2011.11.02(水)
今年5月に知り合った四国歩き遍路での広島のKさん(Iさんだけどどうもバランス取れないので下の
名前の頭文字にしますね)に友人と熊野古道の中辺路を歩きたいと相談されて日程を調整していた
しかしKさんの友人が都合つかなくなって二人で11月の初めに行くことにしていた
と、そこに9月、長引く雨台風がやってきて容赦ない水害をもたらし南紀熊野は随分と傷んだ
あちこちで土石流や川の氾濫、犠牲者も多数出て目も当てられないほどの悲惨な災害が起きた
当然、熊野古道もその被害を免れなかった
2ヶ月も先だが泊まる宿の手配も済ませたばかりだった
だが、直ぐにキャンセルの連絡も入れがたく10月になってようやく
お宿と中辺路観光協会に確認の電話をしてみた
すると小広王子までなら歩けるとの返事を頂き、決心した
一人で行くことにした
広島のKさんにはやはり、ちゃんと全行程を歩けるようになってから歩いてもらいたい
そうして今日を迎えて逸る心で大阪から高速バスで飛んできた
夜行バスがないので駅前に前泊すればと思ったがどうやら口熊野から滝尻王子までの間も
通行には不安な場所があるようなので今回は滝尻からの歩きの出発にした
聖域、熊野への入り口、口熊野と呼ばれるこの紀伊田辺はご存知、武蔵坊弁慶の生誕の地です
ま、諸説ありますけど最有力地には違いないようです
路線バスに乗り継いで滝尻に到着したのはもう昼前
ここに来る道中も富田川の流域の両岸は氾濫の後がそこかしこ
そして311号線もこの滝尻の手前で約1ヶ月、土石が塞ぎ通行できなかったようだ
今も夜間通行規制が敷かれているようだ
土石を完全に除去出来ず道は盛り上がってうねったままで応急修復されている
左上には今にも落ちてくるのではないかと思われる大岩が現れており
地元の人々もビクビクの1ヶ月ぶりの開通、それでもこの突貫工事のお陰で本宮大社への道が繋がった
その半端ない雨量は一目瞭然
滝尻橋も乗り越えて熊野古道館に押し寄せ2mもの高さまで水没
古道館に立ち寄ってみると何だか慌しく係りの人が動いておられる
どうやら明日11/3の祭りのセッティングで忙しいようだ
トイレをお借りして、大水の様子や古道の現状を手早くお聞きし
平安の人々に見送られて
出発です
王子や熊野古道のことは詳しくは和歌山県田辺市www.tb-kumano.jpの熊野古道めぐり地図帳でネ
道路を横切り滝尻王子です
さすがに誰一人歩く人は見当たりません
御参りする人すらありません
この境内も全て水に浸かったのです
お社、無事でよかったです
ここに今日訪ねてこれた喜びと感謝、そして今後も熊野とともにあることを願います
神聖なる霊域熊野への入り口には
近代の皇太子や宮様も訪ねてこられた記念碑がありました
ここを右に取っていよいよ中辺路歩きのスタートです 12:20
これからは山中ですが、いちいち地図を広げないでもこの標識を頼りに進めば問題なさそうです
いきなり急な登りが待ち構えています
なかなか筋肉が解れないまま、胎内くぐり岩に到着
でも、今日はお腹よりもオニューのザックが支えるのでくぐりません
乳岩も見物して行きます
奥州の藤原秀衡が夫人同伴で熊野参りして夫人がここで産気づきこの岩屋で出産して
赤子を残して熊野に向かったが、その子は岩からしたたり落ちる乳を飲み、狼に見守られて無事だったので
奥州へ連れ帰ったそうな、その子が成長して三男、和泉三郎忠衡になったとか???
信じますか???
ふう~~しんどやな~と登ってきたら
不寝王子です 12:40
所要時間は地図帳の時間と同じです、なんとかペースを保っているようです
登りは石段や木の根道になって続きます
ようやく今日の目的地への案内表示が3.0キロになりました
木の根道の登りが続きます
滝尻王子の辺りで標高100mほどこれから向かう高原は300m余り
ま、200mほどの登りを尾根を越えて3.7キロの道のり、時間にして2時間足らず
この調子なら案外早く宿泊所へ着きますね
滝尻王子から500mごとに番号道標も立てられ万が一の通報ポイントもしっかりしてます
剣ノ山経塚跡
最初の急な登りは終わったようで平坦な道になりました
今まで何にも無かった道が急に華やいだ
展望台への案内みつけました
右下へ行けば古道ですが一旦展望台へ登ってみましょう、左上へと階段を登ります
着きました、標高340.7mの飯盛山(めしもりやま)、三角点もあるようですね
眼下に国道沿いの集落が見えています
あの左の山並みの向こうにこの台風の土石流の災害で犠牲者が出た伏莬野地区があるのでしょうか
高いところから合掌です
山頂からピストンせずに下って古道に合流して下ります
丸太の少し急な階段を下って行くと石畳の坂道が現れました
右に左にとカーブしながら下ると林道に出合ます
誰にも出会わなかったので大きな声でよいしょ~とおりたら
バイクのお兄さんがいました
<こんにちわ~お疲れ様です!>と挨拶してもらえました
ちょっと嬉しくて<こんにちわ~~>と笑顔で返して道を横断して直ぐまた古道の石段登りです
針地蔵様は地元の方が守ってくださってるのでしょうね手入れがなされていました
まだ登りの道半ばです、また丸木の階段が出てきました
やっと登りついたところにnhkの小さなテレビ塔がありましたよ
ほう~、やっと平道になりました
仲良く夫婦地蔵様の涎掛けは誰が着けたかハート
なんとなしに里の気配がしたらお家が見えてきました
庭先でお仕事中のご主人に<こんにちは~>
ご主人は<もう500mも行けば神社だよ、頑張りよ>と励ましてくれる
どうやら上がってきたようです、辿り着いたところは高原の郷 13:45
ほ~~~~見晴らしも良くなりました
こんな高台に集落があるのですね~~
今日は、この先の高原熊野神社にお参りしてもうお宿へですから早過ぎです
お昼も食べずに給水だけで到着ですからお腹がペコペコになりました
神社でゆっくり休憩しましょう
続くdddddbbbbbb
今年5月に知り合った四国歩き遍路での広島のKさん(Iさんだけどどうもバランス取れないので下の
名前の頭文字にしますね)に友人と熊野古道の中辺路を歩きたいと相談されて日程を調整していた
しかしKさんの友人が都合つかなくなって二人で11月の初めに行くことにしていた
と、そこに9月、長引く雨台風がやってきて容赦ない水害をもたらし南紀熊野は随分と傷んだ
あちこちで土石流や川の氾濫、犠牲者も多数出て目も当てられないほどの悲惨な災害が起きた
当然、熊野古道もその被害を免れなかった
2ヶ月も先だが泊まる宿の手配も済ませたばかりだった
だが、直ぐにキャンセルの連絡も入れがたく10月になってようやく
お宿と中辺路観光協会に確認の電話をしてみた
すると小広王子までなら歩けるとの返事を頂き、決心した
一人で行くことにした
広島のKさんにはやはり、ちゃんと全行程を歩けるようになってから歩いてもらいたい
そうして今日を迎えて逸る心で大阪から高速バスで飛んできた
夜行バスがないので駅前に前泊すればと思ったがどうやら口熊野から滝尻王子までの間も
通行には不安な場所があるようなので今回は滝尻からの歩きの出発にした
聖域、熊野への入り口、口熊野と呼ばれるこの紀伊田辺はご存知、武蔵坊弁慶の生誕の地です
ま、諸説ありますけど最有力地には違いないようです
路線バスに乗り継いで滝尻に到着したのはもう昼前
ここに来る道中も富田川の流域の両岸は氾濫の後がそこかしこ
そして311号線もこの滝尻の手前で約1ヶ月、土石が塞ぎ通行できなかったようだ
今も夜間通行規制が敷かれているようだ
土石を完全に除去出来ず道は盛り上がってうねったままで応急修復されている
