大人と子供の違いとは何でしょうか?
私は「知恵と分別がある」
ということだと思います。
「知恵」とは「正しいことと間違っていることを見極める能力」つまり「絶対的基準」を持つことです。
では、私たちが生活するこの世の中で「正しいこと」とは何を指すでしょうか?
多くの人、いえ、99%近くの人は
「法律」
を指します。
次いで「モラル=道徳」を指すでしょう。
では、「モラル」とは何か?
「人間と人間以外の動物との違う部分」ではないでしょうか?
「喫緊に取り締まる、規制する必要はないため不文律にしているが、守らないと社会が破綻してしまう法律的な枠組み」
つまりは「法律を守らないと、直ちに社会が崩壊する」
「モラルを守らないと即効性がないが、徐々に社会が崩壊していく」
両方とも律法、つまり法律であり、明文化されているか否かの違いにあります。
社会が崩壊するとは?どういうことでしょうか?
「高度な関係性が崩壊し、動物のような”本能で生きる”社会になる」
つまり、殺人、強姦、放火、強盗が横行し、悪が栄える社会になるということです。
なぜ「道徳、モラル」明文化せず曖昧にするか?
「心の在り方」を明文化してしまえば、世の中から「欲望や混乱や悪意がなくなってしまうから」です。
残念ながら、人間の心の中を私たち人間は、見ることはできません。
それこそ、法律家と言われる人たち(警察官や弁護士、検事、判事)ですら、「目に見えるもの」を基準にしてでしか判断できません。
そして、そういった法律、ルール遵守をさせる機関や人の見本、手本となる人たちですら、「モラルが低い」社会となっています。
世の中全体が、社会全体が「欲望を追求すること、欲を満たすことが幸せな生き方だ」
とマスコミに洗脳されているからです。
「幸せ」とは一体どういうものなのでしょうか?
「一時的なものではなく、常に、喜びがある。感謝、感激がある状態」
つまりは「心の状態、心の在り方」が幸せの定義なのです。
つまり幸せになるには、心の在り方を変える方法が分かればよいのです。
しかし、この世の中の自己啓発、スピリチュアル、新興宗教には、心の在り方を変える方法を教えてくれる場所はありません。
「感謝の心を持て」
「天国言葉をつかえ」
などと言っている自己啓発の第一人者がいますよね?
私もつい3年ほど前まで斎藤一人信者でした。
しかし、彼が言うことを実践しても人生は良くなりませんし、苦しみがますばかりです。
なぜならば「有名になること、成功すること、自分が栄えること、ちやほやされること=幸せな状態」という定義が基本的に彼の中にはあるからです。
ですから、彼の講演を聞きに来ている人たちや彼の講演を聞いて実践して成功した人たちは
「実際ビジネスで成功した人から成功哲学を聞きに来ているだけ」
「耳障りがよく、面白おかしいエピソードを聞いて、楽しむために来ているだけ」
なのです。
しかし残念ながら、斎藤一人の下で学んだ人で彼ほど成功した人を耳にしませんでしたし、実践しても何の効果も得られませんでした。
以下の1時間44分もある動画を見てみてください。
斎藤一人 伊勢神宮で病が治った話!!
