■女には向かない職業/P.D.ジェイムズ 2017.11.28
『ミステリ国の人々』(有栖川有栖)紹介の古典、その12は、P.D.ジェイムズ 『女には向かない職業』 です。
『ミステリ国の人々』の紹介文。
彼女の奮闘ぶりと最後に明かされる事件の構図の妙は、お読みになってお確かめいただきたい。天才的な名探偵の活躍を追うのは楽しいが、もたつく探偵を応援しながら読むミステリもいいものだ。
「バーニイの教えに導かれ」と書いたが、そのバーニイにも師匠がいた。ロンドン警視庁で刑事をしていた時のボスであるアダム・ダルグリッシュ警部(のちに警視)だ。コーデリアは、ダルグリッシュの孫弟子ということになる。
これが渋くてダンディな警視で、詩集を出している詩人刑事なのだ。最近、奇抜さや華やかさを売りにしないキャラクターや作品を反射的に「地味」と評する人がいるようだが、「渋い」を死語にしないでもらいたい。
『女には向かない職業』は、ハードボイルドと本恪ミステリのブレンドの具合が絶妙だ。そして、幕切れ近くでコーデリアが思いのたけをダルグリッシュにぶつける場面は、読者の心に刻まれるだろう。
この作品は新米探偵のヒロインを通して自立と成長を描いた物語だが、もう一つテーマがある。継承だ。私は、「読むと元気になれるミステリ」として本書をフレッシュマンに推薦すると同時に、その上司となる方々には「ダルグリッシュのようであってください」と望む。
ゆったりと時間の流れるバーで、こんな会話ができたら、ぼくは、自らの人生を、きっと愛せただろう。
「きみはだいぶ哲学的になったな、アダム」
「いや、以前よりいささか執念深くなくなったか、それとも単に、年をとったというだけのことでしょう。ときには未解決のままのほうがいい事件もあるのだという気分をときおり感じることができるのは、うれしいものですな」
以下の引用文で、この物語の「文章の雰囲気」を感じてみて下さい。
年配の人々というのは、どんなにひねくれた、あるいは衝撃的な意見でも受け入れるだけの能力を持っているように見えるのに、単純な真実を聞かされて気を悪くしてしまうのでは、包容力などはどうなっているのだろうとまたもや首をかしげた。
人は生きる。味わい深い話も随所で囁かれます。
主人と結婚したのは五十三歳のときだったのですよ。
みんな、私がその年齢になって結婚するなんて馬鹿だと申しましたけれど(略)一人の女にやさしかった男なら、もう一人の女にも同じですよ。私はそう信じたのですが、その通りでした
きみは愛の定義をキリスト教で言う慈愛の意味にするのかね? 歴史を読みなさい。ミス・グレイ。愛という宗教が人類をどんな恐怖へ、どんな暴力へ、憎悪と抑圧へみちびいて行ったかをごらん。しかし、きみはもう少し女性的な、もう少し個人的な定義を好むだろうな。愛とは、他の人に対する情熱的行為である、という具合いに。極度の個人的な情熱は必ず、嫉妬と独占欲とに終わるものだ。愛は憎悪よりももっと悪い。何かのために身を捧げるというのなら、理想のためにこそ捧げなさい。
時はその秘密の重みを消してしまうであろう。人生はつづいて行くのだ。
イギリスでは、話したくない人間を無理に話させることは誰にもできないのだ。
『女には向かない職業』 は、読み終えるのに意外に、長時間、掛かってしまった。
訳が読みにくいのか。原文もこれと似たり寄ったりの文章なのか。分からない。とにかく読むのに時間が掛かった。
小さめの活字で1ページにわたり、ぎっしりと文字で埋め尽くされている。これも原因のひとつかと思われます。
ぼくだけかと思い、他の方の読後感想を読んでみました。
「時間がかかった」 との声が多かった。余りの多さに、ぼくは笑ってしまった。
あなたも、このような本を、一度経験されてみてはいかがかな。
でも、途中で手放してはなりませんぞ。
p150が峠で、峠を越せば面白くなる。 なかなか味わい深い物語でもあるのだ。
『 女には向かない職業/P.D.ジェイムズ/小泉喜美子訳/ハヤカワ文庫 』
