退職女のアメリカ便り

オーストラリアンシェパード、ジュンタのマミーのアメリカ、セントルイス生活

#464: 帰ってまいりました。

2015-03-20 20:14:04 | アメリカ便り
午後12時、無事我が家に着きました。
ハブチャン、ジュンちゃんの激しいお出迎えを受け、やっぱり我が家は良いな~。
本当に動物、特に犬は従順です。
気持ちを素直に体や、行動に出します。
亭主だったら絶対こんなにうれしそうにお出迎えなんかしてくれないでしょう。
亭主、4時半に帰ってきていつもと同じ無表情の顔をし、いつものように自転車に乗りにいきました。
この人の日課というのは本当に決まっている。
親が死んだときでも日課は変えないという意気込みが感じられます。
定年したら、新しい日課はどのようなものになるでしょうか。

帰り際に娘とまた話し合いました。
高校までは、後にアメリカ大統領になっても不思議ではないぐらい行動力があった娘、大学以降すっかり性格が変わってしまいました。
どうしてこうなっちゃったんだろ、と思います。
娘ぐらい、器量よしで、頭がよく性格もよかったら(アメリカ生活が長いために、謙遜と言う美しき日本の伝統を忘れました)、毎日が楽しいと思うにですが、変なところが父親に似てしまったんですね。
ちょっとでも悪いことがおきると、すべてがマイナス思考になってしまうのです。
そしてそこから起き上がれない。
やさしいボーイフレンド(セントルイスにいます)が、一日に何回も電話をかけてきてくれているんですよ。
すべてそろっているのにどうして幸せ感がないのかわかりません。
完ぺき主義という事も影響していると思います。
すべてがそろっていないと前に進めない。
私とまるっきり反対。
“なんとかなるべさ”と気楽に考えて、“Just Do it"です。
つまり、“考えてばかりいないで、さっさとやれ”です。
そういえば、私が結婚してまもなく、亭主にT-シャツをプレゼントしたことがあります。
そのT-シャツには“Just Do it"とかかれていました。
本当に似ていますね、娘と亭主のこの性格。
亭主は、いまだにまるっきり変わっていません。
昔と同じです。

でも、家を出たときには娘、少しはわかってくれた感じがしました。
本当に、考えるばかりでは前に進まないのです。
ちなみに、私は考える前に行動に出て失敗することがしばしばありましたが。
私の好きな言葉、“何とかなる”と“運は性格によって決まる”です。

ミネソタとアイオワ州境いで州ポリスに捕まりました。
速度違反です。
私の法則、“制限速度10マイルオーバーまでは大丈夫”をくつがえされてしまった。
70マイルのところを78.5マイルで走っていたら、いつの間にか、後ろにポリスがくっついて走っていました。
普通だったら、その時点で速度を落としていたんだけど、私は私の法則にしたがっていたため、ポリスの目の前で、78.5マイルを続けていたため、ポリスも頭にきたのだと思います。
とめられて、免許証提出したときに、“大目に見てくれ、娘の看病で疲れた、、、うんぬん”と例のアメリカ人の友達に教わった、対ポリス作戦(何でも良いから、言い訳をたくさん並べろ)を発揮し、今回は警告だけで終わりました。
ラッキー。
その後は、早く走っている車の尻にくっついて、順調に家まで帰ってきました。

ハブグレジュンタのマミー

#463:我輩はハブである。パート2

2015-03-17 21:12:25 | アメリカ便り
今日は娘のルームメイトをミネアポリスの飛行場まで送ってきました。
ロスである何とかかんとかのミーティングだそうです。
ついでに娘も同伴。
帰りにペットショップに行ってモルモットを見てきました。
これは娘の提案です。
残念ながら、アルバイノ(白子)のモルモットが一匹しかいませんでした。
でも懐かしいですね。
学生のとき、実験用に繁殖していたモルモットをツガイでもらってきたことがありました。
この2匹、生めよ増やせよで子沢山。
生まれるたびもらってくれる家を探すので大変でした。
2匹とも私がアメリカに渡った後も、元気で9歳で大往生しました。
よりさん面倒見るのに大変だったでしょうに。