伊勢神宮に行って、病気が治るわけありません。(笑)
私には、しゃべり上手な詐欺師、訪問販売員や実演販売士にしか聞こえません。
「言霊、言霊」ということばを仕切りに彼は使いますが、「言霊とはカタカムナ」ですから、国常立尊命、根本はルシファー信仰なのです。
伊勢神宮は天照大御神で、アマテラスはアシュラ、アシュトレトです。
・・・・・・・・・・(「真言密教」と「アフラマツダ」と「奈良の大仏」と「天照大神」と「北朝鮮」と「ダボス会議」と「日本の政界」は巡り巡って一つの輪。)
昨日は、天皇もロスチャイルドも日本の歴代首相も実はみんなゾロアスター教徒であり、「天皇派」の世界的なスポーツの祭典・オリンピックもゾロアスター教と密接な関係があるということをお話しました。
○天皇もロスチャイルドも日本の歴代首相もみんな実はゾロアスター教徒です。
で、このゾロアスター教は「親近相姦」を美徳とする悪魔的な宗教であり、この宗教が今では「真言密教」として日本に根付き、日本の多くの人々が帰依するところとなっています。
私の住んでいる四国にも、この「真言宗」の四国八十八カ所なる寺院があって、実に多くの人たちがこの八十八カ所巡りをやっています。
この四国八十八カ所を巡れば、自分の罪がすべて許されて、何らかの御利益が受けられるという宣伝文句を信じて、大変な道のりをわざわざ歩き回っているわけです。(もちろん、中にはバスや車、バイクや自転車で巡る人もいますけれども。)
ですから、ある意味、「真言宗」は日本の国民的宗教と言えるかも知れません。
しかし、残念ながら、この「真言宗」は「親近相姦」を美徳とするゾロアスター教にルーツがあると同時に、男女の性交をことさら奨励するという、かなり変質的な宗教であることが分かっています。詳しくは以下のリンクを御覧下さい。
○〈閲覧注意〉日本の密教もまた悪魔崇拝そのものです。
どこかの宗教団体の教祖が、信者の女性とセックスしたというと、マスコミはたちまち大騒ぎして激しいバッシングを始めますが、実は日本に古代から伝わる「真言宗」も似たようなものだったというわけです。
なのに、この「真言宗」の実態はずっと我々一般庶民の目には隠され、救いがある、御利益がある、ということばかりが強調して宣伝されてきました。
だから、国民の多くがその言葉に洗脳されて、何の救いも御利益もないのに、四国八十八カ所巡りなんかに無駄な時間を費やしているわけです。
ということで、今日はこの男女の性交を推奨するイカサマ宗教「真言宗」について、さらに深く踏み込んでお話したいと思います。
ずっと以前にも書きましたが、「真言宗」で重視されている主な経典は以下の三つになります。(出典はこちら)
1.大日経(大日如来経)
2.華厳経
3.法華経
ただし、「真言宗」はこの他にもありとあらゆる経典を使っています。この三つだけが彼らの経典ではありません。しかし、この三つが「真言宗」において最も重んじられている経典です。
で、「1」の「大日教」では「大日如来」が神とされています。
「2」の「華厳経」では「毘廬舎那如来」が神とされています。
「3」の「法華経」では「上行菩薩」が神とされています。
で、「大日如来」というのは、これまで何度も話してきました通り、「天照大神」のことです。
「毘廬舎那如来」というのも、実は「大日如来」の別名であり、これまた「天照大神」のことだと言われています。
さらに言うなら、この「毘廬舎那如来」というのは、実はあの有名な東大寺にある「奈良の大仏」のことでもあります。(最上の画像)
○毘盧遮那仏 – Wikipedia
この誰でも一度は見たことのある「奈良の大仏」が「天照大神」のことだったとは、ほとんどの国民が知らないのではないでしょうか。
しかも、この「天照大神」はゾロアスター教の神「アフラ・マツダ」でもあります。
この辺のことが詳しく書かれた記事が以下になります。
----------------(以下、こちらから転載)
また、ゾロアスター教とヒンズー教ではいづれも善神・悪神の対立というモチーフがあり、この思想は恐らく古いアーリア人の信仰にもとづくものであると考えられます。ところがここに面白いことがあります。
ゾロアスター教では善神はアフラと呼ばれ、悪神はダエーワと呼ばれます。これに対してヒンズー教では善神がデーヴァ、悪神がアシュラ(日本では阿修羅)ということで、名称がひっくり返っています。
このことについては、いくかつの解釈があるようなのですが、私が一番自然と思える解釈は、アーリア人の中にアフラを信仰する民とデーヴァを信仰する民があって両者は対立しており、アフラを信仰する民がイランに行って、デーヴァを信仰する民がインドに行ったのではないかというものです。
そのため、対立する民の神を悪魔ということにしてしまったのではないか、という訳です。
