■続横道世之介/吉田修一 2019.8.5
吉田修一は、人間をみる目が優しい。
物語の登場人物で溢れる世の中なら、ぼくだって、もっともっと生きやすかっただろうと感じた。
吉原炎上こと、浜ちゃん
世之介の親友、コモロン
お隣の中国人
奇っ怪なコモロンの大家さん
親父さん
隼人
桜子
みんなの愛情を一杯にうけて育った亮太
皆がみな心優しい人ばかりです。
本来なら、自分の将来を悲観したり、自分の実力に落胆したり、……、何よりも、自分という存在がこんなにちっぽけだったのかと気づく、ある意味、人生の中で一番の哲学的瞬間でもあるはずなのだが、根がひねくれものというか、どこか天の邪鬼な世之介は、「まだ、ありますよ」と言われれば、「別に買わなくてもいいし」と恰好をつけているくせに、「残り、あと○個」と言われた途端に、俄然鼻息を荒くするバーゲン客そっくりで、哲学的瞬間はおろか、自分がちっぽけな存在であることさえ気づきもせず、あいつも内定取った、あいつも三次に進んだ、という声の中、自分が就職をしたいのか、履歴書が書きたいのか分からなくなるまで追いつめられていた。
ただ、学生のころからへんなこだわりがあり、誰かに、「コモロン、どこに住んでんの?」と訊かれると、「池袋の一つ先」と応える。
たいていの人は特に興味もないので、「へえ、池袋、便利だよね」と話しは終わるのだが、中には世之介のように妙なところにこだわる人間もいて、
「何線で一つ先?」
「なんで?」
「だって、地下鉄とか、西武線、東武線いろいろあるし……」
「埼京線だけど」
「へえ、駅名は?」
「板橋」
「じゃあ、板橋じゃん。池袋じゃなくて」
と、せっかく池袋の近くだと言っているコモロンの気持ちを逆なでする。
世之介の変な性格がよく分かります。
「でもさ、こぅやって会社で嫌なことがあっても、ふと世之介のことを思い出すと、なんかほっとするんだよ。無理しなくてもいいよなって。世之介みたいな奴でもちゃんと生きてけるんだもんなあって、強くなった気になれんの」
そんな性格の世之介にも存在価値あり! ということか。
人間には、役に立たなくてもいいから、誰かにそばにいてほしいときがある。
酒の飲み方って、その人の人生を語るよな。
「まあ、夢っていうのは、黙って追うもんだ。こうなりたい、ああなりたいなんて、ベラベラ喋っている奴はそれで満足するから。だから、私もこれ以上は聞かないよ。聞かないけれど、陰ながら応援はする。夢を諦めろとは言わない。ただ、私だって、これまでにいろいろな若者のことを見てきた。今、横道くんは二十四歳だろ。中途半端に過ごすのはもったいないよ。この時期の決断が、横道くんの人生を決める。それが間違いないことだけは分かる」
「願えば叶う」
「習慣を変えれば人生も変わる」
「自分の潜在能力を信じろ」
町の変化というのは、匂いの変化だ。
町からも、人からも、匂いが消えた。
明日を語れる男が、今日を語れないことを知った。
浜ちゃんの言葉は心からのものなのだが、いかんせん、幸せなときには幸せが実感できないものである。
「世之介ってね、たとえば人からこんな人いるんだよ、って聞くと、とっても良い人そうに見えるんだけどさ、実際そばにいたら、そうでもないからね。極端に頼りないし」
ただ、ダメな時期はダメなりに、それでも人生は続いていくし、もしかすると、ダメな時期だったからこそ、出会える人たちというのもいるのかましれない。
桜子や亮太はもちろん、隼人さんに、親父さん、浜ちゃんだって、コモロンだって、もし世之介が順風満帆な人生を送っていたら、素通りしていったかもしれない。
『 続横道世之介/吉田修一/中央公論新社 』
吉田修一は、人間をみる目が優しい。
物語の登場人物で溢れる世の中なら、ぼくだって、もっともっと生きやすかっただろうと感じた。
吉原炎上こと、浜ちゃん
世之介の親友、コモロン
お隣の中国人
奇っ怪なコモロンの大家さん
親父さん
隼人
桜子
みんなの愛情を一杯にうけて育った亮太
皆がみな心優しい人ばかりです。
本来なら、自分の将来を悲観したり、自分の実力に落胆したり、……、何よりも、自分という存在がこんなにちっぽけだったのかと気づく、ある意味、人生の中で一番の哲学的瞬間でもあるはずなのだが、根がひねくれものというか、どこか天の邪鬼な世之介は、「まだ、ありますよ」と言われれば、「別に買わなくてもいいし」と恰好をつけているくせに、「残り、あと○個」と言われた途端に、俄然鼻息を荒くするバーゲン客そっくりで、哲学的瞬間はおろか、自分がちっぽけな存在であることさえ気づきもせず、あいつも内定取った、あいつも三次に進んだ、という声の中、自分が就職をしたいのか、履歴書が書きたいのか分からなくなるまで追いつめられていた。
ただ、学生のころからへんなこだわりがあり、誰かに、「コモロン、どこに住んでんの?」と訊かれると、「池袋の一つ先」と応える。
たいていの人は特に興味もないので、「へえ、池袋、便利だよね」と話しは終わるのだが、中には世之介のように妙なところにこだわる人間もいて、
「何線で一つ先?」
「なんで?」
「だって、地下鉄とか、西武線、東武線いろいろあるし……」
「埼京線だけど」
「へえ、駅名は?」
「板橋」
「じゃあ、板橋じゃん。池袋じゃなくて」
と、せっかく池袋の近くだと言っているコモロンの気持ちを逆なでする。
世之介の変な性格がよく分かります。
「でもさ、こぅやって会社で嫌なことがあっても、ふと世之介のことを思い出すと、なんかほっとするんだよ。無理しなくてもいいよなって。世之介みたいな奴でもちゃんと生きてけるんだもんなあって、強くなった気になれんの」
そんな性格の世之介にも存在価値あり! ということか。
人間には、役に立たなくてもいいから、誰かにそばにいてほしいときがある。
酒の飲み方って、その人の人生を語るよな。
「まあ、夢っていうのは、黙って追うもんだ。こうなりたい、ああなりたいなんて、ベラベラ喋っている奴はそれで満足するから。だから、私もこれ以上は聞かないよ。聞かないけれど、陰ながら応援はする。夢を諦めろとは言わない。ただ、私だって、これまでにいろいろな若者のことを見てきた。今、横道くんは二十四歳だろ。中途半端に過ごすのはもったいないよ。この時期の決断が、横道くんの人生を決める。それが間違いないことだけは分かる」
「願えば叶う」
「習慣を変えれば人生も変わる」
「自分の潜在能力を信じろ」
町の変化というのは、匂いの変化だ。
町からも、人からも、匂いが消えた。
明日を語れる男が、今日を語れないことを知った。
浜ちゃんの言葉は心からのものなのだが、いかんせん、幸せなときには幸せが実感できないものである。
「世之介ってね、たとえば人からこんな人いるんだよ、って聞くと、とっても良い人そうに見えるんだけどさ、実際そばにいたら、そうでもないからね。極端に頼りないし」
ただ、ダメな時期はダメなりに、それでも人生は続いていくし、もしかすると、ダメな時期だったからこそ、出会える人たちというのもいるのかましれない。
桜子や亮太はもちろん、隼人さんに、親父さん、浜ちゃんだって、コモロンだって、もし世之介が順風満帆な人生を送っていたら、素通りしていったかもしれない。
『 続横道世之介/吉田修一/中央公論新社 』