ば○こう○ちの納得いかないコーナー

「世の中の不条理な出来事」に吼えるブログ。(映画及び小説の評価は、「星5つ」を最高と定義。)

ズバリ聞きます!(1)

2005年11月11日 | 「ズバリ聞きます!」
しばしば、世の中の不条理な出来事に吠えている当ブログだが、不条理という切り口ではなく、民意が割れそうなテーマ、若しくは圧倒的に一つの方向に民意が流れそうなテーマに付いて、”敢えて”民意を問うてみたい。俎上に載せるテーマは、基本的に”私見”が揺れている事柄を抽出して行きたいと思っている。「広く御意見を頂戴する事で、自らの頭の整理を図りたい。」という、実に私的な理由からの試みな訳だが、出来ればシリーズ化して行きたいと思っているので、多くの御意見を頂戴出来れば幸いだ。

因みにタイトル名(シリーズ名)は、今や”あの人は今?”的な存在になってしまった政治評論家の俵孝太郎氏が、ニュースキャスターを務めていた頃に多用されていたフレーズ、「今晩は、俵孝太郎です。私はズバリ聞きます!」を意識して付けたものである(笑)。

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[懲戒解雇は厳し過ぎ?]

東武鉄道の30歳代の運転士が、長男(3歳)を約4分間、運転室に入れて乗務したとして、同社が懲戒解雇を決めた事に対し、同社に『処分が厳し過ぎる。』等と抗議する電子メールや電話が殺到している。」という。昨夕迄に電子メール約240件、電話約190件が寄せられ、その大半は「けじめが必要なのは判るが、解雇は厳し過ぎるのではないか。」、子供が成長して、自分の為に父親が職を失ったと知ればショックを受ける。等、解雇の取り消しを求める意見というのだが、同社は「重大な規則違反で、解雇の方針は変えない。」と主張しているのだそうだ。

実は、先だっても似た様な記事を目にした。「飲酒運転をした教員に対し、横浜市教育委員会が”原則”免職の所を、『指導熱心な先生だった。』という理由で停職三ヶ月の処分に留めた件を巡り、同市の中田宏市長が『甘い。教育委員にも自覚を持ってもらわなくては。』と対応を批判した。」というものだ。同市長は、「何だかんだと理由付けし、原則を捻じ曲げて特例を作り上げて行くと、規律が保てなくなる。」とも述べている。

どちらの件も、「原則を厳格に適用するには厳し過ぎる。」という声が上がるのは理解出来る。先般、或る記事で「郵政民営化関連法案を巡って、『賛成議員は全て正しく、逆に反対議員は全て間違っている。』という捉え方で、反対議員を徹底的に排除する政府の姿勢が支持を集めている様に、昨今は白黒を明確に打ち出す事こそが正しいという風潮を感じる。もう少しファジーな部分が在っても良いのではないかと思うのだが・・・。」といった事が書かれていたが、差し詰め今回取り上げた2件は、そういったファジーさが介在すべきか否かに関わって来る問題だろう。

私見を書きたい。

東武鉄道の運転士に関しては、厳罰を以って処されるべきだろう。と言うのも、多くの命を預かっている身としては、一寸した気の緩みが大事故を誘発し兼ねないからだ。「この程度なら大丈夫だろう。」といった思いが、徐々に規範遵守意識を下げて行き、人為的な事故を起こす事は充分想定出来る。唯、同社に『どの様な行為が、どの懲戒処分に当たる。』という明確な基準が無い。という事も考え合わせると、解雇は行き過ぎな気がする。最悪でも、職級降下で良いのではなかろうか。

横浜の教員の件に付いては、中田市長の意見に賛成だ。教育熱心な先生だったかもしれないし、生徒からも愛されていた先生だったのかもしれないが、原則として免職という既定に触れる事項で在れば、例外は認めるべきではないだろう。ましてや、飲酒運転というのは明確な違法行為で在る。情として忍び難い所が在るのは判るが、「涙を揮って馬謖を斬る」の故事も在る様に、原則に則り毅然とした処置を為さなければ組織は崩壊して行くもの。厳しい様だが、こちらの件に関しては免職を言い渡すべきだと思う。
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さて、皆様の御意見は如何だろうか?
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25 コメント

