1920-30年頃、鼓楼から北海方面を見る
四合院の魅力のひとつは、様々な形の屋根により構成される、大海原が描く波のような風景だと思います。景山の万春亭から故宮を見下ろすと、瑠璃瓦の屋根の波を見ることができます。また、鼓楼から北海の方向を俯瞰すると、曾ては灰色の四合院の屋根の波を見ることができました。
屋根にも地位や身分があって、四合院では、中心となる母屋を中心に、大屋根(「大屋頂」。大棟を上げた屋根のこと)がつけられました。大屋根は、その形について言うと、一冊の開いた本を逆さに向けて置いた形で、「人」の字の形です。こうした屋根を、「曲線斜屋頂」(曲線斜め屋根)と呼ばれます。表面はアーチ型の屋根面を構成しています。それには、人にとっての冠に相当する、その人の地位を表す象徴的な意味の他、実際の機能も備えていました。こうした屋根は、放物線と双曲線の特性を利用し、迅速に排水する効果が得られます。また、北京は冬と夏の気温差が大きく、冬の気候は寒冷で、垂れた水が氷結し、手で金属を触ると、張り付くような感じになります。一方、夏はじめじめと蒸し暑く、座っているだけで汗が滴り落ちてきます。こうした状況下で、家屋の大屋根は、独特の機能を発揮しました。屋根が高いので、屋根と天井の間に過渡的な空間が形成されます。冬は、外は寒いが、この過渡層を通して、天井の下の部屋には、外の冷気が直接侵入することがありません。夏は、太陽の厳しい日差しを防いでくれます。更に、廊下に竹のすだれを掛けて垂らせば、入ってくる熱気を制御できる他、部屋の中は涼しい風がそよぎ、快適に過ごすことができました。
「曲線斜め屋根」の構造は、何ステップかの工程で完成させる必要がありました。これは主に何種類かの建築手法で処理され、屋根が跳ね上がるように作られ、生き生きとした美しさが現れるようにされました。「垂脊」(下り棟)はぴんと伸び、屋根は威厳を持ち落ち着いた中にも躍動感を失っていませんでした。
「硬山頂」(切り妻)屋根の「垂脊」(下り棟)
四合院の屋根は、建築形式の上では、主に「大屋脊」(大棟)、「元宝脊」(馬蹄銀の形に似ていることから)、「清水脊」(魚の背骨の形の棟で、先端に「「鼻子」と呼ぶ突き出た飾りが付いている)、「皮条脊」(清水脊の先端の突き出た飾りが省略された形の棟)、「鞍子脊」(馬の鞍の形の棟)などに分類されます。
大屋脊
元宝脊
清水脊
清水脊鼻子(清水脊先端の飾り)
鞍子脊
施工上の技術から言うと、ごく少数の平屋根(「平頂」)や「一面坡」(片勾配。つまり、後方が高く、前面の軒が低くなった形)の屋根を除き、全ての屋根は先端が低く、中間が高くなっています。したがって、両方の壁も必然的に両端が下降し、中間は高くなっていて、家屋の側面から見ると、この壁は山の峯のような形をしており、それで「山墙」(山形の壁)と名付けられました。
硬山山墙
「山墙」の頂上と屋根がつながるところで、様式がいろいろ異なります。一般の四合院住宅の「山墙」は、屋根の側面に嵌め込まれているので、「硬山」と呼ばれます。凝った家屋の「山墙」と屋根がつながる部分では、頂上が大棟から二筋の棟に分かれ、前後の勾配に沿って下り、前後の軒まで伸びています。軒のところで「瓦頭」(がとう。「瓦当」とも言う)と「滴水」(逆さ向きの瓦。雨水がここから滴り落ちる)が敷かれています。
丸いのが「瓦頭」、その下の逆さ向きの瓦が「滴水」
滴水瓦
「滴水瓦」から雨水が滴り落ちる様子
「山墙」の端と、この1列の「滴水」がつながるところには、更に細かく磨かれた方形の磚が端にはめ込まれ、「博縫極(頭)」と呼ばれ、これはたいへん精緻で美しい「山墙」で、「大式硬山山墙」と名付けられています。
博縫極(博縫頭)
これより少し劣るのですが、「山墙」が頂上まで積み上げられ、頂上とつながるところで、磚で突き出た三本のへりを作り、その形が二等辺三角形の二辺のようで、且つ多少下に窪んでいて、更に黒い石灰できちんと塗りつぶしたものを、「小式硬山墙」と呼び、一般の四合院でよく見かけられ、見た感じが簡潔明快で、古風で質素な感じがします。
小式硬山墙
古建築「硬山屋頂」構造図(1)
古建築「硬山屋頂」構造図(2)
古建築「硬山屋頂」構造図(3)
・瓜柱:梁の上に立てる短い柱
・脊瓜柱:「瓜柱」のうち、棟を支えるもの
・脊檁:棟木
・金柱:軒の下の柱を「檐柱」と言うのに対し、家屋の内側の柱を「金柱」という。
・金檁:「金柱」の上の桁
・檐檁:軒を支える桁
・檐柱:軒の一番外側を支える柱
・三架梁:中央の「脊瓜柱」と左右二本の「金檁」を支える梁。
三本の桁を支えるので「三架梁」という。
・五架梁:「三架梁」の下方にあり、左右二本の「金檁」と「三架梁」の下の
「瓜柱」を支える梁。全部で五本の桁を支えるので、「五架梁」という。
・檐椽:軒に渡した垂木
