ぐらのにっき

主に趣味のことを好き勝手に書き綴っています。「指輪物語」とトールキンの著作に関してはネタバレの配慮を一切していません。

レミゼ6月分チケット確保

2007年03月29日 | ミュージカル・演劇
確保というか・・・狙ってた20周年記念キャスト、平日夜は取れなくて平日昼でなんとか取りました。
20周年キャスト4人もいる日だからなあ・・・私は岩崎宏美さんだけ見られればよかったんだけど・・・
そして、平日昼にもかかわらず、2階席しか取れませんでした。すごいなあ・・・。正直、レミゼで今さらここまで取れないとは思いませんでした・・・
しかし一方で、普通キャストの日は1階の最前列が取れたりして。うーむ。
ちなみに今回キャストはこのように選びました。

絶対見たいキャスト
岩崎宏美さんのファンティーヌ、島田歌穂さんのエポニーヌ、石川禅さんのジャベールとマリウス(ジャベールは2回見る!)、田中利花さんのテナルディエ夫人、駒田一さんのテナルディエ、

できれば見たいキャスト
岡幸二郎さんのアンジョルラス、原田優一さんのアンジョルラス、岸祐二さんのアンジョルラス、安崎求さんのテナルディエ、三谷六九さんのテナルディエ、阿知波悟美さんのテナルディエ夫人、山口祐一郎さんのバルジャン

6月分の2回で岩崎宏美さん、石川禅さんのジャベール、駒田一さん、岡幸二郎さんのアンジョルラス、岸祐二さん、阿知波悟美さんまでカバーできました。
7月分で島田歌穂さん、石川禅さんのマリウス、田中利花さん、安崎求さん、原田優一さんをカバーする予定。取れればですが・・・また20周年キャストは難しそうだ・・・
で、8月分で石川禅さんのジャベール2回目と三谷六九さんをカバーする予定です。
結局5回も見ることに・・・やっぱり東○の術中にハマっている・・・(汗)
しかし、これでもどうしても山口祐一郎さんが出る日が取れません・・・。(回数増やせば取れますが、これが精一杯・・・)山祐バルジャンは何度も見たからいいや、と今回は諦めることに。
その代わりと言ってはなんですが、今までエポニーヌを全く選べなかったんですが、今回ようやく新妻聖子さんのエポニーヌが見られることになりました。今頃ようやくってなんだかなあですが(汗)
泉見洋平さんのマリウスも諦めてたのになんとか見られそうです。
しかし、坂元健児さんのアンジョルラスをもうずっと見てないです・・・決して避けているわけではないんですが(汗)初めて出てきた時に見ただけだと思うので、随分変わっているだろうなあ・・・。次にまたやる時は見られたらいいのですが。
それにしても、小鈴まさ記さんのアンジョルラス、せめてもう一回観たかったなあ・・・(涙)コンブフェールも・・・
というわけでまだまだレミゼ卒業できません(笑)
2年前の日記をたまたま見ていたら、「石川禅さんのジャベールが見たい」とか書いてありました(笑)ようやく念願かなったわけですしね~。
コメント (2)
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サムの名台詞集その3

2007年03月29日 | 指輪物語&トールキン
さて、サムの名台詞集、RotK分です。
まずは、フロドの遺骸(だとサムは思っている)がオークたちに持ち去られたのを、やはり堪えきれなくなって追いかけた時のこの台詞です。
・・・いや、フロドが生きてるとわかった時だったかな。これ大きな違いですよね・・・(汗)確認しないで書いてすみません・・・

フロドへの愛が他のあらゆる慮りを超えるほど強まって、かれはわが身の危険をも忘れ、大声で叫びました。「今行きますだよ、フロドの旦那あー!」

サムの愛情の深さに感動するシーンですね。こういうのを無私の愛というのかなあ。

続いて、指輪を嵌めたサムが幻影を見たシーン。

(略)こんな幻影が自分をだますための単なるまやかしでないにしても、かれは心のすみに、自分がこのような荷を負うに足るほど偉大ではないことを知っていました。かれが必要とし、また相応しているのは、自前の庭師の小さな庭が一つだけで、王国規模にまでふくれあがった庭ではないのです。使うのに自分の手があればよく、命令してやらせる他人の手は必要ないのです。

サムの素朴なゆえの強さが窺えるシーンですね。ある意味、ガンダルフよりもガラドリエルよりも強いですよね。
なぜ指輪所持者としてホビットが選ばれたのか、よくわかると思います。
・・・でも、映画では「フロドは弱くてサムが偉い」になってしまっていたのが残念でしたね・・・。原作だけ読んでいてもそう思う人もいるようですが。
サムだけだったら滅びの山まで行けなかったですよねえ。素朴すぎて、世界を救うために自分が指輪を持って行くなんて考えもできなかったはず。
フロドがいたからサムはあそこまでついて行ったのだし、サムがいなかったらフロドももちろん滅びの山までなんて行けなかったし。そういうことなんだと思います。
って思わず熱くなってしまいましたが(笑)

そして、こちらも名場面。眠っているフロドの隣で、エアレンディルの光を見つめて心安らかになるサムです。

この山並みの中に一つ黒々と高く聳え立つ尖った岩山の真上に、サムは白いヘしが一つ雲の割れ目からのぞいて、しばらくの間きらきらと瞬いているのを認めました。その美しさは、この見捨てられた地から空を見上げているかれの心を打ち、望みが立ち戻ってきました。結局はかの大いなる影も束の間の些々たる一事象にすぎないのではないかという考えがまるですき通った冷たい一条の光のようにかれを貫いたからです。かの影の遠く達し得ぬところに光と高貴な美が永遠に存在しているのです。(略)今は、僅かな間ながら、彼自身の運命はもとより主人の運命すらも心を煩わすことをやめました。

初めて読んだ時にはただ素直にこのシーンの美しさと、辛いモルドールの旅の中で束の間のやすらぎを得たサムに感動したものでした。
その後トールキンが熱心なクリスチャンだと知ってからは、とてもキリスト教的なシーンだなあと・・・。
でも、異教徒(というか無宗教ですが)の私にも、素直に美しいと思えるシーンです。やっぱりサムは「愛されて」いる存在だなあと思いますね・・・

本当はRotK分1回で済まそうと思ったんですが、さっき一度書いたのが消えてしまったので(汗)今回はここまでにしておきます。続きはまた明日~(予定)
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