前回の《火鍋》の後に、もうひとつ、冬の情景として、北京の“大酒缸”の様子が描かれています。“大酒缸”とは、本来は酒を入れた甕のことですが、ここでは酒を量り売りで飲ませる小さな酒屋のことです。今はもう姿を消してしまいましたが、一杯飲み屋で束の間の暖を取る庶民の暮らしを思い描いてください。
■ 老舍《駱駝祥子》一書中,有過一段“大酒缸”的描写。写一個風雪寒夜,一個年老拉洋車的和孫子闖到一家小酒舗中取暖的悲惨景象。几十年前在北京這種酒舗是很多的,不同于江南的像《孔乙己》中所描絵的“咸亨酒店”。毎家這様的小舗里,都有両三口蓋着紅油漆蓋子的装酒的大缸,俗話都叫大酒缸。它也有正式名称,如和益公酒舗、四友軒酒舗之類,但人家都不叫,仍習慣叫它的俗名。
・大酒缸 da4jiu3gang1 “缸”は甕。酒の入った大甕である。
・闖 chuang3 不意に飛び込む
老舎の《駱駝祥子》という本の中で、“大酒缸”の描写が出てくる。風雪すさぶ寒い夜、一人の年老いた人力車夫とその孫が一軒の小さな酒場に飛び込み暖を取るという悲惨な情景である。数十年前、北京ではこのような酒屋がたいへん多くあり、江南の《孔乙己》の中で描かれた“咸亨酒店”とは感じが違っていた。このような酒屋はどこでも、二つか三つ、赤いペンキで塗られた蓋で蓋をされた酒を入れた大甕が置かれ、俗に“大酒缸”と呼ばれた。こうした店には正式の名称もあり、和益公酒舗だとか、四友軒酒舗といった類の名前であるが、人々はそう呼ばず、相変わらずその俗名で“大酒缸”と呼んでいた。
■ 這種舗子一般都是一間門面,有両三副座位,有個柜台,柜台后有両三個酒缸;也有的大酒缸的木蓋就是桌子,店中人很少,掌柜兼帳房先生在里面売酒,再有一個小徒弟或内掌柜相幇照料就可以了。夏天,門口挂个竹簾子;冬天,当地生个煤球炉子,又焼開水又取暖。門口挂個夾板棉門簾子,一撩簾子就是一団夾着酒気的熱気撲到你臉上。在北国的風雪寒夜中,這種小舗是各種各様街頭労働者的“避風港”。 夾着大棉襖,一撩簾子闖了進来,把手中的銭往柜台上一放,説道:
“掌柜的,来両個酒,一包花生米。”
・門面 men2mian4 商店の間口
・掌柜 zhang3gui4 店の主人
・帳房先生 zhang4fang2xian1sheng 会計係
・内掌柜 主人のおかみさん
・相幇 助ける。手伝う
・照料 面倒を見る
・撩 liao1 まくり上げる
・撲 pu1 (風や香気が)当たる
・避風港 元々、台風が来た時に船舶が避難する港のこと。
こうした店は一般に間口が一間で、椅子が二三脚置かれ、カウンターがあり、カウンターの後ろに二つか三つの酒甕が置かれていた。中には大きな酒甕の木の蓋がそのままテーブルとして使われていることもあった。店には人が少なく、店の主人兼会計係が中で酒を売り、もう一人、小僧か主人のおかみさんが手伝い、面倒を見ればよかった。夏は入口には竹のすだれが掛けられ、冬はここで、炭団(たどん)でストーブが焚かれ、お湯を沸かし、暖を取った。入口には板で綿を挟んだ覆いが掛けられ、覆いをまくり上げると、酒の臭いの籠った熱気が一気に顔に当たった。北国の風雪すさぶ寒い夜には、こうした小さな店は各種各様の街頭の労働者の「風除けシェルター」であった。綿入れの外套を着込み、覆いをまくり上げて店に飛び込むと、手に持った銅貨をカウンターに置くと、こう言った。「おやじさん、酒を二碗と、ピーナツを一包みくれ。」
■ 花生米,老北京習慣叫生仁儿、花生豆儿,現在這花生豆儿好像很少聴到人説了,都叫花生米了。
ピーナツは、昔の北京の人は“生仁儿”、“花生豆儿”と呼び習わしたものだが、今ではこの“花生豆儿”と言う人はほとんど見かけなくなったようで、皆“花生米”と言うようになった。
