神奈川県立音楽堂で上演されたセミ・ステージ形式『リナルド』初日。遅刻してしまったため(坂道をダッシュしたのだが)冒頭の25分は鑑賞できなかったが、休憩2回トータル4時間に及ぶヘンデルの世界を満喫した。
当初外国人キャストで予定されていた役も、渡航制限によりすべて日本人キャストに変更となり、主役のリナルドを藤木大地さんが歌われた。先日の新国『夏の夜の夢』オベロンに続く大役で、今年はたいらじょうさんとの『400歳のカストラート』もあったし、藤木さんの眩しい活躍がオペラを湧かせた年となった。神秘的な役どころが続いたが、このプロダクションではリナルドは現代の青年として描かれ、フィギュアやコミックが堆く積まれた部屋に暮らしている。コミカルだったり根暗だったり、色々な表情の藤木さんを見ることが出来、演技の幅の広さに驚いた。ほぼ出づっぱりで、ヘンデルの語り部として充実した歌を聴かせた。
アルミレーナ役の森麻季さんは前回のモンテヴェルディ『ポッペアの戴冠』でもBCJと共演し、蠱惑的なヒロインを演じたが、アルミレーナも完全に役が入っていて、観客をリナルドの世界に引き込むガイドのような役割を演じた。リモート記者会見で演出家の砂川真緒さんが「アルミレーナはピーチ姫のイメージ」と表現していたが、森さんの可愛らしさ、美しさは確かに生身の人間としいうより、虚構の存在に近かった。聴衆を幸せにするためだけに生きているアーティストなのだろう。朗らかで清らかで、天使のようだった。歌手のステージ・プレゼンスがホール全体を埋め尽くし、深い癒しを与えた。
指揮の鈴木優人さんはチェンバロを見事に奏で、合奏に若々しい活力を与えつつ、細々とした演出にも参加。BCJの奏者たちも、人力の小鳥を操ったり、様々な形で舞台を支えた。バロック時代のオペラとは、こんな素朴で楽しい「人の手」に支えられていたのだなと楽しく想像する。凝った仕掛けはないが、舞台が素朴であればあるほど、人間はイマジネーションで片面を補足するのだ。
「聖なる二次元が火を噴いている」のだった。
この言葉を最初に使ったのは西洋占星術界の大御所マドモアゼル愛先生だったが、ヘンデルはまさにこの聖なる二次元と通じている。繰り返し歌われるフレーズが聖書や古い巻物を思わせるし、オタクのリナルドがゲームの次元から歴史の世界へと「鏡をすりぬけるように」シフトしてしまうのも、音楽から二次元的な何かをスキャンしてこの演出になったのだ。直感でそう思う。
二次元は果たして三次元より低級なのか? それは見事に逆なのだ。
美しい少女が「ルノワールの絵のよう」と称賛されるように、クラシックでスコアが至上の価値をもつように、二次元には神聖な価値が凝縮されている。無限の可能性を秘めている。
二次元は厳粛であると同時に、奔放であり、三次元よりよっぽど魔境だ。ヘンデルの音楽は自由自在に膨張し、巨大化し、最後は魔法のような大団円となる。モラルを超越した危険な作曲家なのだ。
森さんのアルミレーナの可愛さと見事に「合わせ」となったのが、毒をふんだんに振りまいて客席から大喝采を浴びたアルミーダの中江早希さんだった。自分の誘惑に堕ちないリナルドを激しく責め立てる歌は高音のオンパレードで、モーツァルトや後世のオペラ作曲家はヘンデルから多くを学んだのだと納得した。アルミーダがあまりに魅力的なので(演出も色々と過激)、個人的にはこの上演で一番心に残る役となった。歌唱力も見事だが、あの雷鳴のような演技が忘れられない。
アルガンテは急な変更で、この日のみ大西宇宙さんに変わってバスバリトンの加藤宏隆さんが演じられた。代役というには、あまりに歌うシーンが多い。引き締まった低音で、最後まで見事な歌唱だった。2014年頃加藤さんの存在を知り、控えめなお人柄と舞台での強靭な存在感とのギャップに驚いたが、こうした形で「再会」できたのも嬉しいことだった。
カウンターテナーが3人登場するオペラとしても期待が高まっていた『リナルド』。ゴッフレード久保法之さんとエウスタツィオ青木洋也さんも大健闘だった。魔法使い波多野睦美さん、セイレーンの松井亜希さん、澤江衣里さん、使者谷口洋介さんもクオリティが高く、女性たちは艶やかな衣装で目と耳を頼ませてくれた。
神奈川県立音楽堂はバロックオペラと相性がいいのだ。ホワイエの緑色のカーテンと壁が不思議な懐かしさを感じさせ、東洋でも西洋でもない場所にいるような心地にさせる。ヘンデルの長いオペラと、せかせかしか現代日本に何の接点があるのか? 理屈や功利主義で考えても仕方ない。4時間かけて上演されたヘンデルは楽しく愛らしく、このように柔らかく優雅にことの本質に到達するのが日本という方法なのだ。鈴木優人さんとBCJの懐の深さにじんわりした。
オペラ上演が復活して、観客と一緒にオペラを楽しむということが骨身に染みて嬉しく感じられる。今まで、ゲネプロ見学も本番もそれほど違いがないのではないかと思っていた。それは大違い。客席が湧く、笑う、しんみりしたり驚いたりする、その感覚を舞台に返し、舞台からも返ってくる…神奈川県立音楽堂のお客さんのリアクションは大人っぽく、いいシーンでたくさん笑っていた。客席で感じるテレパシーのようなものが、以前より強くなったような気がする。