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>ken様 (giants-55)
2005-11-23 00:46:20
御意見を纏めて書いて戴きまして、有難うございました。



法治国家で在る以上、法に則った処罰でなければ自分もいけないと思っています。故に、今回の処分にはどうにも納得行かない部分が在ります。



唯、ken様とは見解を異にしてしまう部分だとは思うのですが、”法律に則っている”ので在れば、其処に見せしめ的な色合いが滲み出ていても良いのではないだろうかと思う事が多々在ります。それは、法による処罰と犯罪行為の残虐さのバランスが余りにも不均衡に思える場合なのですが、被害者サイドの事を考えると、法律に則った処分が為されるのは当然ながら、其処にに見せしめ的な部分が或る程度無いと、今の様な加害者側に”優しい”社会では駄目なのではないかと。



法律を少しは齧った人間ですので、本来はこんな考えを持ってはいけないのでしょうが、理不尽で残虐な事件ばかりが報じられる世の中に在っては、ハムラビ法典的な考えがどうしても頭をもたげてしまいます。性善説が成立している理想国家ならば未だしも、今の世の中では性悪説的な捉え方で行かないといけない部分も在る様に感じられるのが素直な気持です。



P.S. 警察官に違反切符を一度切られた事が在るのですが、ken様が書かれておられた台詞とほぼ同様の事を言われ、かなり憤慨した経験が在ります。どうやら、警察内部の「ノルマ達成月」だった様なのですが、全くこんな言い分は納得出来ないです(笑)。
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生け贄の羊って (ken)
2005-11-22 22:20:12
今回の運転士懲戒解雇の件で、「生け贄の羊」論や、「見せしめ」論があることに不安を感じています。



私は、東武鉄道が行った懲戒解雇について、手続的な不備、問題点があると考え、懲戒解雇反対の立場をとっています。



解雇賛成派、解雇肯定派では、法令、服務規程の厳格な適用、及び、職責に対する責任の重さを理由にした意見があります。



しかし、一部で、福知山線事故の後を受けた「時期的」問題、過去に起こった事件を例に、「生け贄の羊」「見せしめ」的な意見があることに、不安を感じています。



司法の中でも、過去の判例に倣うことはありますが、基本的に、問題は、それ単独で扱われるもので、他の問題と混同することはあってはならないと考えています。



原因、経過、結果が同じ様な事件があっっても、それは、あくまでも別々の事件であり、全く同じではありません。



また、法治国家である日本では、「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」(憲法14情)とあります。通説は、「平等とは、絶対的・機械的平等ではなく、相対的平等を意味する」と解釈します。

相対的平等とは、同一事情・条件の下では均等に取り扱うということです。

 税金を例にすると、同じ年収 500万円の人は、同じ税金を払っています。しかし、条件が違えばそれに応じて差を設けています。法はこれにより平等を達成している訳です。



上述の通り、法治国家である日本では、法律に沿った処分あるが、「生け贄の羊」「見せしめ」的な処分があってはならないのです。



もしも、会社側に「生け贄の羊」「見せしめ」を意図した処分であれば、法治国家に存在する日本の企業というよりも、前近代的な(江戸時代の様な封建的な)企業と言えます。



凡人の私は、一生のうちで、過ちを犯すことが無いとは言えません。事実、私も過去に交通違反で反則金を納めたことがあります。



その処分にあたり、「一罰百戒、可哀想だけど、貴方は厳しく処分するょ。先日、大きな事故があったしネ」なんて言われたら、どうしますか? 私は納得できません。皆さん納得できますか?