■ 説話干脆,酒和一包花生米買好,便到辺上的桌子旁坐下,和熟人辺説,辺飲起来。這是干了一天活之后的一点点人生的享受。是可怜的一点享受。有的索性一包花生米也不買,買一個酒,一口喝了就走,因為他們回去還有別的事要干,没有時間坐在大酒缸辺上慢慢地咀嚼那几粒花生米。
・索性 suo3xing4 いっそのこと。思い切って。
はっきり言えば、酒と一包みのピーナツを買って、傍らのテーブルのそばに座り、顔見知りの人と話をしながら一杯やる。これは一日の仕事を終えた後のちょっとした人生の楽しみである。それは可哀そうな楽しみである。中にはいっそピーナツも買わず、酒を一碗買うと、ひと口で飲むや出て行ってしまう人たちもいる。なぜなら彼らは家に帰ってからまだ別のことをしなければならず、酒甕の傍らに座ってゆっくりとピーナツを味わっている暇が無いからである。
■ 所謂“一個酒”,就是用提子従酒缸中提,提出的酒倒入粗瓷碗中売給顧客。小提一提一両,倒入碗中謂之一個酒,両提二両,謂之両個酒。買両個酒喝完了,尚未過癮yin3,便拿空碗到柜台上再買両個。一般人喝両個酒就差不多了,如喝四個酒那就是大量了。大酒缸売的都是焼酒,即干搾白酒,又称白干,那里従来不売黄酒和薬酒(如五加皮、竹叶青等)。至于洋酒,什麼威士忌、白蘭地等等,更是聴也没有聴説過。一個酒下肚,就熱乎乎的,照当年的説法,就是“多穿了一件小皮襖”了。北国天寒,全仗它擋擋寒气啊!
・過癮 guo4yin3 堪能する。満足する。
・干搾白酒 gan1zha4bai2jiu3 白酒のこと。“白酒”を別名“干搾酒”ということから。製法が、水を使わずもろみを発酵させる(乾式法)ことから。
・皮襖 pi2ao3 毛皮の裏地をつけた服
・擋 dang3 さえぎる。防ぐ
いわゆる「一杯の酒」というのは、ひしゃくで酒甕から汲み、汲んだ酒を粗末な磁器の碗に入れてお客に売ったものである。ひしゃく一杯が一両で、それを碗に入れたのが「一杯」、二回汲むと二両で、酒「二杯」という。二杯買って飲み終え、まだ足りなければ、空の碗をカウンターに持って行ってもう二杯買う。普通の人は酒を二杯飲むと十分で、四杯も飲むと飲み過ぎである。“大酒缸”で売られるのは焼酎、すなわち白酒であり、また白干儿(バイカル)と呼ばれる。そこでは黄酒や薬酒(五加皮や竹叶青など)は売られたことがない。洋酒に至っては、ウイスキー、ブランデーなど、名前を聞いたこともない。酒が一杯お腹に入ると、じわっと暖かくなり、その当時の言い方をすれば、「毛皮を一枚余分に纏った」かのようである。北国の天気の寒さは、全てこの一杯で防ぐのである。
■ 大酒缸門口也要挂幌子,一個葫芦再吊一塊紅布。似乎没有古詩中写的那種青旗的韵味,純粋是北京的風格,所謂開口便吃焼刀子了。
・焼刀子 shao1dao1zi 俗に焼酒(つまり白酒)のことを言う。特に東北地方のアルコール度数の高い酒をこう言う。
大酒缸の入口には必ず看板が掛かっていて、それはひょうたんに赤い布切れが一つぶら下がったものである。昔の詩に書かれているような青い旗がはためく情趣は感じられないが、純粋に北京のスタイルで、いわゆる「口を開けば強烈なのを一杯ひっかける」である。
■ 大酒缸附近要有羊肉床子,往往代売包子,都是用剩下的砕肉包的。冬天用一張白菜叶子代紙,買十几個熱騰騰的包子托進大酒缸,喝完酒一吃,是最実惠的了。
・床子 chuang2zi 露店などで商品を並べるための屋台。
大酒缸の近くには必ず羊の肉を売る店があり、しばしばそこでは包子(肉まん)を売っていて、それは余った屑肉を使った肉まんである。冬には白菜の葉を包み紙の代わりにした。十数個の熱々の包子を買って手のひらに載せて大酒缸に入り、酒を飲んだらそれを食べるのが、最も経済的であった。
■ 在風雪之夜,北風呼嘯的馬路上,或者胡同拐角処,遠遠地望見有個透出紅紅灯光的小舗,那就是大酒缸。去吧,那里有温暖,進去買個酒吃吧!
