人の幸せと言うものは、他人との比較で決まります。他人よりも優越感を得られれば、幸せと思い、劣等感を感じれば不幸に感じるのであります。それなら、比べなければ良いのでありますが、比べるのが大好きなのが人間です。その人の髪型から服装、持ち物、仕草、言葉遣い、何でも比べるのが大好きなのです。私は、お寺を手伝うようになった時、他のお寺の事情を知りたくて、様々な研修会に顔を出したり、勉強会に顔を出し、たくさんのご住職と知り合うことができました。そして、知り合ったご住職のお寺に、よく遊びにいかせていただきました。他のお寺と法徳寺を比べ、正直なところ、かなり劣等感を感じました。境内の大きさや本堂の大きさ、檀家の数、それはお寺の経済力であります。しかし、それだけではありません。お寺の行事、法話会、私の憧れたご住職は、一生懸命に、阿弥陀如来の救いを説く活動をされていらっしゃいました。もともと、大きなお寺だったのかもしれませんが、それだけでは無いのでありました、ご住職の努力、ご住職の熱意によって寺に活気があったのであります。それは自然にお寺の力となり経済力となっていたと思います。自分にとって必要のないものに、人はお金は出しません。自分にとってなくてはならないもの、これがあるから生きていけると言う、救いがなければ、1円でも出すわけはありません。お寺は、住職の持ち物ではありません、檀家の皆さんのものであります。だからこそ、税制面で優遇を受けられるわけであります。あれから、早いもので30年以上が経ちました。法徳寺は、今、皆さんにとって必要とされている場であれば、住職としてこれ以上に幸せな事はありません。
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