私たちと問題の運転士は、立場は違えども同じ日本国民です。彼に起こることは、私たちにも起きる可能性があります。



我が事と考えた時、真に納得ができる、適正な処分を求めることは、社会生活を営む上で重要な視点と考えます。
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>ken様 (giants-55)
2005-11-21 14:25:37
貧乏暇無しとは良く言ったもので、ここ数日無駄に忙しい日々が続いています。皆様へのレスも遅れがちで申し訳在りません。



今回の件ですが、もし大事故になっていたら、又全然違った世論動向になっていたでしょうね。大事故に到らなくても、例えば状況が「若い運転士とその恋人」とかいう感じだったら、今回程運転士に擁護的な意見が殺到したかどうか・・・。それを考えると、余計に今回の問題は難しいですね。



P.S. ”ネスケ”だと上手く動作しないのですか?昔はネスケ・ユーザーでしたが、今はIEなのでその辺の事情が判らなくて済みません(^o^;;;。
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回答、ありがとうございます (ken)
2005-11-20 22:58:46
やはり、反響があると、投稿しても嬉しいです。

改めて、私の考えを整理して、投稿したいと思います。



それにしても、こちらは「Netscape 7.02」では、上手く動作しないようですね。「Mac」で、かつ「Netscape」ユーザなので肩身が狭いです。



デハ、デハ...
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>通りすがり。様 (giants-55)
2005-11-20 15:17:21
書き込み有難うございました。



比喩としては適切ではないのでしょうが、昔は”発禁モノ”と呼ばれる物が結構在りました。レコード(CDじゃない所に時代を感じますが(笑)。)や小説等で御上からの意向によって、又は御上からの意向を汲んで発売元が自主的に発売禁止を決めた物ですが、大概は性的表現や差別表現、為政者にとって不都合な表現といった物が、発売禁止に到った要因でした。しかし、今の感覚で問題になった部分を見てみると、「何でこんなのが発禁処分食らうの?」と思うレベルだったりします。



今回の解雇処分も、通りすがり。様が触れておられる様に、鉄道会社への風当たりが強い今だからこそ為された処分というのは自分も感じます。そういう意味では、”こんな時”に軽率とも思える行動を取ってしまった当該運転士は、認識が甘過ぎたとも言えます。



それは重々判ってはいるのですが、個人的にはそれでも厳し過ぎるなあという思いが拭い去れないのも事実なんですよね。様々な部分で”緩み”が出て来ている御時世だからこそ、スケープゴート的な見せしめ処分も必要だとは自分も思っているのですが、今回の件はどうしても気の毒だなあという思いが湧いてしまって・・・。難しいです。
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それはそうですが・・・ (通りすがり。)
2005-11-20 07:26:22
 Kenさんの主張も55さんの主張も理解できます。



 が、やはり時期というものがあるのではないでしょうか。あれだけ鉄道各社への風当たりが強い中、その興味の中心である運転士が、やはりこの時期にして許されることではないということです。



 当然会社にとってはスケープゴート的な処分ではあるでしょう。しかしそれだけの姿勢を見せなければモラルが守られない、まさにモラルハザードが至る所で起きているのではないでしょうか。



 決して鉄道会社だけではなく、一般のサラリーマンでさえ今後はコンプライアンスを心がけなければこうなる、という指針になるのではないかと思います。
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>ken様 (giants-55)
2005-11-20 02:49:58
初めまして。書き込み有難うございました。



この記事を書いて以降に新聞報道で知った事実が在りました。それは、今から32年前に南海鉄道の列車がトラックと衝突し、多くの死傷者を出したという事故の事です。何でも、当該列車の運転手は運転席に自分の子供を入れ、その子を抱えながら運転していたのだ

そうです。そして、踏切でトラックに衝突する直前にブレーキを掛ける事も無く、子供と共に列車から逃げ出したとの事で、東武鉄道の上層部が今回の一件で判断を下す際に、この事故の事が念頭に在ったのかもしれないと書かれていました。今回は”たまたま”事故が起こらなかったから良いものの、事故を起こし兼ねない行動を為したという事で、厳罰に踏み切ったという面は在るのかもしれません。



又、何でもかんでも杓子定規に斬り捨てるのは自分も反対なのですが(潤いの在る社会の重要性も感じていますので。)、唯、法的な解釈に於いては出来るだけ”情”の部分を排除すべきではないかというのが自分の考えです。



以前にも書いたのですが、「死者に鞭を打たない。」という日本人の美意識(情)が、結局の所、近年になって悪い意味でドッと出て来ている様に感じるのです。疑獄事件等が起こった際、誰かが人身御供の形で自殺する(させられる)事で、徹底追及を止めて有耶無耶にされ、その事で問題の根が絶たれず、繰り返し同じ様な事が起きるという悪循環を招いている。だからこそ、情に流されずに徹底的に罰を与える事が必要なのではないかと思うのです。



