取り上げる時、その映像や文献には必ずと言って良い程、プロレスラーとしての力道山氏が登場するからだ。相撲の世界を飛び出し、それ迄の日本では馴染みの薄かったプロレスの世界に飛び込んだ男。敗戦により自信を完全喪失していた国民は、彼が巨大な体躯の外国人レスラーに敢然と立ち向かい、空手チョップでマットに沈めて行く姿に喝采を上げ、自信を取り戻して行ったと言われる。「戦後日本の最初のヒーロー。」、「天皇の次に有名な日本人」等と評された彼が、実は朝鮮半島(現在の北朝鮮統治範囲。)で生まれ、金信洛(キム・シンラク)という名を持つ朝鮮人だったというのは、今でこそ広く知れ渡っているが、当時は殆ど知られていない話だった。

先日、プロレス関連の記事「”血笑鬼”グレート・東郷 Part1Part2」をアップした際、かんちゃん様から紹介された本が「もう一人の力道山」だった。この本の著者は在日コリアン3世の李淳馹氏で、北朝鮮へ実際に渡航して関係者に取材する等、過去の力道山関連の本を凌駕する力作との事で、これは是が非でも読まなければと思って手に取った次第。

相撲取りになるべく、故郷の朝鮮半島から日本に渡った彼。関脇の地位迄上がったものの、相撲協会に対する不満を募らせて、自らを切り落とし廃業してしまう。その不満が何だったのか、今となっては真実を知る由も無いが、彼の空手の師で在り、”空手チョップ”の名付け親でも在った「拳道会」の総帥・中村日出夫氏は、彼から「朝鮮人だから番付が上がらないんです。」という言葉を直接聞いたのだそうだ。協会関係者の中には彼が朝鮮人で在る事を知っていた者も居り、差別でかなり苦しんでいたという。そして彼はプロレスの世界に足を踏み入れる事となる。

皮肉な一致と言えるだろうが、彼が栄光の座に在った相撲界から去った1950年は、彼の故郷の朝鮮半島で韓国と北朝鮮が主権を争い、朝鮮戦争を誘発した年でも在った。最愛の家族を半島に残して来た彼にとって、異国の地でその身を案ずる事しか出来なかったというのは、何とももどかしく不安だった事だろう。そして、故郷は北と南に分断されて行く。

プロレスラーとして頂点に登り詰めながらも、己が出自な迄に隠し通そうとしていた力道山氏。自らの国籍の事を知っている同胞と会う時でも異常な迄に人目を避け、電話で話をする時も盗聴を恐れる余り、鼻を摘んで声を変えて話していたとも書かれていた。そんな一方で、帰る事が許されない祖国を思い、唐突に同胞へ電話をして、只管アリランを歌う事がしばしば在ったという彼。日本人として、大ヒーローを演じ続けなければならなかった者の悲哀が其処には在った。

彼の周囲には日本の政財界だけでは無く、韓国や北朝鮮の要人達の姿が見え隠れしている。プロレス界の頂点に立っていた彼を、政治的にも利用しようとしていた人間が多かったという事だろう。

1963年12月8日、赤坂のキャバレー「ニュー・ラテン・クォーター」で暴力団員に力道山氏は腹部を刺される。担ぎ込まれた山王病院で手術を受け、全治二週間と発表されたのだが、その1週間後に受けた”不可思議な”再手術の後に彼の容態は急変し、帰らぬ人となってしまう。「力道山がこのまま病院に居たら殺されるので、出してくれ。」と、見ず知らずの人間から言われたと力道山氏に近しい人物は語っていたという。そしてその息子は、力道山は朝鮮人で在ったが故に殺された事は間違い無い。しかも、朝鮮人として帰国しようとしたからこそ殺された。と著者に語っている。

力道山氏という戦後の大ヒーローを取り巻いていた政治的な。彼を中心に置く事で、日・朝・韓の利害関係が如実に浮かび上がっている。単なる”力道山物語”では無く、当時の政治&社会の裏面を知るという意味でも興味深い本だと思う。*1

こんな読み応えの在る本を紹介して下さったかんちゃん様に、改めて御礼を申し上げたい。

*1 日本テレビの開局に、様々な意味で”朝鮮”がキーワードとしてなっているというのは、実に面白い話だった。

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10 コメント

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こんばんは (水無月)
2006-07-18 21:52:41
力道山、名前は知っています。

実は朝鮮の方であることも、中谷美紀さんが奥様役を演じた映画の記事で初めて知り、ちょっとびっくりしました。

彼の死の真相、とても気になります。
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力道山 (菜桜)
2006-07-18 22:27:58
こんばんはぁ~

お久しぶりです。ジャイアンツ、連敗、連敗で、淋しい、腹立たしい気持ちです。

力道山、私も知っています。最近北朝鮮生まれと、知りました。お相撲してたのですか?

