二條院の御時暁かへりなむとする戀といふことを
其院讃岐
明けぬれどまだきぬ/"\になりやらで人の袖をもぬらしつるかな
題しらず 西行
面影の忘らるまじきわかれかななごりを人の月にとゞめて
人のといへる詞、いかにぞや聞ゆ。袖のとあらば、難なく、心も深か
るべし。其故は、袖の月といへば涙にうつれる月なるが、そ
の月をとゞめてといへば、いつまでも涙のかわかぬ意もこもれば也。
後朝戀 摂政
又もこむ秋をたのむの鳫だにも鳴てぞかへる春のあけぼの
めでたし。 だにもといへるにて、戀の哥になる也。
たのむは、頼むに田面をかねたり。 一首の意は、春の曙
に、又來む秋を頼みて別るゝ、田面の鳫すら、かなしとて
鳴て帰るものを、まして又いつ逢むといふ頼みなき此
わかれはとなり。 さて此御歌は、すなはち春の曙に
別るゝをりしも、歸る鳫の聲をきゝてよみたる意に見ば
下句のさまいよ/\感情深かるべし。
題しらず 藤原知家
これも又長きわかれになりやせむ暮をまつべき命ならねば
これもは、此今朝の別も也。 又とは、此別がやがて又ながき
別にもなりやせむといふ意なり。
西行
有明はおもひ出あれやよこ雲のたゞよはれつるしのゝめの空
四の句は、横雲の縁に、たゞよはれといへるにて、意はやす
らはれつる意なるべし。 此歌三の句より下は、はやく有
し事にて、初句は、それを今有明の空に思ひ出たる意なるべし。
定家
あぢきなくつらき嵐の聲もうしなど夕暮にまちならひけん
初句は、三の句の次へうつして心得べし。 一首の意は、まづ
人の來ぬ夕暮には、嵐の音まで、つらくうきにつけて、我は
何とてあぢきなくかやうに人をまちならひつることぞとなり。
つらき嵐といひて、又うしとは、わづらはしきいひざま也。
すべてあぢきなくといふは、俗言に、いらざること、無益の
ことといふ意也。此哥にては、とてもきもせぬ人をまつは、いらざ
るむやくのことゝいへる也。 下句を古き抄に、いかなる人の
夕にはまちならひけむといへるは、ひがごとなり。
戀御哥とて 太上天皇
たのめずは人をまつちの山なりとねなまし物をいざよひの月
三の句と°は、ともの意也。 結句は、やすらひてねぬことを
山の縁に、いざよひの月とよませ給へるなり。