いよいよ明日、娘のギブスが取れます。
娘は年頃の娘らしく、傷の大きさを心配しています。
明日からは、ブーツになりますが、車の運転は無理。
でもいくらバスが発達しているといってもここはアメリカ。
日本みたいには行きません。
車がなければ生活できません。
だから、右足ブーツでも運転しなければならないときがあるので、明日病院のあと広い駐車場にでも行ってちょっと運転練習をしてきます。
二人そろって、ギブスなんてことにならなければ良いですが。

ハブチャンの続きです。

マミーは犬が、馬鹿がつくほど大好きです。
だから、犬を見かければ必ず、すいつかれるように犬のほうに行ってしまいます。
おかげで、引き綱につながれた僕までも、得体の知れない見ず知らずのチワワから、セントバナードぐらいの大きな犬のそばに行かなければなりません。
もちろん、やきもちやきの僕としては非常に頭にきます。
ジュンタがマミーとじゃれあうのを見ても頭にくる僕が、見ず知らずの犬がマミーと仲良くして、頭にこないわけがないです。
だから僕としても相手が小さい犬でも大きい犬てもかまわず、あの犬の優勢行動(乗っかるやつです)を取るのです。
マミーは困ったように僕を引き離そうとしますが、僕もできるだけ、がんばって誰が上かを見せ付けてやります。
本当にマミーぐらいの犬好きを僕は知りません。
特に二人の子供が家から出て行った後は、僕たちが人間様の子供になった気分がします。

マミーは僕が1歳半ぐらいのとき、僕をパピーしつけ教室に連れて行き始めました。
僕としてはマミーと二人だけで、いられるのでうれしかったですが、車で往復1時間10分は大変でした。
というのはマミーの運転は性格が示すように非常に荒っぽいからです。
ほとんどの道は高速。
何事もすばやいマミー、運転もこれまた早い。
制限時速、65マイルのところは、“10マイルオーバーまでは大丈夫”なんてことを言って、74マイルぐらいで突っ走る。
そして、普通の道路に入るとブレーキとアクセルを交互に踏む。
僕は車の中で、前につんのめったり、後ろに押し倒されたりで、クラスにつくまでにすっかり消耗してしまいました。
でも僕みたいな賢い犬が、どうして馬鹿犬どもと一緒にしつけクラスに通わなくてはいけなかったかしばらくわかりませんでした。
おまけに近くにあるパピークラスに行かないで、どうしてこんな遠くまで来なくてはいけなかったのかもわかりませんでした。
クラスが終わってやれやれと思っていた僕に、マミーは“やっぱりハブチャンは利口。次のクラスに進もう”なんて、僕にとっては奈落の底に落ちた感じがしました。
“クラスはしょうがないというか、かわいい犬も結構来ているので何とかなるけど、あの運転はね~”。
“でも次のクラスってなんだろう?、マミーはいったい何を考えているんだろう?”。

この続きはまたのお楽しみです。
長くなると文句がうるさいので。

ハブグレジュンタのマミー


#462:我輩はハブである。パート2を書こうと思ったけど、、、、

2015-03-16 17:56:41 | アメリカ便り
今日は久しぶりに娘を外に連れ出しました。
2月26日にアキレスを切ってから、ずーとベッドのうえですごしていた娘の、気分転換と運動を兼ねて。
ミシシッピー川沿を車でドライブ。
と書いたところで、昨晩はやめてしまいました。

