決勝の振り返りです。県大会が始まってから約1ヶ月半、全国の頂点が決まりました。
決勝の対戦カードです。
第14日(8/23)
▽決勝
仙台育英-慶応
連覇を狙う仙台育英と107年ぶりの全国制覇を目指す慶応の対戦。両チームが決勝まで勝ち上がる中で最も苦しんだのがいずれも3回戦です。裏を返せば、履正社と広陵の決勝になった可能性もあったということです。高校生の大会、力の差は多少はあるかもしれませんが、全く勝てないかといえばそうでもなくて、どこにも優勝のチャンスはあります。
早速、試合結果です。
第14日(8/23)
▽決勝
慶 応 210 050 000│8
仙台育英 011 000 000│2
(慶)鈴木・小宅-渡辺憩
(仙)湯田・高橋・田中-尾形
⚾丸田の先頭打者ホームランが出た時点で8割がた試合の方向性が決まったように感じました。今大会を通して、慶応に勢いがあり仙台育英にはそれほどの勢いがなかったと言えます。
勢いを増すのに先制点は不可欠です。それをいきなりホームランで取った慶応が球場全体を巻き込んだ応援に後押しされて勢いを加速させました。判官贔屓も多少はあったかとは思いますが、そもそもかつては甲子園で逆の立場で応援を貰っていた東北勢がいつしかヒール的存在になってきたというのも昭和の時代には考えられなかったことで、かつて三沢や磐城が決勝まで勝ち上がって球場全体を巻き込んでの応援を貰ったころとは隔世の感があります。それは沖縄勢にも言えることですが、かつて弱者と呼ばれていた存在がいつしか強者になってきたということです。
さて、慶応の107年ぶりの全国制覇ですが、夏の大会の優勝旗は第2回大会にして関東へ達していたということです。選抜の優勝旗が箱根を超えたのは昭和32年の王貞治投手の早実だったことを考えると早かったですね。
慶応の応援があちらこちらで議論を呼んでいる件に関してですが、六大学と同じような慶応の応援スタイルは悪くはないと思います。神宮を二分する早慶戦の応援を考えれば、甲子園であの程度の応援団が球場を席巻したとしても大したこととは思いません。相手の攻撃中に声を出すことをマナー違反と叱責する声もありますが、大学野球であればそれも普通のことであり慶応はいつものスタイルで応援していただけと感じています。仙台育英にとっては前年王者という肩書が余計に相手の応援を加速させたという不運もあったでしょう。しかし、応援の強弱で勝負が決まるわけではありません。そうなら、阪神は毎年日本一になっているはずですから。高校生にとっては酷な状況であったとは思いますが。
余談ですが、おかやま山陽の堤監督が野球部の監督になったとき「地域に愛される野球部にしてほしい」という命題を貰ったそうです。当時は岡山県内では公立校が応援されるべき存在であり私学はどこもヒールでした。岡山理大附が夏の準優勝を果たした数年後の頃ですが、根強い私立アレルギーと公立至上主義が残っていたのです。私学勢が「悪の枢軸」とまで呼ばれて嫌われていた時期に堤監督を驚かせたのが、興譲館の選抜出場だったそうです。山陽と同じ県西部の私学であり、今回の山陽よりも県外出身選手が多かった興譲館が甲子園で試合を行った日には「井原市から人がいなくなった」と言われるほど地元を上げての甲子園での応援が話題を呼びました。地域に愛される野球部になる為に必要なことを考えさせられた事件だったそうです。
応援される存在になることは絶対に必要なことで、それによってチームが強くなることも多くあります。応援が物議を呼ぶことについても、それだけ応援されることが凄いことなのだと思ってやり過ごしても良さそうな気がします。
甲子園が終わり、高校野球は新チームに入れ替わって選抜を目指す戦いに移ります。
秋の気配を感じるようになれば、野球の興味は高校の地方大会とともに大学野球へと移っていきます。
細々と取り上げていきますので、今後ともよろしくお願い申し上げます。
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