サントリーホールでのN響×原田慶太楼さんのアメリカン・プログラムの二日目。リハーサルでの熱い様子がN響のSNSで伝えられ、楽しみにしてホールに向かう。期待以上の演奏会だった。バーンスタイン、G・ウォーカー、ピアソラ、コープランド、マルケスのオール北米&南米作曲家のレアなプログラム。こんなエキサイティングな内容のコンサートなのに、観客はあまり入っていない。都内感染者の増加もあるのだろうが、馴染みのない曲は聴こうとしない日本の多数派の聴衆は、もっと変わっていくべきではないかと思った。
今年のサマーミューザで原田さんと東響の新時代を感じさせる「規格外」のサウンドを聴いて以来、次は何をしてくれるのか心が高鳴る。米国育ちでロシアでも研鑽を積んだ原田さんは、いい意味で「日本の空気を読もう」としない。バーンスタイン『オン・ザ・タウン』の「3つのダンス・エピソード」からアメリカの洋酒のような洒落た香りが炸裂した。ミュージカルの中の曲なのだから、お醤油味では、まずい。ネイティブスピーカーの呼吸感でストーリーが運ばれていく感覚があり、平坦で穏やかな日本語の発語とは異なる音楽だった。ブラスのジャジーでお洒落な「風味」や、ブルージーだったりユーモラスだったりする旋律のキャラクターを楽しんだ。微かに20世紀ロシア音楽の諧謔的なエッセンスも感じられた。
コンサートマスターは伊藤亮太郎さん。N響だからアンサンブルのクオリティが高いのは当たり前だが、若い指揮者に率いられて楽員さんたちが前のめりになって真剣に演奏している姿は、珍しく感じられた。リハーサルがうまくいっていたからだと思うが、どんな啓示的な言葉が指揮者から語られていたのか気になる。G・ウォーカーの『弦楽のための抒情詩』は6分ほどの短い曲だが、繊細で抒情的な響きがほつれた心を癒してくれる心地がした。類似していると言われるバーバーよりむしろ、ヤナーチェクの弦楽曲を思い出す。
ジョージ・ウォーカー
ピアソラ『タンガーソ』(『ブエノスアイレス変奏曲』)は圧巻で、変則的なリズム、底知れない冒険を繰り返すコード進行が作曲家の天才性を思い出させた。音楽にぞくぞくする官能性があり、動物的な本能が息づいている。原田さんの指揮姿は、時折ボクサーのようで「あしたのジョー」の主人公にも似ていた。弦楽器奏者の集中力はすさまじく、管楽器との掛け合いも絶妙で、ウッド・ブロックやピアノの個性的なサウンドが独特のアクセントになっていた。
アルゼンチン・タンゴは日本の踊りではないし、やはり違う言語の文化だと思った。言葉が変わると感情が変わり、呼吸が変わる。激昂の仕方も激しくなり、「ケンカの後の仲直り」みたいなやり方も変わってくるだろう。一生という時間の使い方が、刹那的になり凝縮感が出てくるのかも知れない。それが原田さんの「ボクサーパンチ型の指揮」から感じられた。音楽にとって必然のアクションだった。
こうした「異」文化を、忖度など一切しないアメリカ育ちの若い指揮者が思い切り表現してくれるのは有難い。原田さんは同時に、全体も見ている。やはり、日本の文化はどこか偏っているし、クラシックの享受の在り方もこのままでは行き詰まるのだ。お米ばかり食べていると、眠くなるという。農耕民族として平和と調和を愛する美徳がある一方で、そのままでは眠った民族になってしまう。新世界や運命は名曲だが、それを白いご飯のように有難がり、身体を目覚めさせてくれる食べ物を見ようともしないのは問題だ。このアメリカン・プログラムには白米ではない最強の栄養価が詰まっていた。
コープランドのバレエ組曲『アパラチアの春』はマーサ・グレアムのために書かれた曲で、晩年のグレアムとカンパニーの最後の来日公演を東京で観たことを思い出した。91年頃だったはずだ。その後何年も経って、ラジオのパーソナリティをやっていたときにもこの曲をよくかけた。音楽が伝える情景と神妙な心理劇はこの夜の「ダンス・プログラム」の中でもやや異質で、始終瞑想的だった原田さんの表情がさらに穏やかになった瞬間、オーケストラの響きが広大な広がりを見せたのが印象的だった。
