新古今和歌集の部屋

歌論 正徹物語 下 79、88



79
夕日影の殘れる山陰に日ぐらしの啼きたる程面白き物はなき也。
日暮しの鳴く夕かげの山となでしこ※といひたるやうに轉る事大事の物也。日晩の鳴く夕影とあれば末には雲共日影ともいふべきに、大和なでしこと轉るは、ちとつかぬやうなれど、面白く轉じたる也。定家の、
蘭省の花の錦の面影に庵りかなしき秋のむら雨 (夫木抄 拾遺愚草員外 定家)
能く轉じたる也。是は
蘭省花時錦帳下 廬山の雨夜草庵の中 (白氏文集)
の詩の心也。蘭省、錦帳は御所などの事なり。


我のみや哀れと思はむきりぎりす鳴く夕影の大和撫子 (古今集 素性法師)
蜩の鳴く夕影の秋萩に露置き交わす大和撫子 (壬二集)

88
慈鎭和尚の御弟、奈良の一乗院にておはしましける。八月十五夜名もしるくさやかなる月に、中門にたゝずみ給ひし折節、御力者あまた御庭をはきけるが、
傍輩どちいかに今夜慈圓坊の哥よませ給ふらん
と言ひあへり。さて明くるあした慈鎭和尚の御かたへ状を進ぜられし樣は、
恐れある申し事ながら、又心底を殘すべきにも候はず。一山の貫頭、三千の棟梁にて御座候へば、眞言止觀の兩宗をこそ讚仰もせられ、興業も有るべき事にて候へ。日夜風月のたはぶれをもてあそばせ給ひ候事、且は釋門の儀にも背き、還りて凡俗の躰に准ぜられ候事。まして天下の物いひさこそと推量仕り候へ。向後は此道を御さしをきも候へかしと存じ候。
由、委細教訓状を進ぜられしかば、慈鎭和尚其比天王寺別當にて、彼の寺に渡らせ給ひしかば、あれへ御状を以て參りければ、御返事には
悦び入り承り候
とて、一首の歌を奥に書き給へり。
皆人に一のくせは有るぞとよこれをばゆるせ敷島の道 (不詳)
と一筆あそばしてまいらせられしかば、一乗院門主、沙汰の限りとてやみ給ひき。

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