今日は娘とスーパーへ行ってきました。
私が帰った後、車をしばらく運転できない娘のため、シャンプー、石鹸、歯磨き、冷凍食品などいろいろ買い揃えました。
何せ、右足ですから。
車の運転ができないのが最悪です。
でもミネアポリスはバスが非常に充実しています。
だから、学校の行き来は大丈夫でしょう。
しかしながら、本当にソマリア人がなんと多いところでしょうか。
おまけに女性の大半は、例のすそ引きずり、鞍馬天狗的または、ほっかぶり的頭巾をつけている。
すそ引きずり衣装って、モップの変わりみたいで床をきれいにしてくれるのは良いけど、危ないですね。
あんなんで、車を運転するんだから。
砂漠や、後進国で住んでいる分には良いかもしれないけど、発展国に着たらそれなりの服装をしてほしいです。
わからないことは、こういった後進国的服装をするという考え方を持った人達が、車を運転し、コンピューターを操作し、携帯電話で話しながら道を歩いているということです。
このモスレムの衣装、要するに制服みたいなのです。
制服を着ることによって、着飾ったりする必要がない、つまり、ファッションという非現実的要素から開放されていることだそうです。
そして、肌をあらわにすることによっておきる、性の対象としてみなされることもないというわけだそうです。
変態男から逃れることはどんな格好をしても無駄でしょうが。

でもです、無宗教の私は思うのです。
どうして宗教って集団行動を取るのだろう。
宗教って一人ひとりの心の中にあるもの感ずるもの信じるものだと思う。
そんなものに宗派を作り、団体で一緒に祈りをささげたりすることってわかりません。
みんな考えが同じなんてことありえないでしょう。

日本みたいに適当なのが良いですね。
7、5、3、は神社、結婚式は教会やら、神社、そして死ぬときはお寺。
家には仏壇と神棚。
宗教なんて、時、都合、場所、個人によって変わるものでよいのです。

ハブグレジュンタのマミー






#461: 我輩はハブである。パート1

2015-03-14 23:33:47 | アメリカ便り
こんな題のブログを書くということは、私が娘のところで非常に暇に時を送っているという事です。
セントルイスに帰るまで残り5日間ほど、子供孝行を目いっぱいしていきたいと思います。
なんてね。
いつも子供孝行をしているんだけど。
この辺で、親孝行も初めてほしいと思いますが。
親にとって親孝行とは子供が病気をせず、警察沙汰も起こさないと言うことでしょうか。

では、今日は私がハブチャンとなった気分で書きたいと思います。

僕の本名はハブズ。
“キャルビン アンド ハッブス”というアメリカ漫画の、主人公キャルビンのお友達のタイガーの名前から取ったものだそうです。
でもハッブスなんて呼ばれたことはなく、ハブまたはハビーと呼ばれています。
大好きな人はやっぱりマミー(私のこと)。
マミーは本当によく僕達の面倒を見てくれます。
特におととしの4月に重度の心臓病がわかってから、毎日2回7種類もの薬を僕の好きなピーナッツバターやら、缶入りドッグフードに混ぜて飲ませてくれます。
でもやっぱり薬はまずいので、僕も飲もうと努力しなければなりません。
特にひとつ、非常に大きいのがあります。
これはアーモンドの粒ぐらいの大きさ。
味はもちろんまずいし、その上僕はそれを毎回一個半飲まなくてはいけません。
マミーも僕もこの薬のために非常に苦労しています。
マミー曰く、この薬だけでも、一日4ドルかかるから絶対に無駄にしてはだめといいます。
僕もがんばっていますが、、、、
他のは、普通サイズなので、大丈夫なんですが。
でも時々、上手に薬だけ吐き出して、ピーナッツバターやら缶フードだけ食べるなんて器用なこともやってます。
でもこの薬のおかげで、僕は今のところ、マミーと一緒にいることができているんです。
最近は缶フードも効かなくなったので、チーズを入れてくれます。
その次は、きっとひき肉そして、ステーキになるだろうな~なんて考えています。
何でも僕の前の前にいたスピリットは、病気(癌だったそうです)がひどくなり、缶フードも食べなくなったとき、ステーキを食べさせてもらったそうです。
これはマミーがキャシーと話をしていたときに聞いたことですが。
ステーキになるのはうれしいけど、でもそうなるって言うことは僕の死が迫っているということだということなので、普通のドッグフードとチキンやら卵の混ぜものでがんばろうと思います。