しかし、そういった事を念頭に置きながらも、今回解雇処分が為された事には、抵抗を覚えています。と言うのも、”情”の部分も在りますが、それ以上に東武鉄道の処罰規定に明確な処罰基準が無く、結局の所、上層部の裁量に委ねられているという事が抵抗感を強くしています。「法に定められた事には、情を出来るだけ挟まずに、法を厳格に適用すべき。」とは思いますが、「法に厳格に定められていない事で在れば、情の部分で或る程度斟酌しても良いのではないか。」というのが自分の思いです。



違法行為を為した御偉いさんが形の上で解任されても、実際には関連会社に天下るといった理不尽な事がしばしば見受けられますが、こういった事は言語道断な話。でも、今回の運転士さんに関しては、解雇はされたものの、関連会社に再就職させていたという”裏”が在って欲しいです。



これからも宜しく御願い致します。
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「懲戒解雇」反対 (ken)
2005-11-20 01:01:20
はじめまして。既にこの運転士の「懲戒解雇」は、実施されました。しかし、「処分が済んだら終わる」ことではないと思っていますので、私も投稿しました。



東武鉄道の下した処分に対して、解雇反対のmailや電話が多数寄せられたことを、単に「感情論」と片付けることにも、違和感と危機感を感じています。



多くの投稿を寄せた背景には、東武鉄道や報道等、表面に出ないまでも、多くの反対意見を持った市民がいたことと思います。



私は、職務上の過ちがあれば、法令、服務規程に拠って処分されることは当然と考えています。しかし、一方で、下される処分の重さには、相応の検討がなされるべきです。私は、この度の処分は、運転士に対して過酷なものと考えます。



問題を処理するにあたって、今回の処分の様に「厳罰」で臨む手法もあるでしょう。

私達の社会では、罪を犯せば、当然、罰を受けます。その罰は裁判によって、原因、過程、結果の様々な要素を被害者、加害者の双方の視点から、罰の重さを検討(量刑)します。



給与所得者(サラリーマン)にとって、「懲戒解雇」は「死刑」に等しい極刑です。その処分の重さに、違和感や不条理を感じる方が多いということです。



私は、この運転士の処分にあたっては「運転士として更生する機会」を与える事が、重要な判断基準だと考えています。



多くの方が、今の世相に閉塞感や不透明感、漠然とした不安を感じているのではないかと思います。



私たちは、良い意味でも悪い意味でも、人と人との繋がり、「和」の中で生きています。

私たちは、他者へ(弱者へ)の「思い遣り」や「優しさ」を重視します。「人の情(なさけ)」です。

今や、欧米から輸入した個人主義が、社会の隅々に浸透し、個人の権利と義務が、人と人との関係の中で大きな意味を持っています。しかし、急速に変化する個人主義への流れの中で、権利主張に偏重した傾向があるのではないかと考えています。



東武鉄道と、東武鉄道が下した懲戒解雇という処分に同意する方は、恐らく、罰の重さの点で「懲戒解雇は適当」との考えなのでしょう。

この運転士は義務を果たさず、自らの過ちによって、乗客の権利を侵害したのですから、処分は当然です。



自分の権利は侵害されたくない...誰も同じです。しかし、他者の権利を「全く侵害せず」生きて行く事ができるでしょうか?

私は私を含め、誰もが、お互いに「迷惑をかけあって生きている」と考えています。

ここで、もう一度、「懲戒解雇」が適当な処分なのか、様々な視点から、慎重な判断が必要です。



法令も規則も、人が運用するものです。感情的と指摘を受けると思いますが、「人の情」を抜きにして、この社会は動きません。



懲戒解雇処分への反対意見には、処分内容が過酷であるとの考えを持つ方が多く含まれていると思われます。



この処分を受けた運転士は、過ちを犯しました。しかし、その内容は、単に懲戒解雇という、「排除」の論理ではなく、権利と義務に「人の情」を加え、社会として会社として、運転士が運転士として更生の機会を与える、温かい処分を望みます。