風雪すさぶ夜、北風は通りを吹きすさび、或いは横丁(胡同)の曲がり角で、はるかに赤い灯りの漏れる小さな店が見えれば、そこが大酒缸である。行こう、あそこへ行けば温まれる。あそこに入って酒を一杯買って飲もう。
【出典】雲郷《雲郷話食》河北教育出版社 2004年11月
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■ 老舍《駱駝祥子》一書中,有過一段“大酒缸”的描写。写一個風雪寒夜,一個年老拉洋車的和孫子闖到一家小酒舗中取暖的悲惨景象。几十年前在北京這種酒舗是很多的,不同于江南的像《孔乙己》中所描絵的“咸亨酒店”。毎家這様的小舗里,都有両三口蓋着紅油漆蓋子的装酒的大缸,俗話都叫大酒缸。它也有正式名称,如和益公酒舗、四友軒酒舗之類,但人家都不叫,仍習慣叫它的俗名。
・大酒缸 da4jiu3gang1 “缸”は甕。酒の入った大甕である。
・闖 chuang3 不意に飛び込む
老舎の《駱駝祥子》という本の中で、“大酒缸”の描写が出てくる。風雪すさぶ寒い夜、一人の年老いた人力車夫とその孫が一軒の小さな酒場に飛び込み暖を取るという悲惨な情景である。数十年前、北京ではこのような酒屋がたいへん多くあり、江南の《孔乙己》の中で描かれた“咸亨酒店”とは感じが違っていた。このような酒屋はどこでも、二つか三つ、赤いペンキで塗られた蓋で蓋をされた酒を入れた大甕が置かれ、俗に“大酒缸”と呼ばれた。こうした店には正式の名称もあり、和益公酒舗だとか、四友軒酒舗といった類の名前であるが、人々はそう呼ばず、相変わらずその俗名で“大酒缸”と呼んでいた。
■ 這種舗子一般都是一間門面,有両三副座位,有個柜台,柜台后有両三個酒缸;也有的大酒缸的木蓋就是桌子,店中人很少,掌柜兼帳房先生在里面売酒,再有一個小徒弟或内掌柜相幇照料就可以了。夏天,門口挂个竹簾子;冬天,当地生个煤球炉子,又焼開水又取暖。門口挂個夾板棉門簾子,一撩簾子就是一団夾着酒気的熱気撲到你臉上。在北国的風雪寒夜中,這種小舗是各種各様街頭労働者的“避風港”。 夾着大棉襖,一撩簾子闖了進来,把手中的銭往柜台上一放,説道:
“掌柜的,来両個酒,一包花生米。”
・門面 men2mian4 商店の間口
・掌柜 zhang3gui4 店の主人
・帳房先生 zhang4fang2xian1sheng 会計係
・内掌柜 主人のおかみさん
・相幇 助ける。手伝う
・照料 面倒を見る
・撩 liao1 まくり上げる
・撲 pu1 (風や香気が)当たる
・避風港 元々、台風が来た時に船舶が避難する港のこと。
こうした店は一般に間口が一間で、椅子が二三脚置かれ、カウンターがあり、カウンターの後ろに二つか三つの酒甕が置かれていた。中には大きな酒甕の木の蓋がそのままテーブルとして使われていることもあった。店には人が少なく、店の主人兼会計係が中で酒を売り、もう一人、小僧か主人のおかみさんが手伝い、面倒を見ればよかった。夏は入口には竹のすだれが掛けられ、冬はここで、炭団(たどん)でストーブが焚かれ、お湯を沸かし、暖を取った。入口には板で綿を挟んだ覆いが掛けられ、覆いをまくり上げると、酒の臭いの籠った熱気が一気に顔に当たった。北国の風雪すさぶ寒い夜には、こうした小さな店は各種各様の街頭の労働者の「風除けシェルター」であった。綿入れの外套を着込み、覆いをまくり上げて店に飛び込むと、手に持った銅貨をカウンターに置くと、こう言った。「おやじさん、酒を二碗と、ピーナツを一包みくれ。」
■ 花生米,老北京習慣叫生仁儿、花生豆儿,現在這花生豆儿好像很少聴到人説了,都叫花生米了。
ピーナツは、昔の北京の人は“生仁儿”、“花生豆儿”と呼び習わしたものだが、今ではこの“花生豆儿”と言う人はほとんど見かけなくなったようで、皆“花生米”と言うようになった。
■ 説話干脆,酒和一包花生米買好,便到辺上的桌子旁坐下,和熟人辺説,辺飲起来。這是干了一天活之后的一点点人生的享受。是可怜的一点享受。有的索性一包花生米也不買,買一個酒,一口喝了就走,因為他們回去還有別的事要干,没有時間坐在大酒缸辺上慢慢地咀嚼那几粒花生米。
・索性 suo3xing4 いっそのこと。思い切って。
はっきり言えば、酒と一包みのピーナツを買って、傍らのテーブルのそばに座り、顔見知りの人と話をしながら一杯やる。これは一日の仕事を終えた後のちょっとした人生の楽しみである。それは可哀そうな楽しみである。中にはいっそピーナツも買わず、酒を一碗買うと、ひと口で飲むや出て行ってしまう人たちもいる。なぜなら彼らは家に帰ってからまだ別のことをしなければならず、酒甕の傍らに座ってゆっくりとピーナツを味わっている暇が無いからである。
■ 所謂“一個酒”,就是用提子従酒缸中提,提出的酒倒入粗瓷碗中売給顧客。小提一提一両,倒入碗中謂之一個酒,両提二両,謂之両個酒。買両個酒喝完了,尚未過癮yin3,便拿空碗到柜台上再買両個。一般人喝両個酒就差不多了,如喝四個酒那就是大量了。大酒缸売的都是焼酒,即干搾白酒,又称白干,那里従来不売黄酒和薬酒(如五加皮、竹叶青等)。至于洋酒,什麼威士忌、白蘭地等等,更是聴也没有聴説過。一個酒下肚,就熱乎乎的,照当年的説法,就是“多穿了一件小皮襖”了。北国天寒,全仗它擋擋寒气啊!