左上には今にも落ちてくるのではないかと思われる大岩が現れており
地元の人々もビクビクの1ヶ月ぶりの開通、それでもこの突貫工事のお陰で本宮大社への道が繋がった
その半端ない雨量は一目瞭然
滝尻橋も乗り越えて熊野古道館に押し寄せ2mもの高さまで水没
古道館に立ち寄ってみると何だか慌しく係りの人が動いておられる
どうやら明日11/3の祭りのセッティングで忙しいようだ
トイレをお借りして、大水の様子や古道の現状を手早くお聞きし
平安の人々に見送られて
出発です
王子や熊野古道のことは詳しくは和歌山県田辺市www.tb-kumano.jpの熊野古道めぐり地図帳でネ
道路を横切り滝尻王子です
さすがに誰一人歩く人は見当たりません
御参りする人すらありません
この境内も全て水に浸かったのです
お社、無事でよかったです
ここに今日訪ねてこれた喜びと感謝、そして今後も熊野とともにあることを願います
神聖なる霊域熊野への入り口には
近代の皇太子や宮様も訪ねてこられた記念碑がありました
ここを右に取っていよいよ中辺路歩きのスタートです 12:20
これからは山中ですが、いちいち地図を広げないでもこの標識を頼りに進めば問題なさそうです
いきなり急な登りが待ち構えています
なかなか筋肉が解れないまま、胎内くぐり岩に到着
でも、今日はお腹よりもオニューのザックが支えるのでくぐりません
乳岩も見物して行きます
奥州の藤原秀衡が夫人同伴で熊野参りして夫人がここで産気づきこの岩屋で出産して
赤子を残して熊野に向かったが、その子は岩からしたたり落ちる乳を飲み、狼に見守られて無事だったので
奥州へ連れ帰ったそうな、その子が成長して三男、和泉三郎忠衡になったとか???
信じますか???
ふう~~しんどやな~と登ってきたら
不寝王子です 12:40
所要時間は地図帳の時間と同じです、なんとかペースを保っているようです
登りは石段や木の根道になって続きます
ようやく今日の目的地への案内表示が3.0キロになりました
木の根道の登りが続きます
滝尻王子の辺りで標高100mほどこれから向かう高原は300m余り
ま、200mほどの登りを尾根を越えて3.7キロの道のり、時間にして2時間足らず
この調子なら案外早く宿泊所へ着きますね
滝尻王子から500mごとに番号道標も立てられ万が一の通報ポイントもしっかりしてます
剣ノ山経塚跡
最初の急な登りは終わったようで平坦な道になりました
今まで何にも無かった道が急に華やいだ
展望台への案内みつけました
右下へ行けば古道ですが一旦展望台へ登ってみましょう、左上へと階段を登ります
着きました、標高340.7mの飯盛山(めしもりやま)、三角点もあるようですね
眼下に国道沿いの集落が見えています
あの左の山並みの向こうにこの台風の土石流の災害で犠牲者が出た伏莬野地区があるのでしょうか
高いところから合掌です
山頂からピストンせずに下って古道に合流して下ります
丸太の少し急な階段を下って行くと石畳の坂道が現れました
右に左にとカーブしながら下ると林道に出合ます
誰にも出会わなかったので大きな声でよいしょ~とおりたら
バイクのお兄さんがいました
<こんにちわ~お疲れ様です!>と挨拶してもらえました
ちょっと嬉しくて<こんにちわ~~>と笑顔で返して道を横断して直ぐまた古道の石段登りです
針地蔵様は地元の方が守ってくださってるのでしょうね手入れがなされていました
まだ登りの道半ばです、また丸木の階段が出てきました
やっと登りついたところにnhkの小さなテレビ塔がありましたよ
ほう~、やっと平道になりました
仲良く夫婦地蔵様の涎掛けは誰が着けたかハート
なんとなしに里の気配がしたらお家が見えてきました
庭先でお仕事中のご主人に<こんにちは~>
ご主人は<もう500mも行けば神社だよ、頑張りよ>と励ましてくれる
どうやら上がってきたようです、辿り着いたところは高原の郷 13:45
ほ~~~~見晴らしも良くなりました
こんな高台に集落があるのですね~~
今日は、この先の高原熊野神社にお参りしてもうお宿へですから早過ぎです
お昼も食べずに給水だけで到着ですからお腹がペコペコになりました
神社でゆっくり休憩しましょう
続くdddddbbbbbb