でも僕は本当にマミーのところで飼われて幸せです。
最初の5年はマミーも仕事をしていたので、僕は性格がきつく気位の高い4歳上の姉さんグレーシーとで、一日の大部分を過ごしました。
5時にマミーが帰ってくるのが本当に待ち遠しかったです。
マミーは時間のあるときは、僕たちを車に乗せ、近くの公園に連れて行ってくれました。
(お父さんは、車が汚くなるといって絶対僕たちを自分の乗せてはくれませんでした。)
一緒に歩いていると、通りかかる人達がみんな“かわいい”といって僕たちをほめてくれました。
日本人は、自分の身内がほめられても謙遜すると聞いていたけど、マミーは、“本当にかわいいでしょ”とみんなに僕たちを自慢していました。
やはり、マミーは普通の日本人とは違うな。
時々、話好きのマミーは知らない人とでも話し込むため、僕たちは引き綱をつけられたまま、マミーの周りをうろちょろしなければならなくなります。
なんとなく引き綱を引っ張って井戸端会議を壊そうとするのですが、なかなかうまくいきません。

ちょっともう長くなったので、この続きはまた明日。
なんせ、時間はまだたっぷりとある。

ハブグレジュンタのマミー



#460: 子育ては難しい。

2015-03-12 13:56:54 | アメリカ便り
昨日は息子から珍しく電話があり、医者に行きたいから電話番号を教えてくれとのこと。
頼みごと、何かほしいものがない限り電話なんかかかってきません。
時々めまいがするとのこと。
時々だけどもう何年も続いているとのこと。
電話番号を教えて、すぐ予約せよといいましたが、また電話するのを忘れるから、予約取っておいてと頼みこんでくるかも知れません。
今月24歳なんですが。

昨日は娘とちょっと口論をしました。
もう26歳になろうとする娘、いまだに自分に自信がないことを親の私のせいにします。
一緒にすまなくなってもう8年近くになろうとしているのに。
がっかりです。
5月に一応公衆衛生で、修士を取りますが、その先が決まっていない。
自分に自身がないからその先が決められないとのこと。
23歳で一人アメリカに来た私にはわからない感覚です。
医学部を受けたけど、試験自体の点数は合格点ですが、その他(これがまたたくさんあるのです)のボランティア時間、医者の手伝いをした時間(シャドウ)等が足りないということで、応募した医学部からはよい返事が来ない。
あせるのはわかりませんが、嘆くより次を考えなければならない段階でしょう、といいたくなります。

でもこれも、あまりにも恵まれた環境に育ってきた甘えからきていることだと思います。
私は自分で決め、前に進むしか他に選択がなかった。
視野を高め、選択能力を高めるような育て方をしてきたと思ったけど、それがマイナスになったとは。
もう知りません。
ほっときます。
自分で決め、自分で前に進んでくれ。

娘の得意言葉、“自信がない”です。
でも何パーセントの人が自信をもって前に進んでいるでしょうか。
前に進みながらそれにつれ自信というのは備わってくるものだと思います。
自信というものは先に来ないです。
だから、“自信があるかないか”がその人の人生を決定する手段となるべきではないと思います。
昔、勤めていた会社にただ一人尊敬できるボスがいました。
その人曰く、“昇進というのはご褒美的にあげるものではない(これは私の訳です)”。
つまり、昇進というのは過去の業績に対して与えるのではなく、これからその人が何ができるかということに対する可能性に対してあげるべきだとのこと。
さすが私が尊敬するだけの人。
よいことを言う。
初めてこのようなことを聞きました。
実際にこのようなことは起きませんが。

でもそのようなことができるということはボス自体が、よく人を観察しその人を理解しなければできないことだと思います。
つまり、昇進させるということは一歩通行ではないのです。
ボス側の努力も要ることなのです。
だから、尊敬するボスが言ったことはほとんどの会社では理想論でしかないです。
というのはそんなことに時間を対やするボスなんていないからです。

私は自信より可能性を信じてアメリカにやってきました。
何とかなるんです。

ハブグレジュンタのマミー

先日、キャシーがスカイプをしてくれて、ハブチャンジュンちゃんの元気な顔を見せてくれました。
ジュンちゃんはキャシーの電話に向かってしきりに首を傾げていました。
ハブチャンは上目使いで、電話を見ていました。
主人だったら絶対、こんなことしてくれないでしょう。
ありがとう、キャシー。