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100
いかなる事を幽玄躰と申すべきにやらん。これぞ幽玄躰とてさだかに詞にも心にも思ふ斗りいふべきにはあらぬ也。行雲廻雪を幽玄躰と申し侍れば、空に雲のたなびき雪の風に飄ふ風情を幽玄躰と云ふべきにや。定家の書きたる愚秘とやらんに、或時晝寝すといひて晝寝をし給ふ所へ、神女の天下りて、夢ともうつゝともなく、襄王に契りをこめたり。襄王名殘を惜しみて慕ひ給ひければ、神女
我は上界の天女也。前世の契り有りて今こゝに來て契りをこめたり。此地に留まるべきものにあらず
とて、飛びさらんとしければ、王あまりに慕ひかねて、
さらばせめて形見殘し給へ
と有りければ、神女、
我が形見には巫山とて宮中に近き山あり。此巫山に朝にたなびく雲、夕に降らん雨を形見に詠め給ひけり。
とて失せぬ。此後、襄王神女を戀慕し、巫山に朝にたなびく雲、夕に降る雨を形見に詠め給ひけり。此朝の雲、暮の雨を詠めたる躰を幽玄躰とはいふべし。と書きたり。是もいづくか幽玄なるぞといふ事、面々の心の内にあるべき也。更に詞にいひ出し、心に明らかに思ひ分くべき事にはあらぬにや。たゞ飄白としたる躰と申すべきか。南殿の花の盛りに咲き亂れたるを、絹袴きたる女房四五人詠めたらん風情を幽玄躰といふべきか。これをいづくがさても幽玄なるぞと問はんに、爰こそ幽玄なれと申さるまじき事也。
101
隆祐が哥若年の比ほひは父の卿の哥にもおとらずたのもしく覺え侍りしが、老後に成りて無下におとりたるよし定家の申さるゝと聞きて、
さらば、老後の哥こそあらめ、など若年の哥をば勅撰にはいれてたばぬぞ
と、隆祐恨みけるとなん。
家隆の哥をば、定家卿聊か亡室の躰有りとて恐れ思はれしが、はたして家隆は隆祐、隆博わづかに孫までにて絶えたりけるこそ不思議なれ。