私は、「人の情」を大切にする社会で生きて行きたい。私の子ども達も、成長して欲しいと思っています。
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>ゆうま様 (giants-55)
2005-11-14 01:47:36
初めまして。書き込み有難うございました。書き込んで下さった方のブログにレスを付けさせて戴く形を採っているのですが、貴ブログのURLを失念してしまいました為、こちらに付けさせて戴く失礼を御許し下さい。



ブログの良さって、今回の様に自分の判断に”迷い”が生じた際、多くの方々の御意見を参考にして、自らの考えの方向付けが出来るという所にも在ると思うんです。今回、多くの方々から貴重な御意見を頂戴出来、感謝感激です。



”理”の部分では、危険が生じる可能性がゼロでは無い事を考えると、処分は致し方無いと思うのですが、とは言え、”情”の部分ではゆうま様が書かれている様に、小さな御子さんを抱えた御家族の主が、或る日急に職を失い路頭に迷うという事に、どうしても抵抗を覚えてしまうのが本音です。勿論、あからさまに解雇処分と思える事柄を為した場合は、弁護の余地は無いのですが、やはり処罰規定が曖昧という中では、今回の解雇処分は重過ぎるのではないかなあと感じてしまいます。



これからも宜しく御願い致します。
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お久です(^^) (彩木 翔)
2005-11-14 01:46:00
聞き分けのないタイプの幼児を、重要な計器類や

ボタンスイッチなどのある運転室に勝手に入れる事が

どれだけ危険な行為であるかを考えると、やはり

重大な過失と言わざるを得ませんですね・・・。

ドアの開閉ボタンや、緊急停止のスイッチなど

ヘタに押されようもんなら、大変でしょうしね・・。



ところで、いい企画を始められましたね

いつも発作的、刹那的な書き込みで済みません
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>通りすがり。様 (giants-55)
2005-11-14 01:18:55
書き込み有難うございました。



この件を知った際に、一番最初に頭を過ぎったのは、「もし自分が当事者だったら、どうしていただろうか?」という事でした。「もし、子供が同じ様な行動をしたら、自分はどうしていただろうか?」という事から始まって、「もし、解雇処分を言い渡されたら、自分はどうしていただろうか?」という事迄。前者に関して言えば、運転室に入れる事は無かったと断言出来るのですが(と言うのも、亡くなった父親が昔気質の人間だった為、幼少時から「職場に家族が電話をしたり、入り込んだりするものではない。」と常々言われて来た事が大きく影響しています。)、後者に関しては、「先ず不当処分として訴えるだろうなあ。」と。他の方へのレスでも触れていますが、やはり東武鉄道の処罰規定に、明確な処罰基準が無いという事が大きいです。



一つ対応を誤ると、徹底的にマスメディアに寄ってたかって叩かれる昨今の風潮に加えて、列車に関連する死傷事故が続いた事も大きく影響し、内外に「これだけ厳しくやっているのだ。」というアピールとエクスキューズを兼ねたものだった様に思います。
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>光一様 (giants-55)
2005-11-14 01:06:39
初めまして。書き込み有難うございました。書き込んで下さった方のブログにレスを付けさせて戴く形を採っているのですが、貴ブログのURLを失念してしまいました為、こちらに付けさせて戴く失礼を御許し下さい。



光一様もそうでしょうが、今回の一件を初めて見聞した際、多くの方があの福知山線の大事故を思い浮かべた事と思います。自分もその一人でした。だからこそ、大きな事故に繋がり兼ねない事項に付いては処罰対象になるのは致し方無い事と思うのですが、とは言え、東武鉄道の処罰規定では具体的な処罰基準が無いと報じられている事を鑑みると、どうしても解雇という処分は重過ぎるのではないかという気持ちが捨て切れないんです。でも、「今回は事故に結び繋がらなかったから良いものの、大事故に直結してしまったら、同じ様な考えで居られるか?」と問われると、「うーん。」と唸ってしまうのも事実。難しいです・・・。



これからも宜しく御願い致します。
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>伊藤様 (giants-55)
2005-11-13 02:40:12
初めまして。書き込み有難うございました。そちらのブログの方にレスを付けさせて戴こうと思ったのですが、コメント欄がございませんでしたので、こちらに付けさせて戴く失礼を御許し下さい。