『ミステリ国の人々』(有栖川有栖)紹介の古典、その12は、P.D.ジェイムズ 『女には向かない職業』 です。
『ミステリ国の人々』の紹介文。
彼女の奮闘ぶりと最後に明かされる事件の構図の妙は、お読みになってお確かめいただきたい。天才的な名探偵の活躍を追うのは楽しいが、もたつく探偵を応援しながら読むミステリもいいものだ。
「バーニイの教えに導かれ」と書いたが、そのバーニイにも師匠がいた。ロンドン警視庁で刑事をしていた時のボスであるアダム・ダルグリッシュ警部(のちに警視)だ。コーデリアは、ダルグリッシュの孫弟子ということになる。
これが渋くてダンディな警視で、詩集を出している詩人刑事なのだ。最近、奇抜さや華やかさを売りにしないキャラクターや作品を反射的に「地味」と評する人がいるようだが、「渋い」を死語にしないでもらいたい。
『女には向かない職業』は、ハードボイルドと本恪ミステリのブレンドの具合が絶妙だ。そして、幕切れ近くでコーデリアが思いのたけをダルグリッシュにぶつける場面は、読者の心に刻まれるだろう。
この作品は新米探偵のヒロインを通して自立と成長を描いた物語だが、もう一つテーマがある。継承だ。私は、「読むと元気になれるミステリ」として本書をフレッシュマンに推薦すると同時に、その上司となる方々には「ダルグリッシュのようであってください」と望む。
ゆったりと時間の流れるバーで、こんな会話ができたら、ぼくは、自らの人生を、きっと愛せただろう。
「きみはだいぶ哲学的になったな、アダム」
「いや、以前よりいささか執念深くなくなったか、それとも単に、年をとったというだけのことでしょう。ときには未解決のままのほうがいい事件もあるのだという気分をときおり感じることができるのは、うれしいものですな」
以下の引用文で、この物語の「文章の雰囲気」を感じてみて下さい。
年配の人々というのは、どんなにひねくれた、あるいは衝撃的な意見でも受け入れるだけの能力を持っているように見えるのに、単純な真実を聞かされて気を悪くしてしまうのでは、包容力などはどうなっているのだろうとまたもや首をかしげた。
人は生きる。味わい深い話も随所で囁かれます。
主人と結婚したのは五十三歳のときだったのですよ。
みんな、私がその年齢になって結婚するなんて馬鹿だと申しましたけれど(略)一人の女にやさしかった男なら、もう一人の女にも同じですよ。私はそう信じたのですが、その通りでした
きみは愛の定義をキリスト教で言う慈愛の意味にするのかね? 歴史を読みなさい。ミス・グレイ。愛という宗教が人類をどんな恐怖へ、どんな暴力へ、憎悪と抑圧へみちびいて行ったかをごらん。しかし、きみはもう少し女性的な、もう少し個人的な定義を好むだろうな。愛とは、他の人に対する情熱的行為である、という具合いに。極度の個人的な情熱は必ず、嫉妬と独占欲とに終わるものだ。愛は憎悪よりももっと悪い。何かのために身を捧げるというのなら、理想のためにこそ捧げなさい。
時はその秘密の重みを消してしまうであろう。人生はつづいて行くのだ。
イギリスでは、話したくない人間を無理に話させることは誰にもできないのだ。
『女には向かない職業』 は、読み終えるのに意外に、長時間、掛かってしまった。
訳が読みにくいのか。原文もこれと似たり寄ったりの文章なのか。分からない。とにかく読むのに時間が掛かった。
小さめの活字で1ページにわたり、ぎっしりと文字で埋め尽くされている。これも原因のひとつかと思われます。
ぼくだけかと思い、他の方の読後感想を読んでみました。
「時間がかかった」 との声が多かった。余りの多さに、ぼくは笑ってしまった。
あなたも、このような本を、一度経験されてみてはいかがかな。
でも、途中で手放してはなりませんぞ。
p150が峠で、峠を越せば面白くなる。 なかなか味わい深い物語でもあるのだ。
『 女には向かない職業/P.D.ジェイムズ/小泉喜美子訳/ハヤカワ文庫 』