マルケス『ダンソン第2番』はドゥダメルの指揮で耳に焼き付いていたキューバ音楽。大上段に構えず、10分ほどの曲でコンサートを締めるのが何とも粋だと思った。オーケストラは大いに燃えたが、N響の習慣なのか、終演後の熱気は一気にクールに。そういえば、N響をサントリーであまり聴くことがなかった。他のオケはもっと満面の笑顔で熱い余韻に浸るものだが、すべてのオケが同じでなくてもいいのかも知れない。
N響と原田さんの共演はまだまだ聴いてみたい。
今年のサマーミューザで原田さんと東響の新時代を感じさせる「規格外」のサウンドを聴いて以来、次は何をしてくれるのか心が高鳴る。米国育ちでロシアでも研鑽を積んだ原田さんは、いい意味で「日本の空気を読もう」としない。バーンスタイン『オン・ザ・タウン』の「3つのダンス・エピソード」からアメリカの洋酒のような洒落た香りが炸裂した。ミュージカルの中の曲なのだから、お醤油味では、まずい。ネイティブスピーカーの呼吸感でストーリーが運ばれていく感覚があり、平坦で穏やかな日本語の発語とは異なる音楽だった。ブラスのジャジーでお洒落な「風味」や、ブルージーだったりユーモラスだったりする旋律のキャラクターを楽しんだ。微かに20世紀ロシア音楽の諧謔的なエッセンスも感じられた。
コンサートマスターは伊藤亮太郎さん。N響だからアンサンブルのクオリティが高いのは当たり前だが、若い指揮者に率いられて楽員さんたちが前のめりになって真剣に演奏している姿は、珍しく感じられた。リハーサルがうまくいっていたからだと思うが、どんな啓示的な言葉が指揮者から語られていたのか気になる。G・ウォーカーの『弦楽のための抒情詩』は6分ほどの短い曲だが、繊細で抒情的な響きがほつれた心を癒してくれる心地がした。類似していると言われるバーバーよりむしろ、ヤナーチェクの弦楽曲を思い出す。
ジョージ・ウォーカー
ピアソラ『タンガーソ』(『ブエノスアイレス変奏曲』)は圧巻で、変則的なリズム、底知れない冒険を繰り返すコード進行が作曲家の天才性を思い出させた。音楽にぞくぞくする官能性があり、動物的な本能が息づいている。原田さんの指揮姿は、時折ボクサーのようで「あしたのジョー」の主人公にも似ていた。弦楽器奏者の集中力はすさまじく、管楽器との掛け合いも絶妙で、ウッド・ブロックやピアノの個性的なサウンドが独特のアクセントになっていた。
アルゼンチン・タンゴは日本の踊りではないし、やはり違う言語の文化だと思った。言葉が変わると感情が変わり、呼吸が変わる。激昂の仕方も激しくなり、「ケンカの後の仲直り」みたいなやり方も変わってくるだろう。一生という時間の使い方が、刹那的になり凝縮感が出てくるのかも知れない。それが原田さんの「ボクサーパンチ型の指揮」から感じられた。音楽にとって必然のアクションだった。
こうした「異」文化を、忖度など一切しないアメリカ育ちの若い指揮者が思い切り表現してくれるのは有難い。原田さんは同時に、全体も見ている。やはり、日本の文化はどこか偏っているし、クラシックの享受の在り方もこのままでは行き詰まるのだ。お米ばかり食べていると、眠くなるという。農耕民族として平和と調和を愛する美徳がある一方で、そのままでは眠った民族になってしまう。新世界や運命は名曲だが、それを白いご飯のように有難がり、身体を目覚めさせてくれる食べ物を見ようともしないのは問題だ。このアメリカン・プログラムには白米ではない最強の栄養価が詰まっていた。
コープランドのバレエ組曲『アパラチアの春』はマーサ・グレアムのために書かれた曲で、晩年のグレアムとカンパニーの最後の来日公演を東京で観たことを思い出した。91年頃だったはずだ。その後何年も経って、ラジオのパーソナリティをやっていたときにもこの曲をよくかけた。音楽が伝える情景と神妙な心理劇はこの夜の「ダンス・プログラム」の中でもやや異質で、始終瞑想的だった原田さんの表情がさらに穏やかになった瞬間、オーケストラの響きが広大な広がりを見せたのが印象的だった。
マルケス『ダンソン第2番』はドゥダメルの指揮で耳に焼き付いていたキューバ音楽。大上段に構えず、10分ほどの曲でコンサートを締めるのが何とも粋だと思った。オーケストラは大いに燃えたが、N響の習慣なのか、終演後の熱気は一気にクールに。そういえば、N響をサントリーであまり聴くことがなかった。他のオケはもっと満面の笑顔で熱い余韻に浸るものだが、すべてのオケが同じでなくてもいいのかも知れない。
N響と原田さんの共演はまだまだ聴いてみたい。