ここらは真夏の陽にまぶしく灼かれて、みんな真っ白く輝いている。
小札(こざね)のように照り返る木々の葉。タチアオイ。熱でちちんと鳴るボンネット。そしてどこまでも続くまくら木の小径。どこをみても痛いくらいに白い。
この眩しい小径の向こうに子供が行ったきり戻ってこない。呼んだが返事が聞こえない。
2016年7月31日午前10時30分。
僕たちは全く予定になかったミュージアムに寄っていた。
「石と賢治のミュージアム」。
「東北砕石工場」または「タンカル工場」と言ったほうが判るかもしれない。
ここは石灰岩を採掘・砕石して製品を作っている。
宮沢賢治が最後に勤めた場所でもある。
一関市から東山町へ行こうとして途中でばったり案内板に行き逢った。この時点で午前9時30分。仙台から早起きして来た甲斐あって、結構早めに物事が進んでいるときだった。
砂鉄川を渡り、げいび渓の案内を横目にコンビニ駐車場へ入る。相談するためだ。
- どーする? 「石と賢治のミュージアム」だって。行く? -
- あ、そっち? げいび渓じゃなくて? -
- げいび渓がいいのかな? オレはどっちでもいいんだけど -
- とーさん、「石と賢治のミュージアム」行ってみたい -
- そーかい、実はオレも気になっていてねぇ -
- なぁんだ、はじめっからそう言えばいいじゃん -
スマホを持っている長男が休館日などを調べる。ここまで来て開いていないんじゃ話にならない。
- 開いている。けど10時から。 -
- ちょうどいいかもね。 ー
- じゃあ、目的地へ行く前だけど、寄っちゃおう -
砂鉄川へもどり、橋をわたり直進。左に分岐するので左折。
民家が少し並んで、小さな畑が点在する、山裾のおだやかな農道。道なりに行くと、なんにもない。
やがて踏切に至る。これは大船渡線かな?
その向こう岩山に、へばりつくように建つ工場のような建物がある。かなり古いぞ。明治かな?
というか、なんとも不思議な多角形の構造。いかにも増築に増築を重ねた歴史を物語っている。ここまでくると芸術的でさえある。
近づくと、なんとも風情のある建物だ。板張りの壁。白漆喰の風化がなんだかいい感じ。東北砕石工場の旧・採石場だ。その昔、宮澤賢治はその知識を買われてここに勤めたという。いつか、ここに来てみたいと思っていた。こんな形で実現するとは。
駐車場を求めて奥に進む。
砕石工場の奥に普通の民家が並んでいて、あれ、なんか行き過ぎたのかな、と思う頃にそれらしい駐車場と建物がある。どうも施設の構成がわかりづらい。
車を降りるとものすごい熱風が襲ってきた。真夏日だもんね、今日は。
強烈な紫外線でどこ見てもまぶしい。みんな白く光って見える。
建物の玄関をさがしてぐるりとまわる。テラスのような広場に出た。ひときわ白くまぶしい空間だ。
目の前には鉄道のレール。もちろん柵があってこえられない(きっと触ると灼けて熱いのだろう)。手前に枕木を敷いた小径が沿っている。テラスから一望できる線路って、なんかいい。ローカル線らしいのんびりとした空間がそこにある。次男がテラスから枕木の小径におりてきょろきょろしている。なんか好奇心オーラ出てきているぞ。
それにしていも日光が痛い。BELAちゃんと長男は急いで建物に退避。ところが次男がちょろっと小径を右に進んだ。そのままどんどん進んでいく。おいおい、建物入らないのかい? 後ろでBELAちゃんが呼んでいる。振り返って返事して小径に目をもどすと、もう次男の姿は見えなくなっていた。呼んでも返事しない。
- ・・・しょぉぉがねぇなぁ。 -
僕も小径に降りて小走りで追いかけた。
枕木がいっそう白く目に痛い。
鉄道を隔てる柵は鉄製で、ときどき不思議なオブジェが付いている。アンモナイトや昆虫、岩石もある。雑草のすき間からスズメバチが飛び出してびっくりする。こんな暑い日にはこういう奴が元気なんだ。それにしてもアイツどこまで行った?
ふと小径が折れ曲がり、そのさき平らな広いところに出た。
- お、これプラットフォームか? -
次男坊がにこにこして立っている。
- これ、駅だよねぇ。 -
- たぶん -
ここは陸中松川駅だった。無人駅らしい。なんだかやけに広い。さっきから列車が通らないからまるで使われていない駅に見えてしまう。それとも満月の晩に特別列車でも発車するのか・・・。そんな空想もアリかも。
ケータイが鳴った。BELAちゃんだ。
- 戻ろう、お母さんとお兄ちゃんが待ってる。 -
- うん。 -
なんでオマエそんなにノコニコしてるの?
二人で眩しい小径を並んであるいた。