東武鉄道の処分規定に、「こういった場合には、こういった処分となる。」といった明確な基準が無かった事が、今回の問題をより複雑にさせている様に思います。この件に関して、全ての情報を知っている訳では在りませんので何とも言えないのですが、例えば「前例に基づいて解雇処分となった。」というので在れば、未だ納得出来ると思うんです。そういった前例も無く、且つ処分規定も曖昧というので在れば、伊藤様とは逆の意見になってしまうのですが、解雇という処分はどうしても厳し過ぎる様に感じられてなりません。



これからも宜しく御願い致します。
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TBありがとうございました (ゆうま)
2005-11-13 01:48:46
賛否両論の意見が多くてとても参考になりました。確かに操縦室のドアを開けなければ子供は入ってこなかっただろうし、次の駅で母親が子供を降ろし、ゆっくり宥めるべきだったのではと考えます。でもやはり懲戒免職は厳しいのではと…いきなり職なしになってしまったら、一家4人はとても暮らしていけないでしょう。もう少し温情があってもよいのではと思いました。
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トラバありがとうございます! (ウフフマン)
2005-11-13 00:28:05
運転手の問題は、当然ルール違反ですから、処罰されるべき問題でありますが、ルール自身が曖昧であるということが、ルールの存在自体をあやうくしているということがあると思います。それは、東武鉄道の質を表しているとは思いますが。それはそれとして、やはり、日本はルールや法律が西洋と比べて母性的でありますから、ファジーであります。ですから、裁くものの気持ちひとつで左右される、情で変化するという流れがあります。今回の事件自体が、その日本的なものを露呈しておりますね。ですから、結果が何であっても批判がでて、正解がないんだと思いますが。
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そうなんですけど。 (通りすがり。)
2005-11-12 21:11:13
 55さん、山さん、DMersさんのおっしゃることも確かにその通りですし、もし自分が当事者なら裁判をしてでも不当解雇だと訴えるでしょう。



 ただ、時期を踏まえなければいけないことってありますよね。

 恐らく鉄道会社各社ではJR事故以降、綱紀粛正の徹底を社員全員に通達していることでしょう。にもかかわらず覚せい剤を打ちながら貨物を運転するわ、携帯で話しながら運転するわ、何件かの不祥事が続きました。そんな状況の中起こった今回の件ですから、会社側としては強い対応をせざるを得ないのではないでしょうか。

 もちろん内外に対するアピール的な意味も含めて。
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私の意見 (光一)
2005-11-12 20:59:24
トラックバックありがとうございます。

東武線の件ですが、懲戒解雇は仕方ないと思います。

どんな理由があっても、関係ない人間を運転席に入れることは間違っています。

一つ間違えれば、大きな事故にも繋がりかねませんから。

それより、長男と一緒に居た母親に一番問題があると思います!!
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TBありがとうございました。 (伊藤)
2005-11-12 13:43:24
運転士の件は、基準が曖昧な以上クビにされても仕方ないと思います。

教師の件は、確かに学校側に必要な人材だったんでしょうが、やはりそこは毅然と免職にすべきだと思いますね。
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基準 (DMers)
2005-11-12 10:51:37
「厳」罰というのは、あくまでも主観的な用語だと思います。それが就業規則等の規則に基づいて行われる限り、どのような「罰」であろうと致し方ないと思います。日本国では最大の「罰」は「死刑」ですから、これ以上の「厳罰』はないでしょう。

 しかし今回の東武鉄道の処分がまずいと感じたのは、恣意的に見えた事です。前後の事件への対応のまずさがあり、また「世間」から叩かれるのを恐れた上層部がそれを防ぐ事を目的として、今回の処罰がなされたのではないでしょうか?それを感じました。

 社内の人間ではないので、具体的な処罰規定がどうなっているのかはわかりませんが、同じ監督官庁を持つ、全日空では減給処分、バランスが欠けているなと感じました。「罰』は、罰則規定の元で、動機、行為の不適性の程度、そしてその結果生じた損害状況を総合的に勘案して行われるべきだと思います。つまり人を罰するという事は、それなりに慎重に行い、「世間』だけでなく、「社員」の納得感も必要だと思います。