さて、そのイランの善神アフラの長がアフラマズダである訳ですが、インドの方では悪神のアシュラ族を管理している神はバイローチャナと呼ばれています。
このバイローチャナは中国や日本ではビルシャナ(毘廬舎那如来)と呼ばれ、華厳宗(けごんしゅう)の中心仏とされています。
奈良の大仏は毘廬舎那如来です。
更にこの毘廬舎那如来が後世発達した密教では大日如来(だいにちにょらい)と呼ばれ、特に真言宗(しんごんしゅう)ではその中心仏とされて胎蔵曼陀羅(たいぞうまんだら)・金剛界曼陀羅(こんごうかいまんだら)の両部曼陀羅(りょうぶまんだら)の中心に描かれています。
つまり、毘廬舎那如来・大日如来の原型はアフラマズダであると考えられます。
アフラマズダは一般には光の神と考えられていますが、それは現在の姿であって、最終的には全能神になると考えられます。一方の大日如来は光の神としての性質もありますが、むしろ宇宙そのものの象徴です。つまり大日如来はアフラマズダの最終進化形態に対応しているようです。
日本で中世に発達した神仏習合思想では、大日如来は天照大神(あまてらすおおみかみ)に対応すると考えられました。天照大神は太陽神・光の神ですから、この対応は非常に妥当なところです。
----------------(転載ここまで)
少し分かりにくい記事かも知れませんが、要するに「大日如来」も「奈良の大仏(毘廬舎那如来)」も「天照大神」であり、この「天照大神」は「アフラ・マツダ」だった、ということです。
で、イランではこの「アフラ・マツダ」は善神とされていて、インドでは悪神とされ「バイローチャナ」と呼ばれているとのこと。
ということで、密教の神様というのは実はみんなゾロアスター教の神、「アフラ・マツダ」だったということですね。
さらに言うなら、「3」の「法華経」で神とされている「上行菩薩」は「サナト・クマーラ」という神(悪魔)であると言われています。これについてはこれまで何度も記事にしてきました。(例えば以下の記事など)
○池田大作と上行菩薩と日蓮聖人と法華経とサナト・クマーラと鞍馬山の関係。創価学会が悪魔教であるという歴然たる証拠。
で、この記事にも書いてある通り、「サナト・クマーラ」とは「国常立尊」または「スサノオ」のこと。なので、「出雲族」の神であるということになります。
つまり、「真言宗」というのは「大和族」の神である「天照大神」を崇めていると同時に、「出雲族」の神である「スサノオ」をも崇めているというわけで、まさに「大和族」と「出雲族」のどちらをも信者として取り込める実に都合のいい宗教と言えます。
だからこそ、この日本の政界からも受けが良くて、歴代首相もみんなこの「真言宗」を信じているのかも知れません。
今のところ、分かっているだけでも、以下の首相がこの「真言宗」に帰依している可能性があることが分かっています。
・小泉純一郎
・森喜朗
・鳩山由紀夫
・菅直人
・安倍晋三
あと、日本の首相になって、たった69日で首相を辞めることになった「宇野宗佑」も、「真言宗」の僧侶・池田恵観に帰依しているようですね。
----------------(以下、こちらから転載)
鹿児島県にある「最福寺」の池田恵観法主による朝鮮総連中央本部ビルの落札がうまくいかなかったのは記憶に新しい。
この件で、麻生太郎財務相(副総理)の発言が興味深かった。
麻生財務相は4月26日、記者会見で、こう語った。
「池田恵観、前に何で出たか覚えてる?この人の名前が新聞にダーンと出た。覚えてない?世代が違うのかな。宇野宗佑の事件の時だよ。宇野事件は覚えている?その時の駆け込み先はここだよ」
宇野事件とは、89年6月に発覚した愛人スキャンダル事件のことである。
神楽坂の芸妓の告発が『サンデー毎日』に掲載され、それを米国の新聞が取り上げた。自民党は直後の選挙で大敗し、宇野首相(当時)は退陣を余儀なくされた。
当時、芸妓が駆け込んだ先が最福寺だった。池口氏は芸妓をマスコミから遠ざけるという名目で匿ったが、実際は芸妓の動向を監視し、それを宇野氏の親分だった中曽根康弘元首相に逐一報告していたとされている。
ともかく、同ビルの再入札は参院選後にずれ込んだ。
安倍ちゃんは参院選後、拉致被害者問題を本気で解決しようと思っている。その時、朝鮮総連問題を安倍政権を利するための格好の隠し玉として温存したことになる。
----------------(転載ここまで)
若い人たちは、「宇野宗佑」という首相のことなど、ほとんど知らないと思います。何しろ、たった69日で首相を辞めた人ですから。
とにかくこの首相、見ての通り、スキャンダルまみれにされて早々と失脚させられた元首相で、今にも失脚しそうになった際、なぜか「池口恵観」のところに駆け込んでいったとのこと。