『リナルド』は11/3にもオペラシティで上演される。
当初外国人キャストで予定されていた役も、渡航制限によりすべて日本人キャストに変更となり、主役のリナルドを藤木大地さんが歌われた。先日の新国『夏の夜の夢』オベロンに続く大役で、今年はたいらじょうさんとの『400歳のカストラート』もあったし、藤木さんの眩しい活躍がオペラを湧かせた年となった。神秘的な役どころが続いたが、このプロダクションではリナルドは現代の青年として描かれ、フィギュアやコミックが堆く積まれた部屋に暮らしている。コミカルだったり根暗だったり、色々な表情の藤木さんを見ることが出来、演技の幅の広さに驚いた。ほぼ出づっぱりで、ヘンデルの語り部として充実した歌を聴かせた。
アルミレーナ役の森麻季さんは前回のモンテヴェルディ『ポッペアの戴冠』でもBCJと共演し、蠱惑的なヒロインを演じたが、アルミレーナも完全に役が入っていて、観客をリナルドの世界に引き込むガイドのような役割を演じた。リモート記者会見で演出家の砂川真緒さんが「アルミレーナはピーチ姫のイメージ」と表現していたが、森さんの可愛らしさ、美しさは確かに生身の人間としいうより、虚構の存在に近かった。聴衆を幸せにするためだけに生きているアーティストなのだろう。朗らかで清らかで、天使のようだった。歌手のステージ・プレゼンスがホール全体を埋め尽くし、深い癒しを与えた。
指揮の鈴木優人さんはチェンバロを見事に奏で、合奏に若々しい活力を与えつつ、細々とした演出にも参加。BCJの奏者たちも、人力の小鳥を操ったり、様々な形で舞台を支えた。バロック時代のオペラとは、こんな素朴で楽しい「人の手」に支えられていたのだなと楽しく想像する。凝った仕掛けはないが、舞台が素朴であればあるほど、人間はイマジネーションで片面を補足するのだ。
「聖なる二次元が火を噴いている」のだった。
この言葉を最初に使ったのは西洋占星術界の大御所マドモアゼル愛先生だったが、ヘンデルはまさにこの聖なる二次元と通じている。繰り返し歌われるフレーズが聖書や古い巻物を思わせるし、オタクのリナルドがゲームの次元から歴史の世界へと「鏡をすりぬけるように」シフトしてしまうのも、音楽から二次元的な何かをスキャンしてこの演出になったのだ。直感でそう思う。
二次元は果たして三次元より低級なのか? それは見事に逆なのだ。
美しい少女が「ルノワールの絵のよう」と称賛されるように、クラシックでスコアが至上の価値をもつように、二次元には神聖な価値が凝縮されている。無限の可能性を秘めている。
二次元は厳粛であると同時に、奔放であり、三次元よりよっぽど魔境だ。ヘンデルの音楽は自由自在に膨張し、巨大化し、最後は魔法のような大団円となる。モラルを超越した危険な作曲家なのだ。
森さんのアルミレーナの可愛さと見事に「合わせ」となったのが、毒をふんだんに振りまいて客席から大喝采を浴びたアルミーダの中江早希さんだった。自分の誘惑に堕ちないリナルドを激しく責め立てる歌は高音のオンパレードで、モーツァルトや後世のオペラ作曲家はヘンデルから多くを学んだのだと納得した。アルミーダがあまりに魅力的なので(演出も色々と過激)、個人的にはこの上演で一番心に残る役となった。歌唱力も見事だが、あの雷鳴のような演技が忘れられない。
アルガンテは急な変更で、この日のみ大西宇宙さんに変わってバスバリトンの加藤宏隆さんが演じられた。代役というには、あまりに歌うシーンが多い。引き締まった低音で、最後まで見事な歌唱だった。2014年頃加藤さんの存在を知り、控えめなお人柄と舞台での強靭な存在感とのギャップに驚いたが、こうした形で「再会」できたのも嬉しいことだった。
カウンターテナーが3人登場するオペラとしても期待が高まっていた『リナルド』。ゴッフレード久保法之さんとエウスタツィオ青木洋也さんも大健闘だった。魔法使い波多野睦美さん、セイレーンの松井亜希さん、澤江衣里さん、使者谷口洋介さんもクオリティが高く、女性たちは艶やかな衣装で目と耳を頼ませてくれた。
神奈川県立音楽堂はバロックオペラと相性がいいのだ。ホワイエの緑色のカーテンと壁が不思議な懐かしさを感じさせ、東洋でも西洋でもない場所にいるような心地にさせる。ヘンデルの長いオペラと、せかせかしか現代日本に何の接点があるのか? 理屈や功利主義で考えても仕方ない。4時間かけて上演されたヘンデルは楽しく愛らしく、このように柔らかく優雅にことの本質に到達するのが日本という方法なのだ。鈴木優人さんとBCJの懐の深さにじんわりした。
オペラ上演が復活して、観客と一緒にオペラを楽しむということが骨身に染みて嬉しく感じられる。今まで、ゲネプロ見学も本番もそれほど違いがないのではないかと思っていた。それは大違い。客席が湧く、笑う、しんみりしたり驚いたりする、その感覚を舞台に返し、舞台からも返ってくる…神奈川県立音楽堂のお客さんのリアクションは大人っぽく、いいシーンでたくさん笑っていた。客席で感じるテレパシーのようなものが、以前より強くなったような気がする。
『リナルド』は11/3にもオペラシティで上演される。