そう言えば、お相撲さんの四股名ですよねぇ

それにしても、北朝鮮本当に近くて、ある意味、遠い~遠い国ですね。

なんとか、ならないのでしょうか?
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力道山のルーツ (破壊王子)
2006-07-19 00:17:14
今では専門誌でも普通に朝鮮出身であることを平気で書いているけれど、本当にここ数年の流れです。少なくとも昭和の空気では一部でしか語られませんでした。

もう絶版になりましたが門茂男(故人)の書かれた本なども面白かったです。

馬場や猪木の入門時の経緯も、オフィシャルなものと違って非常に生々しく書かれたものです。







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>葉桜様 (giants-55)
2006-07-19 02:23:22
書き込み有難うございました。



連敗していた事にも苛立ちを感じていましたが、何よりもジャイアンツというチームをどういう方向に持って行きたいのか、指揮官の方向性が全く見えない事に遣り切れなさを感じていました。それに、明らかにその適性に疑問を感じるコーチを一軍に置き続けているのも理解不能。ゴルフ仲間か何か知りませんが、公私混同せずに、駄目なら駄目でスパッと切るのも指揮官としての役割じゃないでしょうか。



力道山が力士だった事を、最早知らない世代も多いのかもしれませんね。自分だってプロレスが好きで、関連本を読んだりしていたので知っていた訳で、元からプロレスラーだったと思われても致し方無いと思います。



御隣の国の韓国ですら、政治的に距離が開いてしまった状態ですので、況や北朝鮮は本当に遠い国という感じがしますね。韓国を訪問した際、38度線の向こうに在る大地を望遠鏡で見ましたが、山は丸裸(燃料不足で木々を伐採しまくった為?)だし、団地らしき物が在るものの誰も住んでいる気配が無かったり(ハリボテ?)と、異空間という感じがしました。
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ご満足いただけたようですね。 (かんちゃん)
2006-07-21 22:15:11
この本をお奨めしたその翌日にテポドンが発射された時には絶句しましたが、お読みいただき、ご満足いただけたようで嬉しく思います。



僕も力道山が朝鮮の出身であるとは、いつのまにか知っていました。彼がヤクザに刺されたのも、興業をめぐるトラブルから、ヒットマンに狙われたものだと誤解していました。



彼のルーツを追うことが、まさに「もうひとつの戦後史」となろうとは!南北対立の歴史も生々しく知ることができました。



著者へのインタビューを読んだことがありますが、意外にも李氏は力道山が同胞であることを知らなかったのだそうです。



グレート東郷に関する本では、「プロレスの味方」村松友視氏が、日系人レスラーの屈折した愛国心を探った、「七人のトーゴー」という本がありました。



http://www.amazon.co.jp/gp/product/4167328011/503-2746411-5423968?v=glance&n=465392
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評伝 (kimion20002000)
2006-10-05 02:12:14
TBありがとう。

紹介されている本は、読み応えありそうですね。

力道山は、評伝が100冊近く出ていますね。

だけど、政治の暗黒に触れた評論は、ごく少ないです。

存命中、ほとんどの人は、日本人だと思っていました。僕は10歳ぐらいなんだけど、朝鮮人と知らされていました。それはまるで、タブーを口にするように、秘められた声で伝えられました。

現在では、芸能や歌手やスポーツ選手で、朝鮮半島の出自の方も、自分の尊厳を持って、カミングアウトすることが、普通になってきましたね。
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ありがとう (りりー)
2011-07-18 13:20:00
「もう一人の力道山」は本当に読み応えがありました。ありがとうございました。
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>りりー様 (giants-55)
2011-07-18 13:54:00
書き込み有り難う御座いました。

此の本はかんちゃん様に紹介して戴いて読んだのですが、読み応えが在って、アッと言う間に読み終えてしまいました。多くの方に読んで戴けたらと自分も紹介させて貰った経緯が在りますので、御満足して戴けた事、本当に嬉しいです。

今後とも何卒宜しく御願い致します。
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有難うございます。 (pcflily)
2015-11-12 14:20:50
力道山の悲しみは在日朝鮮人の悲しみでもあります。
日、米、南北朝鮮の政治的な闇にまでかかわっていることを、読み込んでくださってありがとうございます。現在もこの醜い闇は続いています。
一人の人間としては、誰もが理解し合い、ともに仲良く暮らせるのに、権力を持つものが、自分の利益のために、普通の人を巻き込んで、戦争まで起こしています。
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>pcflily様 (giants-55)
2015-11-12 16:14:18
初めまして。書き込み有難う御座いました。

「自分よりも弱い立場の人間を作り出し、そういった人達を執拗に叩く事で、自分の憂さ晴らしを図り、自分がより高い立場に在ると充足感を覚える。」というのは、程度の差こそ在れ、少なからずの人間に見受けられる事。斯く言う自分も、そういう部分が零かと問われれば、「はい。」と断言出来ない。

そういう風潮が世界で強まっており、わが日本も例外では無い。「自分さえ良ければ、他人の事なんか知った事では無い。」という考え方の広まりと歩調を同じくし、不条理な弱者叩きに嬉々としている連中が増えている。投嘆かわしい話です。

今後とも何卒宜しく御願い致します。
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