Blog 81

映画『東京家族』について

交響詩 ≪モルダウ≫ スメタナ   音楽(6)

2014年02月22日 | 映画『東京家族』
 (門馬直美氏のCD解説より、転載。)

 圧政に苦しんでいるチェコの人たちに、やがては栄光ある未来が訪れるであろうというのが、スメタナ時代のチェコ人の期待だった。そうした思想を、愛国的なスメタナは、一連の交響詩に盛りこみ、自分の国の過去の苦闘、美しい自然、素朴な人情などもそこで音楽的に描いて、祖国を讃美しようと考えた。こうして6曲の交響詩からなる≪わが祖国≫が誕生したのである。着想されたのは1872年で、全6曲は79年に完成された。そのなかの第2曲が≪モルダウ≫で、これは6曲のうちで音楽的にもっともすぐれているとされ、演奏される機会ももっとも多いものである。モルダウは、チェコ語のヴルタヴァをドイツ式に読んだものであって、南ボヘミヤに発し、プラハの街を流れてゆく川の名である。そして、プラハの市民たちは、この川で遊び、岸辺で憩いとくつろぎをうるのであり、この川を心から愛している。スメタナは、このモルダウ川を扱った交響詩に対して、つぎのような標題をあたえた。

 「この川は、二つの水源から発し、岩にあたっては快い音をたて、陽光を受けると輝き、次第にその幅を増してゆく。両側の岩壁には、狩の角笛といなかの踊りがこだまする。――月の光、妖精の踊り。――やがて流れは、聖ヨハネの急流にさしかかり、波しぶきをあげてとび散る。ここから川はゆっくりとプラハ市に流れこみ、ここで川は古く尊いヴィシェフラドに敬意を表する。そして、この永遠の流れは、ざわめきながら彼方に流れ去ってゆく。」

 このヴィシェフラドというのは、プラハの南部、モルダウの東岸にある城の名前である。そして伝説によると、かつてはチェコの王女たちの居城となっていたといい、スメタナの時代には、過去の栄光を秘めながら、プラハの歴史を高い丘の上から眺めている古城として敬意を払われていた。スメタナは、≪わが祖国≫でもまたオペラでも、この城が扱われるときには、荘厳な旋律を用いてそれを暗示した。≪モルダウ≫でもそれは例外ではない。これがいわゆる≪ヴィシェフラドの動機≫である。
 この≪モルダウ≫の音楽の運びは、標題を読んでいればすぐに理解できる。≪ヴィシェフラドの動機≫は、曲の冒頭の主題が終り近くで再現したあとで、木管で奏される。


 【2014.2.27 追記】

 『スメタナ 交響詩≪わが祖国≫より 〔モルダウ〕』 (第359小節~)ヴィシェフラドの動機 全音楽譜出版社

 





  「解説 渡鏡子」より 『同上』


 いまの(当楽譜出版時,1993年以前)チェコスロバキア,当時のボヘミアは,1526年以来オーストリア帝国の属国としてハプスブルク家の支配下におかれ,政治的自由はもとより,宗教の自由もなく,チェコ人でありながらチェコ語を話す自由さえもうばわれていた。しかし元来音楽的な民族であるチェコ人は,このような時代にも音楽活動を盛んに行ない,むしろ言葉であらわせないことを音楽であらわすことによって,自由に呼吸できる世界を音楽にもとめたのである。
 19世紀初頭にヨーロッパ全体にひろまった民族独立運動の波の中で,チェコ国民のおかれている位置を自覚し,音楽によって民族精神の昂揚をはかろうとする音楽家がスメタナ以外にいなかったわけではないが,音楽上でもドイツの支配を脱し,民族独立の理念を強力に音楽にあらわして,語法上においても内容においても真にチェコ的な音楽を生み出しえた最初の人はベドルジフ・スメタナ(1824~1884)であった。これこそかれがチェコ国民音楽の祖とされるゆえんである。

 しかしかれの高い理想は,支配者に追随するひとびとにはもとより,同じく独立をもとめる味方の陣営の中にさえも,なかなか正しくは理解されなかったため,かれは絶えず妨害や抵抗にあって苦しいたたかいをつづけなければならなかった。

 (中略)

 スメタナはつねに社会と政治への鋭い意識をもって,チェコ音楽家として進むべき道を示す指導者の位置にあった。

 (中略)


 「ヴィシェフラド」,それは昔ボヘミアがドイツ民族の支配を受けなかったころ(10~13世紀),チェコ人の王たちが居城とした場所で,ここで吟遊詩人ルミールが竪琴をかき鳴らしながら輝かしい日々を語った。この栄光の過去をもつボヘミアの地に,ふたたび独立と繁栄の日が来ることをねがうスメタナの深い思いが,「わが祖国」第1曲の「ヴィシェフラド」にこめられ,それが第2曲(「ヴルタヴァ(モルダウ))にも引きつづき流れて来て,この交響詩全曲をまとめ上げる源となっているのである。

















 【2014.2.28 追記】   『同上』の総譜。





















 『ウエスト・サイド物語全曲集』 (全音楽譜出版社) 【2014.2.22 掲載】





  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする