世界中の人々が固唾を飲んで見守っている最中、恐るべき非道な蛮行が正義の名において堂々と行われている。目の前で多くの人々が大変な難儀に見舞われているのに、私たちにはどうすることもできない。世界中にごまめの歯ぎしりが響き渡っているような気がする。なぜプーチンはこんなことができるのか? という疑問とともに、彼のこのような行為を許容しているロシア国民に対して怒りを覚えている人も多いのではなかろうかと思う。ロシア国民の中にも戦争に反対している人々は少なからずいるが、情報が遮断されていることもあって大半のロシア人は国外の事情に疎い。今回の侵略についてプーチンを支持している方が多数派であるらしい。
なぜプーチンはこのような暴挙に出たのか? NATOの東進に対する不安? それとも大ロシアへのロマンチシズム? 私はどちらも主たる要因ではないと思う。そもそも、NATOの武力を恐れているならこのような暴挙に出るはずがない。NATOは絶対に武力介入してくるはずがないという自信があればこそこのようなことができるのである。彼が本当に恐れているのは「リベラルな民主主義」の拡散である。ウクライナの政権が親ロシアであるうちは良いが親欧米になった場合は、やがてウクライナ全体にリベラルな空気が充満してくることは避けられない。ウクライナにリベラルな空気が充満すれば、いずれそれがウクライナの姉妹国であるロシアにも浸透してくることは免れない。プーチンはそのことを一番恐れているのである。
プーチンはKGBの出身である。KGBはご存じのように "007" のようなスパイものに出てくるソ連の情報機関である。お得意の謀略によって政敵をなぎ倒してきたうしろ暗さ満載の彼には、常に強権を行使して自分に異論を唱えるものが出てこないようにしなくてはならない。彼にとってリベラルな風潮はもっとも敬遠すべきものなのだ。そのためには、ウクライナの政権がリベラルであってはならず、親ロシアというよりロシアの傀儡でなくてはならない。つまり、ウクライナにロシアの傀儡政権を樹立するまで、プーチンは攻撃の手を緩めないだろう。謀略の中を生き抜いてきた彼にとって政治生命を失うということは、文字通り生命を失うことにもつながりかねないからである。彼は生きているかぎり権力の頂点に立ち続けなければならないという強迫観念にとらわれている。
首相就任時のプーチンの支持率はそれほど高いものではなかった。ところが、2014年にクリミアを強奪したとたん、彼に対する支持率が約90%にも跳ね上がった。結局そのことが彼の政権基盤を盤石のものにしてしまうことになった。最近のロシア経済の不調とともにプーチンの支持率も少し下がってきていたらしい。それが今度のウクライナ侵攻でまた上がって来ているという。
ナショナリズムというものはまことにやっかいなものだと思う。簡単に「ロシア国民は愚かだ」と言ってしまう訳にはいかないと思う。80年前の日本も同じようなものだったのだから。否、現在もどうかあやしい。事情をきちんと知らないまま、「竹島はわが国固有の領土」という政府の言い分をそのまま熱狂的に信じている人がいかに多いことか。(このことは日韓双方に言える。) 私自身も事情を知らないが、小さな島の帰属の問題よりも隣国同士が友好的であることの方が何万倍も重要であることは認識しているつもりである。些細なことに執着していては扇動者に足元をすくわれる。こだわりを捨て広い視野を持つ、リベラルであるということはそういうことでもある。
早春賦の碑 (信州 安曇野)