こうなってくると、日本の歴代首相はみんな「池口恵観」にぞっこんになっていて、夜な夜な一緒に密教儀式でもやっているのではないかと疑いたくなります。
そもそも、「宇野宗佑」のことをあれこれ言ったという当の「麻生太郎」にしたって怪しいものです。
何しろ、この「麻生太郎」も「池口恵観」と一緒にミャンマーを訪問していますからね。なんでこんなところに「池口恵観」がいるのかっていう話です。詳しくは以下のリンクを御覧下さい。
○ミャンマーと麻生氏と北朝鮮と… : 9月のblog
で、さらに言うなら、上の転載記事にもあります通り、この「池口恵観」はただのお坊さんでありながら、なぜか「北朝鮮総連ビル」が競売にかけられた際、45億円で落札しています。
一体、どうしてお坊さんがそんな大金を持っているのか。そもそも、どうして「真言宗」のお坊さんが「北朝鮮総連ビル」を買う必要があったのか。
・・・・・・・・・・(転載ここまで)
斎藤一人は「神様を拝んでいると言いながら、悪魔に願いをかなえてもらっている悪魔神官」といえそうです。
実際自己啓発やスピリチュアルは講演会ビジネスといい、講演会を聞きに行くと、やる気がでる、いわゆる「覚醒剤」と同じ依存症ビジネスと同じです。
話を戻しますが、私たちには「知恵と分別」を学ぶところがありません。
ですから私たち大人は「法律に違反しなければ何をしてもいい」「利害関係者にばれなければいい」
という悪魔の囁きに負けてモラルを破って破滅の道に行くことがあります。
プロ野球チームのトレーナーをしていて、女性客にわいせつ行為をして人生を棒に振ってしまう人もいます。
プロ野球チームの専属トレーナーとなれば、整体師としては成功したも同然なのですが、成功しても下心丸出しで性欲に溺れて破滅してしまうのです。
知恵とは何か?そして分別とは何か?と思い知らされるニュース記事を転載いたします。
・・・・・・・・・・・(巨人専属トレーナーが「わいせつマッサージ」被害女性が怒りの告発 2018年7月13日 7時0分 FRIDAYデジタル)
都内の勤務先から出た半田氏を直撃したが、本誌の質問に一切返事はしなかった。ちなみに、既婚者だという
都内の勤務先から出た半田氏を直撃したが、本誌の質問に一切返事はしなかった。ちなみに、既婚者だという
本誌6月29日号で報じた一軍選手による「全裸パーティ」。さらに「用具窃盗」が発覚するなど、事件続きの巨人で、またしても不祥事が明らかになった。今度は球団の専属トレーナーが、女性に対し「わいせつマッサージ」を働いたのだ。
「あの男は、絶対に許せません」
涙ながらにそう語るのは、都内在住の美容サロン経営者・黒木朝子さん(30代・仮名)。怒りの矛先を向けるのは、巨人二軍トレーナーの半田剛氏(31)だ。
「半田と出会ったのは、今年5月6日。都内のバーでした。彼は巨人の大竹寛選手と一緒に店に来ていました。巨人の人なら信用できると思い、ラインを交換しました」
黒木さんは先にバーを出たが、すぐに半田氏からラインが届く。
「私が首にヘルニアを持っていると伝えると、『交通費込み7000円で出張マッサージもやっているよ』と。巨人のトレーナーという安心感もあって、早速5月8日にマッサージをお願いしました。でも、さすがに二人っきりは嫌だったので6日にナンパされた店の座敷で、1時間のマッサージを受けました」
確かにマッサージは上手く、首の痛みは和らいだ。2度目も何もなかったが、3度目の5月14日、事件は起きる。黒木さんは自身の経営するサロンでマッサージを受けたが、その最中、半田氏は突然、胸を鷲づかみにしたのだ。
「私が『やめてよ!』と怒鳴ったら、半田は『今後は変なことはしないから』と、しきりに反省していました」
エステサロンを出店したいと考えていた黒木さんは、「サロンに巨人の選手を連れて行く」という甘言を信じ、半田氏を許した。そして翌15日に、再びマッサージを依頼してしまったという。
「今度はマッサージを受けている最中に突然、彼が『ホテルに行こう』と言って私の顔にかけていたタオルを引っ張ったんです。その際にまた胸を揉まれ、無理やりキスをしようとしてきました」
黒木さんは、6月26日に渋谷署に被害届を提出、受理されている。
本誌の取材に巨人は、
「(半田氏は)当球団の委託業務とは関係のない行為でトラブルを起こしたため、当球団の求めで6月に交代しました。当球団は業務委託先の社員の行為について、お答えする立場にありません」
と回答した。巨人は球団の規律を締め直すことができるだろうか。
7月13日発売のフライデー最新号では、半田氏の弁護士からの回答書や名刺、告発女性の写真を掲載し、事件についてさらに詳しく報じている。
PHOTO:田中利勝
・・・・・・・・・・(転載ここまで)
偉くなって、有名になって何がしたかったのでしょうか?
