岡崎市の奥殿陣屋から、山一つ北側にやって来ました。
山と山の間の川に沿って走る国道301号を、東(新城市方向)に向かいました。やがて道沿いに「松平氏発祥の地」という看板があって、
(ストリートビュー)
そこを左折し駐車場に入りました。
この谷間の狭い地域は、愛知県豊田市の松平郷です。
駐車場から出てくると、道沿いに旗。
地図を見ながら先に進むと、
神社がありました。
奥さん 「えっ!? 東照宮だって!」
への次郎 「日光以外に、各地にあるんだよ」
家康につながる松平氏の始祖が、ここに住み着いたのは14世紀のこと。ここに屋敷と始祖を祀る神社があったそうです。その神社に家康も合祀されて「松平東照宮」が成立しました。
立派な社の右に入って行くと、
「産湯の井戸」があって、
家康もここの井戸水を用いたそうです。
東照宮から出てくると、上り坂がありました。
坂の上に土塀、あそこが松平氏の菩提寺・高月院です。
右の土塀を「室町塀」といい、その右の谷川沿いに「あやめ恋路」という小径があります。
小径をのぼって行くと、シャクナゲの花。もうおしまいのようですね。
への次郎 「ん!? アヤメ?」
奥さん 「カキツバタじゃない、白い筋があるから」
水の中でメダカが泳ぎ、トノサマガエルが休んでいました。その向こうにシマヘビ! カエルを狙っていたのでしょうか…。
この花木は鍾馗空木(ショウキウツギ)。
キショウブの植わっているところと、石垣の上の田。「氷池」といって、
先の大戦中までここで氷を作り、岡崎に売りに行っていたそうです。
「氷池」を過ぎると見えてきました、高月院。
お寺の裏の山、黄金色に見えるのはツブラジイ。ちょうど開花していました。
先に進むと、観光客とボランティアガイドさんがいて、
説明によるとこの門、「将軍門」といって、三代将軍家光が寄進したものだそうです。
「将軍門」の先には、
立派な本堂がありました。
近づくと『どうする家康』のポスター!
奥さん 「松潤、来たのかなぁ?」
への次郎 「まさか! 観光課の人でも持ってきたんじゃないの」
そんな会話をしていたら、突然、後ろから「ゴーン!」
びっくりして振り向いたら、急ぎ去る人。
鐘撞堂の鐘、「利他の鐘」といい、自分のためじゃなく、他人のために撞く鐘とか。
このあと、二人で思いっきり撞くと、大きな鐘の音が松平郷に響き渡りました。
「いいことをしたなぁ」
ご褒美に、「あやめ恋路」にあった茶店に寄り、
ソフトクリームと天下餅をいただきました。