 「罰』をする事が東武鉄道の事業目的ではなく、安全に快適に運行する事が目的のはず。他の社員が納得できない様な「罰」をすれば、いずれ我が身と思えば、萎縮して、スムーズなコミュニケーションはとれなくなると思います。今回の処罰は長い目で見れば、東武鉄道の管理コストを上げるだけという気がします。
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ニュース記事だけでは状況がわかりにくい。 (『山』)
2005-11-12 10:04:27
お邪魔します。こちらに、他社の写真も載っていたのでちょっと一言、、。



ニュースの記事だけでは、状況がわかりにくいのですが、私の疑問に思っている事です。

処分は当然という意見の方達は、危険性を一番に挙げており、私も何かしらの罰則は当然だとは思いますが、問題はその危険度と処分の重さの比較がされていない様な気がしています。



当時、『危険にさらされた』乗客は何をしていたんでしょうかね。

通報するほどの『正義』をお持ちの方がいて、危険を感じたなら、ちょっと子供の世話ぐらい見てあげれなかったんでしょうか?

もう一人の2歳児の子の世話で運転士の奥さんが手が離せる状況では無かったとしてですが、、。

黙ってみていて、後から会社に文句を言うという事から考えて、そんなに危険な状況では無かったのではないかと想像してしまいます。

また、東武電車の構造ですが、貫通型という車両です。

件のドアを開けた部分は、中間車に連結される時は、単なる通路になる部分です。

通常乗客が通る場所なので、危険な機器はありません。

もちろん運転席と仕切りは無くなる場合があります(ドアの開ける方向によって異なる。)が、その描写が記事には書かれていません。

通路になる場所に座り込んでいただけとしたら、確かに先頭車では乗務員室のエリアですが、目くじらを立てて危険だ!という場所ではありません。深夜では、酔っ払いが小便をするような部分で、その方がよっぽど危険です。

子供の騒ぎ方というのも描写がありませんが、父親の姿をみて『パニック的』に騒いだとしたら、その方が、お客様の迷惑になるという判断が運転士にあったのかもしれません。

乗客の数が少ない区間、時間帯だったという事らしいので、他の乗客が押されて入ってくるという事も考えられませんし。

大体、田舎の路線ですから、運転士の気の緩みというのもあるとは思いますが、処分の内容が懲戒免職というのは、私も異論があるところです。

以上は、ニュース記事に無い部分を運転士側に寄った状況の想像ですが、逆に運転士が笑いながら子供を中に入れたのだとしたら、ある程度の厳罰もやむを得ないと思います。

当時の乗客に状況を聞いてみたいものです。

通報した乗客も、その家族にそれほどの罰を与える事を要求する状況だったと思っているのでしょうか。
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>通りすがり。様 (giants-55)
2005-11-12 00:12:12
書き込み有難うございました。



東武鉄道の件、幾人かの方が書かれた記事を拝読させて戴きましたが、”情と理”の間で心が揺れ動いているという感が在りました。理の部分で言えば、やはり多くの方が福知山線の大事故を念頭に置かれており、気の緩み(気の緩みという言葉が適切でなければ、運転士として取るべきではなかった行為)が大事故に直結し兼ねない事から、処罰(解雇よりも軽い処分も含めて。)は致し方無かったと判断されている様でした。又、情の部分では運転士の子供の将来を慮って、厳し過ぎるのではないかという判断が多数を占めていました。



自分もこの件に関しては、厳罰は致し方ないものの、解雇は厳し過ぎると書きました。その思いは変わっていないのですが、通りすがり。様の書き込みで気付かされた事が在りました。東武鉄道は、あの踏切事故を起こしていた会社だったんですね。その事は頭から全く抜け落ちていました。そういった経緯が在れば、必要以上に厳しい姿勢を内外に見せるのも判らないではないです。でも、やっぱり厳し過ぎると思えてしまうんですよね・・・。



マスメディアに、「世の中のネガティブな欲求を満たして、目を引きたいという気持ち」は在った様に思いますね。特定の存在(人物)を英雄に仕立て上げて、散々持ち上げた挙句に一転して扱き下ろす。又は、その逆を平然と行うのがマスメディアですから。勿論、そうではないまともなメディアも在りますが、残念ながらごく少数派と言えるでしょうね。
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おじゃまします (issie)
2005-11-11 23:58:28
この企画賛成!です。東武鉄道の件て仔細があるんですよね。子供が運転室に入ってきただけで、ふざけたわけじゃないとか。。なので判断はできないんですが^^



