しんによだう
真如堂
鈴聲山真正極楽寺真如堂は天台宗にして開基は戒筭上人なり。本尊は阿弥陀仏
の立像長三尺三寸慈覚大師の作なり。抑此尊像は江別志賀郡苗鹿明神より神
木を大師得給ひ此木夜毎に光明を放。怪て割見給ふに佛形鮮にあり。故に此尊像を
彫刻す。又承和五年に大師入唐ありて天台五臺山にして顕密の奥義を究め引聲の
弥陀経を傳て同十四年に帰朝せり。然にかの引聲の一句を失念ありければ西方に向ひ祈
誓ありしに舟の帆に小像の弥陀香煙に立ちて成就如是功徳荘厳と唱へ給ふ。大師感
涙を止めて袈裟にうつし帰朝しこれを胎中に籠給ふ.大師在世の間は叡山常行堂に安
置し給ふ。其後永観二年の春戒筭上人に急ぎ聚洛に出て一切衆生を利益すべしと
霊夢あればまづ雲母坂の地蔵堂にうつす.又其夜の告げに神楽岡に檜千本生たる所是
有縁の地なりと.此霊夢に任せてこれを尋るに白川女院の離宮也.又同夜女院にも告
有ければ先宮中へ遷し正暦三年の秋宣下ありて伽藍を建立し給へり.(今の元真如堂の
地是也.夫より所々に
うつし元禄五年の冬洛陽京極今出川より此地に遷座まし/\けり。
應仁の頃田中の里の賎の女此本尊に日参し念佛を申さで心経のみ讀ける。あるとき礼堂に眠ければ内陣より
時過てゑきなき法をすてよかし五劫思惟はたがためぞとも 真如堂如来