■アーモンド 240826
ソン・ウォンピョンの『アーモンド』を読みました。
僕とゴニの青春小説でした。
一言で言うと、この物語は、怪物である僕がもう一人の怪物に出会う話だ。
僕はゴニに会いに行く。目的も、伝えたいこともない。ただなんとなく、会いに行く。
みんなが怪物だと言っていた、ぼくの良き友に。
人は誰でも、頭の中にアーモンドを二つ持っている。それは耳の裏側から頭の奥深くにかけてのどこかに、しっかりと埋め込まれている。大きさも、見た目もちょうどアーモンドみたいだ。アーモンドという意味のラテン語や漢語から、「アミグダラ」とか「扁桃体」と呼ばれている。
外部から刺激があると、アーモンドに赤信号が灯る。刺激の性質によって、あなたは恐怖を覚えたり気持ち悪さを感じたりして、そこから好きとか嫌いとかの感情が生まれる。
ところが僕の頭の中のアーモンドは、どこかが壊れているみたいなのだ。刺激が与えられても、赤信号がうまく灯らない。だから僕は、周りの人たちがどうして笑うのか、泣くのかよくわからない。喜びも悲しみも、愛も恐怖も、僕にはほとんど感じられないのだ。感情という単語も、共感という言葉も、僕にはただ実感の伴わない文字の組み合わせに過ぎない。
世界で一番かわいい怪物。
「感情という単語も、共感という言葉も、僕にはただ実感の伴わない文字の組み合わせに過ぎなくとも」、
人は、人のぬくもりのなかで生きていける。
母さんの話が終わってしばらく沈黙したままだったばあちゃんが、突然表情を変えた。
「おまえの母さんの話が本当なら、おまえは怪物だよ」
「世界で一番かわいい怪物。それがおまえだな!」
「友だちが怪我してるっていうのに、大丈夫って声をかけることもできないの? 噂には聞いてたけど、この子本当に普通じゃないわね」
何と答えたらいいのかわからず。僕は口を開かなかった。
何か「事件」が起きたらしいと感づいた子どもたちが周りに集まってきて、ひそひそと話している声が耳に入ってきた。
僕を救ってくれたのは、ばあちゃんだった。ばあちゃんは、映画のワンダーウーマンのようにどこからか登場して、僕をひょいと抱き上げた。
「めったなことを言いなさんな。転んだのは運が悪かっただけだろう、なんで他人のせいにするのさ?」
ばあちゃんはおばさんをがつんと一喝すると、子どもたちにもひとこと言うのを忘れなかった。
「何を面白がって見てるんだ? ろくでもないガキどもだ」
みんなとかなり離れてから、ばあちゃんの顔を見上げた。怒りが収まらないのか、きゅっと閉じた口がぐっと前に突き出ていた。
「ぱあちゃん、どうしてみんな僕のこと変だって言うの?」
ばあちゃんは、突き出た口を引っ込めた。
「おまえが特別だからだろ。人っていうのは、自分たちと違う人間がいるのが許せないもんなんだよ。よしよし、うちのかわいい怪物や」
ばあちゃんが、砕けてしまうんじゃないかと思うほど僕を強く抱きしめるので、あばら骨が痛かった。
「知りませんでした、僕がおじさんと親しいって」
「ハハ、違うって言わないでくれよ。まあ、陳腐な表現だけど、出会うべき人には出会うっていうからな。あの子が君とそんな関係になるかどうかは、時間が教えてくれるだろう」
「おじさんがなんでゴニと付き合うなと言わないのか、聞いてもいいですか?」
「私は、人を安易に決めてかからないようにしてるんだ。人はみんな違うから。君たちの年頃には特にね」
博士が過去形で話していることに気が付いた。
「会いに行かれたんですか、病院に?」
シム博士がうなずいた。口元がちょっと下がっていた。母さんのことを悲しんでいるのだとしたら、母さんもきっと嬉しく思うだろう。それは母さんが教えてくれた。“チップ”だった。思いがけないご褒美みたいなもの。自分の悲しみを人が一緒に悲しんでくれるのは嬉しいことだと。マイナス×マイナス=プラスの原理だと言っていた。
『 アーモンド/ソン・ウォンピョン/矢島暁子訳/祥伝社 』
