題しらず
あくがれてねぬよのちりのつもるまで月にはらはぬ床のさむしろ
めでたし。 月には、月故になり。
百首哥奉りし秋のうた 式子内親王
秋の色はまがきにうとくなりゆけど手枕なるゝねやの月影
めでたし。下句詞めでたし。 上句は籬なる千種の花
の過行をいふ。 下句は次㐧に月のさやかなる比になりて、
手枕になるゝなり。 さて千種の花も月も、秋の物
なるが、其秋の色は、籬にうとくなれども、手枕なるゝと
いふ趣也。うとくなると、なるゝとをたゝかはせたり。 古き
抄に、まがきの草などかれ行て、月にさはる物なくて、枕に
なるゝなりといへるは、いみじきひがごとなり。まがきの草は、
いかでか月にさはるべき。
秋の御哥の中に 太政天皇御製
秋の露やたもとにいたく結ぶらん長き夜あかず宿る月かな
長き夜あかずは、よもすがらたゆまず明るまでなり。
千五百番哥合に 通光卿
さらにまたくれをたのめと明にけり月はつれなき秋のよの空
今夜はあけぬとも、さらに又くるゝをたのみて、月をば、みよとて
夜のあくるとなり。月はいまだ入らずのこれるに、夜のあくるが
をしき時に、おもへるさま也。趣めづらし。
經房卿家の哥合に暁月 二條院讃岐
大かたの秋のねざめの露けくは又たが袖に有明の月
めでたし。下句詞よろし。 大かたのは、なべての世の人
のといふ意也。 露けくはゝ、我如く袖の露けくは也。 又
とへるにて、我袖に月のやどれることをしらせたり。すべてかく
さまに、こゝをいひて、かしこをしらせ、かしこをいひて、こゝを
しらするぞ。哥のはたらきなる。
五十首哥奉りし時 雅經
はらひかねさこそは露のしげからめやどる月の袖のせばきに
めでたし。詞めでたし。 二三の句のてにをは、普通にて
は心得にくきやうなれども、例多し。言葉の玉の緒にあ
げたり。此哥にては、いかに露のしげゝればとてといふ意也。 四
の句、月の宿るかといふことを、詞を下上にせるにて、こよなく
勢ひ有て、めでたし。 結句は、せばき袖なるにといふ意に
て、にもじ重し。 一首の意は、はらひかねて、いかに露のし
げゝればとても、あまりなることよ。さても/\やどりける哉
月影の、此袖のかくせばさにとなり。