最近、老後の暇つぶしのつもりでマンガみたいなものを描きはじめて
色々試行錯誤で読者コメント可でサイトに投稿してみたら
かなりのバッシングコメントが付いたり
反応がゼロだったりするので
読者が一人とかゼロでも描き続ける意味はあるのか
社交辞令のほめ言葉を真に受けて良いのか
人に無視されるよりは不良が相手してくれるほうが楽しい
言いたいことが伝わってなくて無視されてるのはましとして
伝わってて無視されてるとしたらもっとキツイ
反論とかバッシングされてるうちはまだ相手が認めてくれている
青少年と中高年は別人種
読者数やアクセス数を運営側がある程度操作してる
とか実社会にも通じるようなイジメの構造とかを感じて
おもしろいというか反面疲れる
ネットでは相手が見えないというのがやはり最大の特徴で
キツイ言葉でも知りあいが言ってれば冗談で済むが
ネットも実社会も結局、人間関係の仕組みは同じかもしれない
バッシングコメントについては
自分自身はほとんどの事を面白がるというか研究材料として
受け止めるほうなので、まだダメージは少ないが
繊細な作者ならショックは大きいだろうと想像できる
全く面識の無い相手から「頭おかしい」と言われるのと
知人から同じことを言われるのは、同じ意味だとしても
インパクトがかなり違うようだ
風刺画の1コママンガから戦争になるのも
よくわかる気がする
というか、そもそも
若者ばかりが集まってるコンサート会場で
一人ズレたタイミングで踊ってるおっさんみたいで
どうしようもない
結論としては年齢とか性別とか
その他色々立場が違っても共感できるような
作品を淡々と作るしかないなあ
と思ったが、そんなものを作れる力があるなら
今頃とっくに作家になっとるがな
やっぱり老後はメダカを飼うだけにしとこ
八田四郎 早春の結論
色々試行錯誤で読者コメント可でサイトに投稿してみたら
かなりのバッシングコメントが付いたり
反応がゼロだったりするので
読者が一人とかゼロでも描き続ける意味はあるのか
社交辞令のほめ言葉を真に受けて良いのか
人に無視されるよりは不良が相手してくれるほうが楽しい
言いたいことが伝わってなくて無視されてるのはましとして
伝わってて無視されてるとしたらもっとキツイ
反論とかバッシングされてるうちはまだ相手が認めてくれている
青少年と中高年は別人種
読者数やアクセス数を運営側がある程度操作してる
とか実社会にも通じるようなイジメの構造とかを感じて
おもしろいというか反面疲れる
ネットでは相手が見えないというのがやはり最大の特徴で
キツイ言葉でも知りあいが言ってれば冗談で済むが
ネットも実社会も結局、人間関係の仕組みは同じかもしれない
バッシングコメントについては
自分自身はほとんどの事を面白がるというか研究材料として
受け止めるほうなので、まだダメージは少ないが
繊細な作者ならショックは大きいだろうと想像できる
全く面識の無い相手から「頭おかしい」と言われるのと
知人から同じことを言われるのは、同じ意味だとしても
インパクトがかなり違うようだ
風刺画の1コママンガから戦争になるのも
よくわかる気がする
というか、そもそも
若者ばかりが集まってるコンサート会場で
一人ズレたタイミングで踊ってるおっさんみたいで
どうしようもない
結論としては年齢とか性別とか
その他色々立場が違っても共感できるような
作品を淡々と作るしかないなあ
と思ったが、そんなものを作れる力があるなら
今頃とっくに作家になっとるがな
やっぱり老後はメダカを飼うだけにしとこ
八田四郎 早春の結論