運転手は定刻運行を意識したから今回の問題が起きたわけで、時間が遅れても減俸ですむ規程なんですよね。どこの会社も規程は矛盾だらけですが。。



抗議するのは自由だけど純粋に東武鉄道内部の問題という気がします。ただ踏切事故も東武・列車事故も乗り入れの日比谷線。この路線の運用はアンバランスというか信用ができません。。
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Unknown (右打ち職人)
2005-11-11 23:49:00
こんばんわ。

えーっと、あくまで私的の感想ですが、

東武に対しては「辛い」

横浜市に対しては「妥当」

だと思います。



飲酒運転は一つ間違えれば人を殺しますが子供が運転席内に入ったくらいでは脱線することはないでしょう。

しかも学校の教師の場合、月日がたてば塾講師など、何らかの形での教育界復帰が考えられますが、電車の運転士の場合、一度解雇された運転士を他の鉄道会社が雇用することは考えられません。



まあ、わたくしは今年の6月、ポーランドで運転士に誘われ蒸気機関車の運転室に入って記念撮影をしてますので(笑)今回の東武の事件については「解雇はきついんじゃないの?せめて配置転換で」なんて思ってしまうわけです。
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むずかしいデス (miyashiro)
2005-11-11 22:40:36
いつも楽しく拝見しています!



まず先に飲酒運転のほうですが、

1.飲酒について本人の自覚があること

2.自損のみならず他者を巻き込む事故につながりかねない

こと

を考え、全面的に免職とすべきだという考えを持っています。(ただ、余談ですが、前日に深酒をして十分な睡眠をとったにもかかわらず翌日の出勤時に検知された場合は、ちょっと酌量の余地はあるかも...と思います)

それと、今回の件については、「飲酒運転をしたこと」と「熱心な先生」であることは無関係というか、尺度が違う思いまし、原則・免職であることが周知されていた訳ですし。



東武鉄道の件も、上記2の通り他者を巻き込む大事故につながりかねないわけですから免職...といいたいところなんですけど、厳しすぎるというのが私の考えです。ひとつは、免職の明確な基準がなかったこと。それと、この元記事では、泣き叫ぶ我が子を運転席へ招きいれてしまった訳で、我が子を喜ばせるとか楽しませるとかそういった理由ではなかったようですし、時間に発車させたいという仕事への意識との板ばさみからとってしまった行動でしょうから、多少の酌量の余地はあっても良いのではないでしょうか?(もちろん、行為を正当化するものではありませんけど)停職とか減給とかの処罰でも良かったのでは?

残念なのは、そばに同乗していた母親がなんとか対処できなかったものかなぁと思います。



どっちつかずの意見ですみません。ミスター・ファジーことmiyashiroでした(^_^;)
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かわいそうではありますが。 (通りすがり。)
2005-11-11 20:23:37
 以前何度か書き込みさせていただいてます。これ、とても面白い試みですね。私も皆さんがどんな考えを持っているか興味深いです。



 で、標記の件についてです。



 東武鉄道の決断には拍手を送りこそすれ、批判をするのは理解できません。JR福知山線の例を出すまでもなく多くの人命を預かる中で、「子供が泣いたからドアを開けてしまった」と話しているようですが、その一瞬がどんな結果をもたらしていたか。何事もなかったのはたまたまだったと考えてはいかがでしょう。



 増してや都内で職員のミスによって踏切事故を起こした経験のある会社がもし甘い処分をしていたら、それこそ批判の大合唱だったのではないでしょうか。いまの企業に求められている姿勢は、良い悪いは別にして、端から見たわかりやすさだと感じます。



 逆に、本当に子供達がかわいそうだと思うなら、なぜ長男や長女の年齢まで報道する必要があるのか。客観報道というお題目の元、世の中のネガティブな欲求を満たして目を引きたいという気持ちは報道側になかったのか検証すべきだと思います。



 横浜の先生に関しては55さんと同意見です。 
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