・飛椽:屋根の軒の先端の跳ね上げの深さを大きくするため、
「檐椽」の外側に更に方形の垂木を渡したもの
屋根に関しては、もう一つ、「勾連搭」という形式があります。その意味は前後の二つの屋根が一緒につながっていて、つながった部分が樋(とい)状になっており、排水に用いられています。こうした形式の採用は、通常は敷地面積が狭いことと関係していますが、時には部屋のスパンが大きく、奥行きが深いこととも関係しています。垂花門の屋根もよく「勾連搭」になっており、それは一面では、垂花門は、四合院の内院と外院の間に跨っているからであり、別の面では、このようにすれば、変化をつけることができるからです。
「勾連搭」の屋根の連結部分に排水のための口が付いている
「勾連搭」の屋根
「勾連搭」の垂花門
古い形式の四合院、とりわけ王府、王宮などの大型、超大型の四合院では、その屋根はよく、高さが異なり、姿形が様々な小さな獣の像(「走獣」と言います)を取り付け、装飾しています。こうした像は、先ず、屋根の雨漏りを防ぐという実用的な機能を備えています。というのも、こうした獣の像が置かれる部分はちょうど、棟が分岐するところ、棟を支えるところ、積み重ねた瓦の列の間の溝が合流するところで、棟瓦で蓋をしないといけない所に当たっています。獣の形の各種の飾りは、雨水の侵入を防ぐだけでなく、建物の装飾にもなっています。装飾の面では、先人は、これらにそれぞれ異なる機能を与えました。屋根の上の獣の像は、その建物に住む家族の等級の象徴でもあります。したがって、一般の四合院の屋根の上には、こうした飾りは置かれていません。
紫禁城太和殿の「垂脊」(下り棟)の「走獣」
「走獣」の先端、「垂脊」(下り棟)の端に置かれた仙人
太和殿の瑠璃角神獣の配列順序:
10.行什、9.斗牛、8.獬豸、7.狻猊、
6.狎魚、5.天馬、4.海馬、3.獅子、
2.鳳、1.龍、仙人
最高の等級の建物の場合、飾りに用いられる獣は、龍、鳳、獅子、海馬(せいうちに似た海獣)、天馬、狎魚(xiáyú。こうぎょ。海中の異獣で、雲を起こし、雨を降らせ、火を消し災いを防ぐ)、狻猊(suānní。しゅんげい。さんげい。龍が生んだ9匹の子のうちの一匹、形は獅子に似て、武力に優れ、百獣を率いる)、獬豸(xièzhì。かいち。体は麒麟に似て全身黒い毛で覆われ、額の上に一本角がある。人の言葉を理解し、邪や嘘を憎む。公明正大の象徴)、斗牛(とぎゅう。角のある龍の子)、行什(ぎょうじゅう。背中に羽のある猿。手に金剛宝杵を持ち、悪魔を降伏させる)です。「垂脊」(下り棟)の前方には、仙人が鳳に乗った像を置きますが、その由来は、大鳥が斉の湣王(びんおう)を救った故事により、「災い転じて福となす」効果があるとされました。それ以外の獣を置く意味あいについては、龍は皇帝の象徴。鳳は最高の徳のある人のことであり、獅子は勇猛で威厳のある人。天馬、海馬は吉祥の化身。狻猊は獅子のように勇猛な神獣であり、狎魚は海中の異獣。獬豸は忠実で、正邪を見分けることができ、勇猛で公明正大。斗牛は蛟(みずち、角のある小さな龍)の一種で、吉祥の雨を降らせ、物を鎮める。行什は伝説中の仙人で、移動することが得意で、スムーズに事が運ぶという意味合いがあります。屋根の角に順番に並べられたこれらの獣は、災い転じて福となる、災いが消え災難が無くなる、邪(よこしま)や悪が取り除かれる、公平が維持されるといった意味合いを象徴しています。
部屋の中を見ると、表門の出入り口の通路や垂花門といったあまり重要でない建物を除き、大多数の建物には、天井が張られています。一般には、穂や葉を取り除いたコウリャンの茎を架け渡して支柱とし、桁の上から吊り下げ、先ず繊維の粗い紙を下地にし、更に石灰を刷毛で塗ったり、透かし模様のある専用の紙をかぶせたりしています。それより更に高級な、王府や役人の屋敷になると、天井裏を漆喰(しっくい)で塗ったり、天井板を用いたりしています。天井板を使う場合でも、木材で支柱を作っているので、堅牢にできているし、見た感じもきちんと整っています。
■その他の屋根のバリエーション
四合院で使われる代表的な屋根の形には、以下のようなものもあります。
・懸山頂
懸山頂
懸山頂と硬山頂の違いは、懸山は屋根の檁(棟木)が建屋の端から突出していますが、硬山は建屋の中に納まっています。両者の違いの特徴として、懸山は、屋根が「山墙」から突き出ているので、雨水がかかりにくくなります。硬山は屋根の突出が無い分、防火に有利です。
・巻棚頂
硬山、懸山、歇山(入母屋屋根)の屋根の「正脊」(大棟)を、円弧を描いた曲線にしたものです。硬山巻棚、懸山巻棚、歇山巻棚があります。上の絵は、歇山巻棚です。
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