・過癮 guo4yin3 堪能する。満足する。
・干搾白酒 gan1zha4bai2jiu3 白酒のこと。“白酒”を別名“干搾酒”ということから。製法が、水を使わずもろみを発酵させる(乾式法)ことから。
・皮襖 pi2ao3 毛皮の裏地をつけた服
・擋 dang3 さえぎる。防ぐ
いわゆる「一杯の酒」というのは、ひしゃくで酒甕から汲み、汲んだ酒を粗末な磁器の碗に入れてお客に売ったものである。ひしゃく一杯が一両で、それを碗に入れたのが「一杯」、二回汲むと二両で、酒「二杯」という。二杯買って飲み終え、まだ足りなければ、空の碗をカウンターに持って行ってもう二杯買う。普通の人は酒を二杯飲むと十分で、四杯も飲むと飲み過ぎである。“大酒缸”で売られるのは焼酎、すなわち白酒であり、また白干儿(バイカル)と呼ばれる。そこでは黄酒や薬酒(五加皮や竹叶青など)は売られたことがない。洋酒に至っては、ウイスキー、ブランデーなど、名前を聞いたこともない。酒が一杯お腹に入ると、じわっと暖かくなり、その当時の言い方をすれば、「毛皮を一枚余分に纏った」かのようである。北国の天気の寒さは、全てこの一杯で防ぐのである。
■ 大酒缸門口也要挂幌子,一個葫芦再吊一塊紅布。似乎没有古詩中写的那種青旗的韵味,純粋是北京的風格,所謂開口便吃焼刀子了。
・焼刀子 shao1dao1zi 俗に焼酒(つまり白酒)のことを言う。特に東北地方のアルコール度数の高い酒をこう言う。
大酒缸の入口には必ず看板が掛かっていて、それはひょうたんに赤い布切れが一つぶら下がったものである。昔の詩に書かれているような青い旗がはためく情趣は感じられないが、純粋に北京のスタイルで、いわゆる「口を開けば強烈なのを一杯ひっかける」である。
■ 大酒缸附近要有羊肉床子,往往代売包子,都是用剩下的砕肉包的。冬天用一張白菜叶子代紙,買十几個熱騰騰的包子托進大酒缸,喝完酒一吃,是最実惠的了。
・床子 chuang2zi 露店などで商品を並べるための屋台。
大酒缸の近くには必ず羊の肉を売る店があり、しばしばそこでは包子(肉まん)を売っていて、それは余った屑肉を使った肉まんである。冬には白菜の葉を包み紙の代わりにした。十数個の熱々の包子を買って手のひらに載せて大酒缸に入り、酒を飲んだらそれを食べるのが、最も経済的であった。
■ 在風雪之夜,北風呼嘯的馬路上,或者胡同拐角処,遠遠地望見有個透出紅紅灯光的小舗,那就是大酒缸。去吧,那里有温暖,進去買個酒吃吧!
風雪すさぶ夜、北風は通りを吹きすさび、或いは横丁(胡同)の曲がり角で、はるかに赤い灯りの漏れる小さな店が見えれば、そこが大酒缸である。行こう、あそこへ行けば温まれる。あそこに入って酒を一杯買って飲もう。
【出典】雲郷《雲郷話食》河北教育出版社 2004年11月
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