予報通り、台風が島にぶち当たった。
別荘の外ではごうごうと風が唸り、雨が窓を叩いている。
不穏な朝。
寝起きでぼんやりとした頭を殴りつけるように、別荘内に悲鳴が轟いた。
ロビーの方だ!
僕と香菜は慌てて部屋を出て、ロビーへ向かう。
ロビーには、悲鳴の主らしい桜さんと、仰向けに寝転がる出雲さんがいた。
そして、出雲さんの周りにはひと目で致死量と分かるほどの血だまりが。
――死んでいる。
出雲さんが、腹部にナイフを突き立てられて、死んでいる。
しかもこれは、明らかに他殺。誰かに、殺されている。
それはつまり、おそらくまだ犯人が近くにいるということだ。
桜さんの悲鳴を聞きつけて、僕らと同様に他の皆が集まってくる。
一同に驚き、恐怖を隠せない様子だ。
「・・・茜さんはどうした?」
中でも一際同様した様子の宗雄さんが、そんなことを言う。
そこで僕は初めて、この場に先生だけがいないことに気が付いた。
「出雲さんは、もう明らかに手遅れだ。我々にできることは何もない。
それよりも茜さんを探すんだ! もしかしたら――」
宗雄さんはそこで言葉を切った。
茜さんが。
先生が――何だというのだ。
ともあれ、先生を探すという意見には僕も賛成だ。
ひとまず全員が揃わないと不安で仕方ない。
別荘内は混乱で包まれていた。
しかし、僕らが探していた先生は、意外に早く見付かった。
露天風呂で。
水死体として。
出雲さんに続き、先生までも殺されている。
この異常な状況に誰ひとりとして落ち着いていられる人間はいなかった。
惨事に次ぐ惨事。
恐怖に次ぐ恐怖。
駄目だ、このままだと――危ない気がする。
僕は直感的にそう感じ、冷静になるよう努めた。
軽く深呼吸。
そして。
「皆さん、落ち着いて!」
できる限り大きな声で、ただし威圧的にならないように、そう叫んだ。
一瞬、混乱が途切れて静寂が訪れる。
その隙に、僕は続けた。
「ひとまず、全員でロビーに戻りましょう。一旦落ち着くべきです」
今、何より怖いのは――この混乱に乗じて次の被害者が出てしまうことだ。
何も分からない状況ではあるが、ひとまず全員が一箇所に集まったほうが安全だろう。
反論の声はなく、皆でロビーに戻る。
その間、誰も口を開くことはなかった。
ロビーに戻り、残る全員の無事を確認する。
全員いるようだ。
中では比較的落ち着いている柊さんが、出雲さんの遺体に触れる。
「お父様・・・」
実は生きていた――という奇跡もなく。
柊さんは、椿と共に遺体を脱衣所へ安置しに行った。
ふさわしい場所ではもちろんないが、かといって他に案があるわけでもない。
残った血糊は、メイド隊の3人によってあっという間に清掃された。
とはいえ、あの量の血糊だ。大きく痕は残ることになったが。
そして、再びロビーに全員が揃う。
そこで最初に声をあげたのは、宗雄さんだった。
「これは小鳥遊家の遺産目当ての殺人だ! 二人を殺して遺産を総取りしようとしてるんだ!」
遺産目当て。
それはまぁ、あり得るというか、分かりやすい話だが。
「じゃあ、一番怪しいのは宗雄さんじゃないの?」
桜さんがその意見に食って掛かる。
「お父様とお母様が亡くなって、まず喜ぶのは長女夫婦でしょ」
つまり、柊さんと――宗雄さん。
「ふざけるな、俺はやってない! 遺産目当てならお前だって怪しいもんだろうが!」
「アタシだってやってないわよ!」
そこに、柊さんが割って入る。
「二人とも、ちょっと頭を冷やしなさい。まだ内部の犯行と決まったわけでもないわ」
そうだ、この別荘内か付近に誰も知らない第三者がいて・・・という可能性もあり得る。
「そうは言ってもな、柊。この状況だ、誰が犯人でもおかしくない」
宗雄さんは、まだまだ冷静になるのは難しそうだった。
「遺産目当ての線。実にありそうな話だとワタシは思うがねぇ」
そんなことを言い出したのは、研究員の尾道さんだ。
「先生の研究は、御存知の通り金になる。そうとう貯め込んでるんじゃないかって話だ」