巨人の選手を伴って、バーでナンパして、わいせつ行為しようとしていた、しかも既婚者がです。
残念すぎますね。
しかしこういった有名人が不倫という不貞行為をしたり、わいせつ行為をして失脚していく事例は枚挙にいとまがありません。
つまり、私たちの人生において何が大切であるか?ということをこういったニュース記事では物語っています。
「私たちの人生は自分の成功や名誉のために生きても幸せになれない」
ということです。
いいかえれば「欲望をかなえようと一生懸命に努力しても、欲望がつきることなく、さらなる強い刺激を欲して最後は人生の破滅に向かう」
のです。
ですから、世の中にある「人生の成功哲学」「人生の取扱説明書」は嘘八百であることが分かります。
私たちは人生において、「知恵」と「分別」をもって生きることが大切なのです。
「知恵」も「分別」も実は聖書ヨブ記に書かれています。
「知恵とは神を恐れること」
「分別とは悪を遠ざけること」
つまり、「神」を信じない人には「知恵」は与えられません。
そして、「悪」つまり「罪」=「心の罪」を知らない人は「分別」がありません。
この半田トレーナーも「情欲」という罪に溺れ人生を間違えました。
そして、半田自身が既婚者ということですから、もし性的関係があったとしたら、「相手の女性にも不貞行為の罪を犯させることになる」のです。
実は世の中で生活していてしあわせになれない、人生うまくいかないのは、世の中の常識や知識だけでは人生を渡っていけないと思います。
ましてや矛盾と悪意に満ちた世の中では「悪人が善人となっている」という逆転現象まで起きています。
本当に基本的な話なのですが、先日4歳になる子供が
「ウルトラマンのフィギュアは誰が作ったの?」
と質問してきました。
私は「神様が作ってくださったんだよ」
と答えました。
世の中的に言えば、「工場で作業員が型にプラスティックを流し込んで、成型して、色塗りして出来上がった」
のかもしれません。
しかし、その工場が天災や災害に会うことなく営業できているのは誰のおかげでしょうか?
そしてその作業員が元気に出勤してこれているのは誰のおかげでしょうか?
その作業員がそこに就職させたのは誰でしょうか?
プラスティック材料を無事に運搬できたのは誰のおかげでしょうか?
突き詰めれば、「自然現象」「運が良かった」のかもしれません。
では、「自然現象」「運が良かった」のは誰が支配しているのでしょうか?
ですから私は子供に対して、「ウルトラマンのフィギュアは神様が作ってくださった」
と答えたのです。
「この時代、この家に偶然生まれたからあなたもウルトラマンのフィギュアを手にして遊べているんだよ」
と伝えたのです。
実は、私たちは神様の存在を抜きにして物事を語ることはできません。
ですから子育てには「知恵と分別がいる」と書きましたが、これはつまり、「神の存在」を知ることから始めなければならないということでもあります。
「神は愛である」そう聖書に書かれています。
「近所のキリスト教の教会に行け」とは言いません。
「神様について」「愛について」書かれている書物が聖書しかありません。
しかし、キリスト教の教会では、「愛」を知らない牧師しかいません。
どうか「愛について」聖書を通して学んで実践してください。
ぜひ、「神様が下さる真理=御言葉」を聞いてみてください。
そこに、「知恵と分別」が語られています。
私たちは大人になってからでも十分成長することはできます。
そして、「真実に触れること」によって、それを実践すればするほど、人生に絶望することなく、頑張り続ける意味も理解することができるでしょう。
そして、それを実践している姿を子供たちに見せ、そこから得た「知恵と分別」を子供たちに与え続ける、それこそが子育ての極意なのですから。
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