暑い日
2017-07-29 | 日記
>業務ボランティア
2006年07月29日23:30
暑くなる、日中が35℃になりそうだ
オープンキャンパスの日、ボランティアに出てみる
大学院の説明会があるので、もしやと、座っていた
日本語教育の問い合わせで見えた方の面談をした
大学院のオープンキャンパスは学部の相談が喧騒のうちに混雑するので同日同場所は考え直したほうがよい
現役学生の案内ということでゼミ学生がいつも参加して説明をする
日本語コミュニケーションはコースとしての特徴を、どうガイドできるか、日本語教師の質問には現実感があるかないかで、その印象が異なる
そこに日本語教師の経験をして入学してこようと言うのだから、その対応には十分な説明がいる、そこへ・・・
すでに経験があって日本語教授の初歩を知りたいそうだ
言語コミュニケーション専攻で十分に対応できますよと答える
さらに将来に夢を持っているので2年、大学院に社会人入学を果たしたいとのことだ
オープンキャンパスの役割がどこにあるかは知らないが、予感的中ということで、午前の説明に参加した
イスラム文化を思い描こうとすると
強烈に祈りの声がかさなる、それは真実なのかどうか
殺しながら、神の恵みあれ、と
神によって悪魔は撃退される、と
銃をむけ刃を向けるその先には異教徒がいる
命は神の思し召しによる授かりものだ
富も名誉もすべて意のままにする絶対者がいて
その信仰のうちに標的となる悪魔たちの存在は抹殺の対象だ
その論理には生命の救済よりも生存の防衛よりも信仰の証しがある
生かされた自らの生の瞬間は永遠に召されるそのときに過ぎない
異教にうかがい知ることの出来ない教えの導きには無私があるのであろう
かつての滅私奉公がそうであったが、自己犠牲の昇華は愛を発露とするであろうか
UA93の試写を見てその凝縮された時間の描き方に瞬間を生きた人々を見る
死を見たものはないし、死に行く声を聞いたものはいても50分に起こった惨状はかなたに包まれた
緊張の連続に酔う観客もいて救われない映像となっている
記憶のなかにとどめたいだけの映画と銘打っていた
9.11の事件に飛行機激突の詳細はペンタゴンに突っ込んだとされるボーイング機が残骸も残さず消えてしまっているように明らかにされていない
米国本土そのものが狙われたのだからハイジャックされた民間機が爆撃した様子はすべて軍事機密と化す、その中で唯一、地上との交信が乗客の携帯電話によるという、記録があった
その再現を映像にしたものだ
死生観が問われる