◆米山 洋三
私は、今から67年前の昭和25年、東京電気通信学園(普通部電信科)に入学、モールス音響通信の訓練受け26年2月に卒業しました。卒業のときに開かれた通信競技会で、二人組音響通信の部で優勝したためか、配属先は東京中央電報局第1通信部・第2通信課でした。この課は、上野駅とか新宿駅などモールス音響通信の繁忙回線を受け持つセクションでした。
卒業直前の通信技能検定試験では、1分間の送受 . . . 本文を読む
◆大原安治
また年賀状の季節になった。毎年のことながら、この時期になると少々うんざりするのは私だけだろうか。
ものの本によると年賀状は本来、1月2日、書き初めの日に書くべきものだった、とある。「年賀」とは新年を祝うという意味だから、新年になってから述べるのが正しい。そもそもは新年の祝詞を、君主や父母、師匠などのもとに出向いて述べていた。それがいつの間にか簡略化され、1月1日に相手方に届くよう . . . 本文を読む
◆永田 昭夫
私が逓信省の雇員となったのは、東京中央電信局に採用された昭和21年6月7日でした。
前年、志願して入学した陸軍少年飛行兵学校の生活は、敗戦により11カ月の訓練で終わってしまい、8月25日に世田谷のわが家に帰りました。今後の身の振り方を考えていたとき志願前まで働いていた工場の社長からその知人の経営する工場を紹介され、旋盤工見習いとして働くことになった。
しかし、その仕事を将 . . . 本文を読む