御存知の通り・・・? そうなのか。知らなかった。
しかしそこは小鳥遊家と関係者の間では既知のことらしく、反論はなかった。
「研究内容で揉めて、勢い余って殺害、ということだって考えられますが」
ぼそり、とメイド長の茅原さんが言った。
「あっはっは。まぁ、確かに。しかしそれを言ったらメイド組だって怪しいものだろう?」
「何の話でしょう?」
「先生から厳しく当たられていることくらい、知ってるよ」
「・・・・・・」
「まぁ何だ。先生は結構キツい方だったからね。動機は誰にでもあるってことか」
尾道さんがそんな風にまとめる。
先生、キツい性格だったのか。全然知らなかった。
本当に先生のことなど何も知らなかったのだな、と改めて思い知らされる。
「そうだ、動機が明らかに薄いのがいるじゃないか」
宗雄さんが立ち上がってそう叫ぶ。
そして・・・僕を見た。
「・・・はい?」
「そう、君、田村くん。それから三倉さん。君等二人は、この中で一番動機がない!」
急に話を振られて、僕も香菜も呆然としている。
いや、そりゃあ、動機なんか何一つないけれど。
香菜に至っては、全く面識がない。
「確かにそうね。孝一くん、お母様に恨みなんかないでしょ?」
と桜さん。
僕はこくこくと頷く。
恩はあっても、恨みなどあるわけがない。
「そうなると、だ!」
宗雄さんは妙案だとばかりに言い放つ。
「田村くん、ここはひとつ、探偵やってくれないか?」
「・・・探偵!?」
あまりに突飛な語彙に、驚きを隠せない。
「ああ。三倉さんと一緒に、犯人を突き止めて欲しい」
「そんな無茶な!?」
「関係者は皆、何かしら動機がある。君等が適任なんだよ」
「そ、そう言われましても・・・」
やや遠回しに拒否る姿勢を示すも、宗雄さんは聞いてくれない。
「君等しか信用できる人間はいないんだ、頼む!」
最早それは、確定事項かのように。
宗雄さんは宣言した。
「この中に、犯人がいる!」
別荘の外ではごうごうと風が唸り、雨が窓を叩いている。
不穏な朝。
寝起きでぼんやりとした頭を殴りつけるように、別荘内に悲鳴が轟いた。
ロビーの方だ!
僕と香菜は慌てて部屋を出て、ロビーへ向かう。
ロビーには、悲鳴の主らしい桜さんと、仰向けに寝転がる出雲さんがいた。
そして、出雲さんの周りにはひと目で致死量と分かるほどの血だまりが。
――死んでいる。
出雲さんが、腹部にナイフを突き立てられて、死んでいる。
しかもこれは、明らかに他殺。誰かに、殺されている。
それはつまり、おそらくまだ犯人が近くにいるということだ。
桜さんの悲鳴を聞きつけて、僕らと同様に他の皆が集まってくる。
一同に驚き、恐怖を隠せない様子だ。
「・・・茜さんはどうした?」
中でも一際同様した様子の宗雄さんが、そんなことを言う。
そこで僕は初めて、この場に先生だけがいないことに気が付いた。
「出雲さんは、もう明らかに手遅れだ。我々にできることは何もない。
それよりも茜さんを探すんだ! もしかしたら――」
宗雄さんはそこで言葉を切った。
茜さんが。
先生が――何だというのだ。
ともあれ、先生を探すという意見には僕も賛成だ。
ひとまず全員が揃わないと不安で仕方ない。
別荘内は混乱で包まれていた。
しかし、僕らが探していた先生は、意外に早く見付かった。
露天風呂で。
水死体として。
出雲さんに続き、先生までも殺されている。
この異常な状況に誰ひとりとして落ち着いていられる人間はいなかった。
惨事に次ぐ惨事。
恐怖に次ぐ恐怖。
駄目だ、このままだと――危ない気がする。
僕は直感的にそう感じ、冷静になるよう努めた。
軽く深呼吸。
そして。
「皆さん、落ち着いて!」
できる限り大きな声で、ただし威圧的にならないように、そう叫んだ。
一瞬、混乱が途切れて静寂が訪れる。
その隙に、僕は続けた。
「ひとまず、全員でロビーに戻りましょう。一旦落ち着くべきです」
