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果てしなき輝きの果てに ケンジントンは傾いている

2020年09月14日 | もう一冊読んでみた
果てしなき輝きの果てに/リズ・ムーア  2020.9.14  

果てしなき輝きの果てに』 を読みました。
ミッキーの祖母、ジーや大家さんのセシリア・マーン、妹のケイシーは生き生きと描かれているのですが、当のミッキーは、本人が私は利口だとか、勉強が出来たとか言っているほどには、行動が何とも鈍くさい。読んでいてイラッときましす。
上下2段p476。同じような繰り返しの出来事に少し退屈も感じます。


 わたしは自分がみじめだとよくわかっている。サイモンから小切手が届かなくなってからはいっそう。わたしは弱い? まあ、ある意味では。たぶん頑固なのだ。融通がきかないうえに、意地っ張り、救いの手が差し伸べられてもそっぽを向く。身体面でも臆病だ。銃弾が向けられた仲間の前に身を投げ出したり、雑踏のなかに姿をくらます犯人をとっさに追いかけたりするような警官ではないから。みじめ、たしかに。弱い、そのとおり。愚か、それはちがう。わたしは愚か者ではない。

 今朝の点呼開始には間に合わなかった。またしても。遅刻するのは今月に入って三度目だなんて、はずかしくて認めたくない。遅刻などもってのほか。優秀な警官たるもの、時間は遵守すべし。

 ウィンドウの向こうでは、麻薬の注射を求める人と、注射を終えた人が行き交ういつもの風景が広がる。歩道を歩くふたりにひとりは両脚で身体を支えきれずに、ゆっくりと地面に溶けだしているようだ。「ケンジントンは傾いている」と言って、その手のことをジョークのネタにする輩もいる。わたしはそんなことはぜったい言わない。......圧倒的に多いのは白人だが、薬物依存は差別をしないので、あらゆる人種のあらゆる信条を持つ人の姿がそこにある。女たちは化粧をしていないか、目のまわりを濃いアイライナーで丸く塗っている。大通りを仕事場にする女たちはそれらしい格好をしているわけではないが、だれにでもわかる。通りすぎる車、通りすぎる男たちをいちいち長いこと凝視しているからだ。わたしはそういう女たちのほとんどを把握しているのだが、向こうもほぼ全員がわたしのことを知っている。

 わたしは巡査部長に毛嫌いされている。彼が他の地区から移動してきた日が浅いころにわたしがやらかしたへまが元凶だ。朝の点呼の最中に巡査部長はわたしたちが追っていた犯人についてまちがったことを伝えたので、わたしは手を挙げて記録を訂正するように言ったのだ。そんなことをするなんて、うかつで軽率だったと気づいたときには時すでに遅し。上下関係や立場に波風を立てないように、あとで直接言えばよかったのだ。......アハーン巡査部長はそれどころか“このことはぜったい忘れないからな”という顔つきをした。

 「心臓発作と同じぐらい大まじめだよ」巡査部長お気に入りの、よく使う言い回しだ。

 わたしが言わんとしたのは、いまのわたしがあるのはこれまでに下してきた決断のおかげだということ----重要なのは運ではなく、決断なのだ。

 ときおり夜更けにジーの泣き声とおぼしきものが聞こえてくることがあった。それは、うつろで、不気味な声だった。大泣きしている子どものようにしゃくりあげて、果てしない悲しみをたたえていた。それなのに日中のジーはあきらめと怒り以外の自分の気持ちをいっさい表に出さなかった。

 子どものときからわたしにはよくない癖がある。自分が理解できないものは避けて通り、恥をかかされることには背を向け、立ち向かわずに逃げるのだ。つまり、わたしは臆病者だ。

 ミセス・マーンは手を揺らして、はじめにてのひらを、次に手の甲を見つめる。
 「同じ物語でも、見方を変えたら別のものなるのです」


 「あのね」ミセス・マーンが口を開く。「わたしはもう看護師ではないけれど、パトリックが亡くなってからずっと、セント・ジョセフ病院でボランティアをしています。毎週、週に二回通っています。赤ちゃんを抱っこしに」
 「どういうことですか?」
 「依存症の母親から生まれた赤ちゃんをね。この街では、どうしても薬をやめられない母親から生まれる赤ちゃんがどんどん増えているのです。それで、だれも姿を現しません。赤ちゃんの母親や父親が、ということですけど。親は赤ちゃんを産み落とすとすぐにまた路上に戻ってしまうのです。なかには赤ちゃんに近づくのを禁じられているケースもあるけれど、それで、赤ちゃんに離脱症状が起こると、だれかが抱いてやらないといけないのです。痛みを和らげてあげるために」


 「だれだってひとりになりたくないってことなの。麻薬を経っても、しらふでも、どちらの状態でいても、愛する人のそばにいたいと思うものなの。だから、薬をやめても長続きしなかった」


  『 果てしなき輝きの果てに/リズ・ムーア/竹内要江訳/ハヤカワ・ミステリ 』


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