ソン・ウォンピョンの『アーモンド』を読みました。
僕とゴニの青春小説でした。
一言で言うと、この物語は、怪物である僕がもう一人の怪物に出会う話だ。
僕はゴニに会いに行く。目的も、伝えたいこともない。ただなんとなく、会いに行く。
みんなが怪物だと言っていた、ぼくの良き友に。
人は誰でも、頭の中にアーモンドを二つ持っている。それは耳の裏側から頭の奥深くにかけてのどこかに、しっかりと埋め込まれている。大きさも、見た目もちょうどアーモンドみたいだ。アーモンドという意味のラテン語や漢語から、「アミグダラ」とか「扁桃体」と呼ばれている。
外部から刺激があると、アーモンドに赤信号が灯る。刺激の性質によって、あなたは恐怖を覚えたり気持ち悪さを感じたりして、そこから好きとか嫌いとかの感情が生まれる。
ところが僕の頭の中のアーモンドは、どこかが壊れているみたいなのだ。刺激が与えられても、赤信号がうまく灯らない。だから僕は、周りの人たちがどうして笑うのか、泣くのかよくわからない。喜びも悲しみも、愛も恐怖も、僕にはほとんど感じられないのだ。感情という単語も、共感という言葉も、僕にはただ実感の伴わない文字の組み合わせに過ぎない。
世界で一番かわいい怪物。
「感情という単語も、共感という言葉も、僕にはただ実感の伴わない文字の組み合わせに過ぎなくとも」、
人は、人のぬくもりのなかで生きていける。
母さんの話が終わってしばらく沈黙したままだったばあちゃんが、突然表情を変えた。
「おまえの母さんの話が本当なら、おまえは怪物だよ」
「世界で一番かわいい怪物。それがおまえだな!」
「友だちが怪我してるっていうのに、大丈夫って声をかけることもできないの? 噂には聞いてたけど、この子本当に普通じゃないわね」
何と答えたらいいのかわからず。僕は口を開かなかった。
何か「事件」が起きたらしいと感づいた子どもたちが周りに集まってきて、ひそひそと話している声が耳に入ってきた。
僕を救ってくれたのは、ばあちゃんだった。ばあちゃんは、映画のワンダーウーマンのようにどこからか登場して、僕をひょいと抱き上げた。
「めったなことを言いなさんな。転んだのは運が悪かっただけだろう、なんで他人のせいにするのさ?」
ばあちゃんはおばさんをがつんと一喝すると、子どもたちにもひとこと言うのを忘れなかった。
「何を面白がって見てるんだ? ろくでもないガキどもだ」
みんなとかなり離れてから、ばあちゃんの顔を見上げた。怒りが収まらないのか、きゅっと閉じた口がぐっと前に突き出ていた。
「ぱあちゃん、どうしてみんな僕のこと変だって言うの?」
ばあちゃんは、突き出た口を引っ込めた。
「おまえが特別だからだろ。人っていうのは、自分たちと違う人間がいるのが許せないもんなんだよ。よしよし、うちのかわいい怪物や」
ばあちゃんが、砕けてしまうんじゃないかと思うほど僕を強く抱きしめるので、あばら骨が痛かった。
「知りませんでした、僕がおじさんと親しいって」
「ハハ、違うって言わないでくれよ。まあ、陳腐な表現だけど、出会うべき人には出会うっていうからな。あの子が君とそんな関係になるかどうかは、時間が教えてくれるだろう」
「おじさんがなんでゴニと付き合うなと言わないのか、聞いてもいいですか?」
「私は、人を安易に決めてかからないようにしてるんだ。人はみんな違うから。君たちの年頃には特にね」
博士が過去形で話していることに気が付いた。
「会いに行かれたんですか、病院に?」
シム博士がうなずいた。口元がちょっと下がっていた。母さんのことを悲しんでいるのだとしたら、母さんもきっと嬉しく思うだろう。それは母さんが教えてくれた。“チップ”だった。思いがけないご褒美みたいなもの。自分の悲しみを人が一緒に悲しんでくれるのは嬉しいことだと。マイナス×マイナス=プラスの原理だと言っていた。
『 アーモンド/ソン・ウォンピョン/矢島暁子訳/祥伝社 』