今、何より怖いのは――この混乱に乗じて次の被害者が出てしまうことだ。
何も分からない状況ではあるが、ひとまず全員が一箇所に集まったほうが安全だろう。
反論の声はなく、皆でロビーに戻る。
その間、誰も口を開くことはなかった。
ロビーに戻り、残る全員の無事を確認する。
全員いるようだ。
中では比較的落ち着いている柊さんが、出雲さんの遺体に触れる。
「お父様・・・」
実は生きていた――という奇跡もなく。
柊さんは、椿と共に遺体を脱衣所へ安置しに行った。
ふさわしい場所ではもちろんないが、かといって他に案があるわけでもない。
残った血糊は、メイド隊の3人によってあっという間に清掃された。
とはいえ、あの量の血糊だ。大きく痕は残ることになったが。
そして、再びロビーに全員が揃う。
そこで最初に声をあげたのは、宗雄さんだった。
「これは小鳥遊家の遺産目当ての殺人だ! 二人を殺して遺産を総取りしようとしてるんだ!」
遺産目当て。
それはまぁ、あり得るというか、分かりやすい話だが。
「じゃあ、一番怪しいのは宗雄さんじゃないの?」
桜さんがその意見に食って掛かる。
「お父様とお母様が亡くなって、まず喜ぶのは長女夫婦でしょ」
つまり、柊さんと――宗雄さん。
「ふざけるな、俺はやってない! 遺産目当てならお前だって怪しいもんだろうが!」
「アタシだってやってないわよ!」
そこに、柊さんが割って入る。
「二人とも、ちょっと頭を冷やしなさい。まだ内部の犯行と決まったわけでもないわ」
そうだ、この別荘内か付近に誰も知らない第三者がいて・・・という可能性もあり得る。
「そうは言ってもな、柊。この状況だ、誰が犯人でもおかしくない」
宗雄さんは、まだまだ冷静になるのは難しそうだった。
「遺産目当ての線。実にありそうな話だとワタシは思うがねぇ」
そんなことを言い出したのは、研究員の尾道さんだ。
「先生の研究は、御存知の通り金になる。そうとう貯め込んでるんじゃないかって話だ」
御存知の通り・・・? そうなのか。知らなかった。
しかしそこは小鳥遊家と関係者の間では既知のことらしく、反論はなかった。
「研究内容で揉めて、勢い余って殺害、ということだって考えられますが」
ぼそり、とメイド長の茅原さんが言った。
「あっはっは。まぁ、確かに。しかしそれを言ったらメイド組だって怪しいものだろう?」
「何の話でしょう?」
「先生から厳しく当たられていることくらい、知ってるよ」
「・・・・・・」
「まぁ何だ。先生は結構キツい方だったからね。動機は誰にでもあるってことか」
尾道さんがそんな風にまとめる。
先生、キツい性格だったのか。全然知らなかった。
本当に先生のことなど何も知らなかったのだな、と改めて思い知らされる。
「そうだ、動機が明らかに薄いのがいるじゃないか」
宗雄さんが立ち上がってそう叫ぶ。
そして・・・僕を見た。
「・・・はい?」
「そう、君、田村くん。それから三倉さん。君等二人は、この中で一番動機がない!」
急に話を振られて、僕も香菜も呆然としている。
いや、そりゃあ、動機なんか何一つないけれど。
香菜に至っては、全く面識がない。
「確かにそうね。孝一くん、お母様に恨みなんかないでしょ?」
と桜さん。
僕はこくこくと頷く。
恩はあっても、恨みなどあるわけがない。
「そうなると、だ!」
宗雄さんは妙案だとばかりに言い放つ。
「田村くん、ここはひとつ、探偵やってくれないか?」
「・・・探偵!?」
あまりに突飛な語彙に、驚きを隠せない。
「ああ。三倉さんと一緒に、犯人を突き止めて欲しい」
「そんな無茶な!?」
「関係者は皆、何かしら動機がある。君等が適任なんだよ」
「そ、そう言われましても・・・」
やや遠回しに拒否る姿勢を示すも、宗雄さんは聞いてくれない。
「君等しか信用できる人間はいないんだ、頼む!」
最早それは、確定事項かのように。
宗雄さんは宣言した。
「この中に、犯人がいる!」